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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
127/915

29 希望と信託 壱


━━兌州・泰山郡


一夜が明け、件の地へ。

──とは言っても、実際は地道なローラー作戦。



「叩き上げの刑事だな…」



愚痴りながらも氣を使って探索を行うが。

抑、泱州の設置に備えて、隣接する州の情勢や地形の情報は収集した。

それも俺自身、でだ。

結界が有れば気付く。

ただ、前回の“澱”の時や洛陽の遺跡の例も有る。

“世界”に関与・干渉する類いの結界だと気付けない可能性も高い。



「御義母様の記憶も劣化…

それに“夢で見た通り”に進んだだけだからな…」



道順は勿論、正確な位置も把握していなかった。

朧気に残る凡その範囲内を虱潰しにするしかない。

その上に感度を上げる為に範囲は極めて狭い。

本当に時間が掛かる。



「…人混みに小石を投げて誰かに当たる、みたいにはいかないもんなぁ…」



対器同士の共鳴が出来れば良かったんだが…

どうやら、向こう側に対し届いていない様子。

或いは気付いていないか。



(しかし、そうなると既に死んでいる可能性も意外に高くなるか…)



勿論、田躊ではない。

対器だろう宝剣が、だ。



「…まあ、単純に実は全く関係が無かったって落ちも無くはないだろうけど…」



その可能性は低いと思う。

“何故か?”と訊かれれば勘、としか言えないが。

御義母様に話を聞いた時、直感的に思った。


もし、華琳の事を守る為に逢瀬が起きたのだとしたら一つの仮説が浮かぶ。


起きた“澱”と戦いの末、瀕死となった田躊が最後にまだ見ぬ我が子の未来を、生命を憂い──願った。

我が子を守る力を、強さを──存在を。

それは“世界”に波及。

時を経て、結実する。

俺という存在との出逢いを華琳に齎す形で。



「かなりの御都合主義では有るんだが…」



可能性としては、無いとは言い切れない。

あの逢瀬は未だに不明。

しかし、一個体が起こせる現象では無い事は確かだ。

確実に“世界”に干渉する力を要求される。

ただ、逆なら話は別だ。

“世界”が、軈て目覚める“澱”に対抗する為として切り札を望み──

偶々、田躊の一途な想いと共鳴した。

その結果、起きた。

“世界”の摂理を超越し、異なる存在を結び付けた。

それが、あの逢瀬。

そう考えると筋は通る。



「…確証が得られ無い以上憶測の域を出ないがな」



こう考えて置いてなんだが自分でも馬鹿馬鹿しいとも感じている。

想いだけでは、“世界”を超える事は出来無い。

所詮、人は人なのだから。




夜明け前に開始してから、凡そ八時間。

漸く、目的地を発見した。

位置的には泰山の南になり魯郡の東側。

泱州・徐州との州境を臨む軍略的に意味の有る場所。

大きな街は近くには無いが村・邑規模の集落は幾つか存在している。



「巻き込みはしない…とは思うけど…」



絶対とは言えない。

いざとなれば花杖で結界を展開し、曲剣の霧で包んで誤魔化すが。



「しかしなぁ…」



眼前の“空間”を見詰めて小さく溜め息を吐く。


以前見た解放直前の封印。

あれも通常の探索では先ず発見は困難だった。

あの時は解放の予兆も有り察知出来たに過ぎない。


で、今回のケース。

より強固な結界が展開され一定範囲を空間ごと隔絶。

加えて人払いも。

俺以外には先ず近付く事は勿論、気付く事も不可能。

厄介としか言えない。


ただ、これで確定した。

御義母様達の見た夢の話を聞いて感じていた干渉した“第三者”の存在。

それは曹家の宝剣。

即ち、対器だ。

自らの対存在になる封印の弱まる気配を察し担い手を呼んだ。

そう考えて良いと思う。

二人が恋に落ちたのは単に偶然だろう。

そして、予想通りに封印は解け、田躊は戦った。



「…何方だ?…」



呟きながら考える。

此処までの推測は肯定して問題無いだろう。

しかし、この結界に関してどう考えるべきか。

少なくとも田躊が展開した可能性は皆無に等しい。

では、対器の能力か。

完全には否定出来無いが、それだけでは納得が出来る説明が得られない。


屈んで右手を伸ばし足元に有る小石を一つ拾う。

姿勢を戻して結界へ向けて小石を放った。


すると──小石は目の前で虚空に波紋を作り、地面へ落下して転がる。



「…面倒だな…」



波紋を作ったのは結界との境界面に触れた為。

では、小石は問題無く中に入ったのか?、と言えば、そうではない。

今、自分の視界に映るのは結界を挟んだ“真裏”側の景色である。

つまり、小石は境界面へと接触し──逆側へ通過した事になる。

俺でなければ目の前に有る景色が歪だとは、露程にも思わないだろう。



「思考誘導か認識阻害…

或いは、強制認識か…」



おまけに御丁寧に空間歪曲まで行われている。

これだけの多様な芸当を、対器単体だけで行えるとは到底思えない。

そうすると必然的に浮かぶ新たな“第三者”の存在。




可能性的には“龍族”か。

ただ、そう考えると今まで無反応だった事が少しだけ説明が出来る。


一つ、絶縁説。

この場合、田躊に協力した龍族の者は一族内でも特に別格の存在だった可能性が高く、この者が命を失った事を恨み人間に関わる事を止めた場合。

所謂、悲劇のヒロイン思考という奴だな。

ただ、世界の危機に際した状況では考え難いが。


二つ、末裔説。

協力した者は最後の龍族で命を失った事により一族は断絶・滅亡した場合。

個人的には此方押し。

しかし、そうなると此処に封印されてる存在は相当に厄介な事になる。

何しろ、対器の担い手と、龍族が揃って居た状況下で封印するしかなかったとも受け取れるからだ。


三つ、末裔説の亜種。

残った龍族総出でどうにか再封印を施し、滅亡。

代を重ね、時を経るに連れ能力の低下・劣化を人数で補った場合だ。


しかし、推論である事には変わりはない。

決定付けるには確証を得る事が必要となる。



「判った事も有るが…」



結界内には確かに対器と、“澱”が存在している。

それは間違い無い。

ただ、この中に入る方法が問題になるだろうな。



「力付くで壊して入っても構わないんだが…」



影響が何れ程出るか正確に把握する事が出来無い以上迂闊な行動は禁物。

だがしかし、そうも言って居られないのも事実。

絶対に中には入らなければならない。



「…穴を開けるか?」



花杖の光壁ならば一ヶ所に抜け穴を造る事も不可能な事ではないだろう。

微細な調整をすれば無闇に刺激しないで済む筈。

但し、この結界をもう少し正確に把握する必要が有るけどな。



「…時間は掛かるがそれも仕方無いか…」



安全第一。

下手に負傷でもして戻れば華琳達に何を言われるか。

…いや、言われるだけなら増しだろうな。

一体何をされるか、或いはさせられるか…

想像もしたくない。



「…漫画や小説の主役って何でハーレム状況に簡単に馴染めるのかねぇ…」



“鈍感力”って奴か。

大抵、そういう主役ってば超が付く鈍さだし。

というか、普通気付く事に何故気付かない。

…御都合主義だからだ。

主役が気付いたら関係図が成り立たないもんな。



「──って、馬鹿遣って、現実逃避してる暇は無いな

さっさと始めよう」



氣の感度を調節し、結界の分析に取り掛かった。




解析開始から約一時間。

漸く把握し終えた。

まあ、完全に、と言う事は出来無いが。

それでも、最低限の必要な情報は得られた。


結界の実態は予想していた通りだったと言える。

結界の規模は半径1km程で形状は球形。

高低差から結界の一部が、外形を晒していた。

強度としては…対比出来る材料は無いが、敢えて言うとすれば華琳達の実力では破壊は愚か、干渉する事も不可能な域。

…今は、だが。


結界その物の特性としては覆った一定範囲内の空間を隔絶し、境界面を結合して歪曲させている。

それは単純に境界面だけの話ではなく、視界内に入る風景にも及ぶ。

結界中の空間自体を視界に映す事は出来ず、映るのは結界の真裏側の景色。

そして、それを無意識下で正常だと強制認識する様に細工されている。


外部からの接触に関しては特別な反応は無い。

飽く迄、空間歪曲によって反対側へ出るだけ。

これは施術者に害意が無い事の現れでも有る。

だが同時に、世に出す事を禁忌とする意志を感じる。


以上の事から結界に対する干渉は可能だと判断した。

正直、再封印が時間凍結を伴っていたら結界を破壊し封印ごと破る事になった。

しかし、この結界は飽く迄空間の隔絶が主目的。

…それが精一杯だったとは施術者の名誉の為に口には出さないが。

勿論、考えはします。

でないと答えも仮説も出す事が出来無いからね。


一端、思考を止めて視線を空へと向ける。

地球、と呼ぶべきかは少々悩む所ではあるが、自転の速度は同じだった。

“向こう”との差違は既に修正済み。

天候等で出る多少の誤差はどうしようもないが。

粗、間違いは無いだろう。


既に朱に染まり始めており日没までは三時間を切った辺りだろうか。

直に夜の帳が降り、世界を闇が抱き締める。

漆黒のナイトドレスの上で蛍が遊べば目立つ。

闇夜の閃光も同様に。



「…夜間戦闘の少ない時代ではあるが無くはない…が念の為に先手を打って置く方が良いだろうな」



今夜は徹夜かねぇ。

…下手したら二、三日の間中の“澱”と殺り合うかもしれないしな。



「…不謹慎、かな」



しかし、一方で久し振りに本気の殺し合いが出来ると思うと昂るのは狂喜。

自然と上がる口角。


戦闘狂ではない。

快楽殺人者ではない。

バトルマニアではない。


ただ、本能が猛る。

互いの命を賭した死闘に。

生の真理を垣間見て。




高揚する気持ちを抑え込み腰に佩く曲剣を右手で抜き正面へと持って来る。


紫色の刃を見詰める。

映り込む真紅の双眸。

思えば、初めての“澱”はこの子の対存在。

凌統の鈴が導いた縁。

そうとも言える。



「…不思議なものだな」



興覇を助けた事も、遡れば必然と言える。

漢升との出逢いも。

更に言えば翼槍を手にした事もそうだろう。


だが、其れ等の全てさえも始まりではない。

そんな疑問は有った。

いや、今もだが。


この世界へと召喚されて、皆と出逢った。

華琳と再会した。

全てが必然として過去より連なる一端に思う。

勿論、華琳との出逢いが、誓いが俺達にとっては最も大きな起点ではある。


しかし、俺の存在を転機に“止まっていた時”が動き出した様にも感じる。

これが俺のネガティブ思考だったらいい。

只の笑い話で済む。

だが、もし当たっていたら俺は何なのだろうか。

“世界”は俺に何を望み、何をさせたいのか。


空を見上げ、目を細める。

何が見える訳でもない。

何か返る訳でもない。

それでも、時折見上げては思いを巡らせる。

華琳と──愛する者と共に歩み、生きたいから。



「…センチメンタルなのは柄じゃないか…」



考える事は大切だ。

しかし、考え過ぎは害悪に成るだけ。

歩みを止めてしまう。


進み続けた先にしか結果は得られない。

完全に歩みを止めた時点で全てが破綻する。

望むなら、求めるのなら、常に進み続けろ。



「求めよ、然れば、与えん

進みし者だけが、その手に掴む事が出来る──か…」



師の教えの一つ。

人間の本質たるは欲望。

その欲望が原動力。

欲望を失ったなら、人間は人間でなくなる。

しかし、欲望に呑まれれば人間でなくなる。

欲望とは善悪ではない。

欲望とは活力。

生きる事もまた欲望だ。



「己が欲を御せ…

欲を糧に生き、欲に克ちて人間たり続けろ…

己を失いたくなければな」



自身へと言い聞かせる様に声に出し、意志を込める。


曲剣へ氣を与え幻霧を生み辺りを覆うと地面へ刺して右手を離す。



「今回は留守番役になるが“背中”は任せる」



そう言うと、曲剣の気配が凛とした物に変わる。

“御意に”と言う意志。

自然と笑みが浮かぶ。




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