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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
125/915

       弐


華琳が落ち着いたのを見て俺は御義母様に視線を戻し話の続きを進める。



「御義母様、先程“探しに行った”と言われましたが行き先等に心辺りが?」


「…いいえ

取り敢えず、手近な場所を始めとして直近の数日間の足取りを頼りに、でした」



その判断は正常な思考だ。

しかし、必要なのは異常を感知出来るか否か。

この場合には特に。

その理由は一つ。

恐らく、曹家の宝剣は残る最後の対器。

そして、田躊は担い手。

失踪も目覚めた“澱”との戦いの為。

そして──相討ち。


ただ、気になる点とすれば亡骸も見付かっていない事だろうか。

勿論、肉体が全て消失した可能性は有るが。

もし、今も何らかの要因で見付かっていない──否、見付けられないとしたら。

その可能性を持ち得る地に心当たりが有る。



「…夢の場所には?」


「彼処ですか?

いいえ、行ってません」



意外にもあっさりと否定。

その様子から夢は“導き”として認識してはいるが、場所を“特別”だとは全く思っていない様だ。


華琳も俺の抱いた疑問点に気付いたらしく、卓の下で右手を俺の左手に絡ませる事で“疑惑”の意を示す。

御義母様には気付かれない様に表情や態度には出さず質問は俺に委ねるが。



「参考までに訊きますが、その場所は何処ですか?」


「泱州──旧豫州の北東、兌州との州境の山中です」


「…泰山の南、山群の一つという事ですか…」



首肯する御義母様。

やはり、疑問を抱いている様子は見られない。

これを、どう考えるのかで仮設が変わる点だな。



「宝剣についてですが…

大きさや形状、装飾等とか覚えていますか?」


「はい、私が幼少の頃から見て来た物ですから

柄や鞘は青を基調にして、紅い蔦の様な紋様が施され見た目にも美しい品でした

大きさは…全長は三尺程…だったかと…

もしかしたら、もう少しは長かったかもしれません

刃は両刃で身幅が一寸程の細身の直剣でした

切っ先に行く程細まるのも特徴でしたでしょうか…」



右手を頬に当てて思い出す様に首を傾げる御義母様。

その一方で華琳が瞬間的に此方を見て、気付いた様に意思を伝える。

“後でな”と視線で返すと小さく頷く。



「他に何か有りますか?」


「そうですね………ああ、そう言えば、宝剣には名が有りましたね」



そう言われて予感がした。

“歴史”との接点。



「…その名は?」


「“倚天青紅”です」



その名を聞き、胸中で深く溜め息を吐いた。




此処で変に情報に食い付き追究をするのは頂けない。

無意味だろうし。

宝剣──対器は曹家に代々伝わっていたが、担い手の血筋という訳ではない。

…まあ、華琳は違うが。

故に曹家の者は知らない。



「田躊殿は曹家に来た後、それ以前は仕事は何を?」


「確か…私と出逢う以前は旅の傭兵をしていたと…

猟師の家系だと聞いた事も有りました

私と逢った後は御父様──華琳の祖父の護衛や補佐を二年程した後、蕃の県令を拝命していました」


「…では、御父様は任地で行方不明に?」



俺も感じた疑問。

華琳が口にしたので黙って話を聞く事にする。



「…いいえ、違います

確かに当時、あの人は蕃の県令では有りました

ですが、その時既に沛への都尉として着任が決まり、準備も有って曹家の邸宅に滞在していました」


「つまり、実質的には蕃は後任に任せていたと…」


「そうなりますね」



華琳としては多少遣り方に思う所が有るのだろう。

若干だが、声音に“棘”が潜んでいる。


だが、今はどうでも良い。

御義母様と華琳の年齢から計算すると、出産したのは二十六歳の時。

その前年──妊娠中の時に亡くなっている事から更に一歳下がる。

結婚に至るまでに三年。

出逢ったのは最短で考えて二十二歳の時になる。

飽く迄も、だが。



「御義母様、蕃の県令への着任から一年後に御結婚をされた訳ですよね?」


「ええ、そうです

着任からの一年は私も家で準備をしていましたので、離れている時間も多かったのですけれど…」


「そうですか…

では、華琳を身籠ったのは結婚から直ぐに?」


「…いえ、その…結婚から二年後…になります」



少し恥ずかしそうに答える御義母様に小首を傾げるが直ぐに思い当たる。

基本的に若年齢での妊娠・出産が多い時代だ。

特に初産ともなれば普通は二十歳より前。

戦時中なら兎も角、だ。



「胸を張って下さい

世間一般では遅いと言うのかもしれません

ですが、子供を授かる事に遅いも早いも有りません

授かった事が慶事で有り、祝福される事ですから」


「…そうですね

貴男の言う通りです」



女性ならではの悩み。

男の俺が何を言っても詭弁にしか聞こえないだろう。

それでも、俺が言った事を切っ掛けにして晴れるなら良いと思う。


穏やかに笑む御義母様と。



「ありがとう…」



隣の最愛の女性──華琳の笑顔が見れるのなら。





「御義母様、多少言い難い事かもしれませんが…

田躊殿の交遊関係など判る範囲で構いません

御教え頂けますか?」


「基本的に真面目な人で…

無口な蓮華ちゃん、という感じが近いかしら…

曹家の縁者、部下の方々、民からは信頼され慕われて居ましたが…政界の中では孤高な質でしたので親しい付き合いはあまり…」



そう言い御義母様は華琳をチラッ…と見て苦笑。

…ああ、“誰に似て”、と言う事か。

俺の影響も有るけど…多分母方の祖母──鮑信似だと直近の中では思う。

話を聞く限りでは、彼女も生まれた時代が時代ならば女傑として世に躍り出たと思える人だし。



「──ああ、ですが確か、劉皇后様とは私と逢うより前からの既知だったとか…

生前、私も一度だけ一緒に御会いした際に劉皇后様が仰有ってました」



──っ、やはりか。

全くの無縁だとは思っては居なかったが。

既に子揚が曹家の臣下へと入っている事から、関係も変化したと思いたかった。

…主に面倒なので。



「劉皇后様──結の母君と御父様が、ですか?」


「同郷だそうです」


「という事は、共に幽州の出身になる訳ですか?」


「そう聞いています」



変な所で辻褄を合わせるの止めて欲しい所だな。

しかし、共に幽州で繋がる辺りは“歴史”に近い。

田躊は劉虞に仕えていたが劉虞が公孫賛に討たれた後官職には就かず、引き隠る様に暮らす。

曹操との繋がりは一時的。


現実としては子揚と華琳が同い年な事から考えても、田躊の死亡時期には劉虞は皇帝──正確には即位する前になるが──劉宏の妻になっている。

妊娠中の可能性も高い。


出逢いから三年後に結婚。

結婚から二年後に妊娠。

出産の前年に死亡。

合わせて六年。

田躊に関する詳細な経歴は不明のままだが、出逢った時点で田躊と劉虞の間には幾何かの時間が有った。


それに御義母様と皇帝。

二人の年齢差は七歳。

其処から考えると田躊達の関係は兄妹に近いか。


劉虞が嫁いで二人の関係が途絶えたと考えるよりも、田躊の方に何かしら有って故郷を離れた。

そう見てもいいだろう。



「俺の方は、訊きたい事は一通り訊いたし…

華琳は何か有るか?」


「…今は特に無いわ

“娘として”訊きたい事は日を改めるわ」



両親の思い出話か。

まあ、その方が良いな。

此の場では無粋だろう。




 曹操side──


御母様との話から御父様に関して色々な事が判った。

正直、私一人だったら訊く気になってすらいない事は自覚している。


私には父親は居ない。

それが幼少の頃から自分に言って来た事。

でも、本当は怖かっただけなのだと今なら思える。


もし、自分が望まれぬ子供だったとしたら。

もし、御母様にとって私が辛い過去の傷痕だったら。

そんな悪い可能性が脳裏に有ったからだろう。

幼いながらに高い思考力を持つが故の葛藤。

父親が居ないという事実に膨らんだ想像と不安。

それから眼を逸らし逃げて今に至っていた。


悪い事では無い。

幼い子供の自衛手段。

自己防衛本能。

それを咎める者は居ない。

普通ならば。


だけど、私の夫は厳しい。

優しく、気遣いも出来て、甘えさせてもくれる。

全てを受け止めてくれて、全てを受け入れてくれる。

けれど、此方が自分の事を“逃げ場所”にする真似は絶対に赦しはしない。

でも、その厳しさは他でも無い私の為。

私達の為。

その為ならば己が“悪者”になる事を微塵も躊躇わず平気で遣る。

そんな“馬鹿”な人こそが私の──私達の愛する男。

そして、その良さを私達は知っているから惹かれる。

強く、強く、強く。

深く、深く、深く。

際限等無く、何処までも、果てし無く、求める。



(雷華の方も求めてくれるのは良いのだけど…)



ただ、一夫多妻の価値観に戸惑っている点が…ね。

さっさと応えれば皆も安心出来るでしょうに。

まあ、漁色したり自制心が無かったり節操無しよりは増しでは有るけれど。



(…というか、そんな姿を想像出来無いのよね…)



雷華が私達──女を侍らせ酒池肉林、というのも何か違和感が有るし。

人を揶揄う時なんかは結構積極的というか、しれっと女誑し風に大胆な事をする割りには奥手というか。

基本的に純情と言えば純情なんでしょうけど。

本人が常に斜に構えるから慣れてる風に見えるというのも一因かしらね。



(…女性でも、御酒でも、何でもいいのだけど…

雷華が溺れるのかしら?)



“肉欲に…”という言葉がこうも似合わない男というのも珍しいわね。

寧ろ、私達が溺れて雷華に侍っているという図の方がしっくり来る気がする。

…惚れた弱みでしょうね。

私は密かに苦笑する。




私達は御母様と別れた後、雷華用の執務室──という名目上の自由部屋──へと向かう途中だったりする。

基本的にフラフラしている雷華なので、室内は昼寝や休憩用になっている。

まあ、現状では裏方仕事が中心なので黙認。

私達も偶に利用するし。


チラッ…と右隣を歩く彼を見れば思案顔。

普段は見せない表情。

基本的に秘密主義の雷華。

それだけ、自分が信頼され懐に入る事が許されているのだと感じる瞬間。


考えているのは御父様の事絡みで間違い無い。

元々、御父様の事に関して思う所が有ったらしいから今回の話も雷華の方からの提案だった。

“良い機会だろ?”とか、上手く気を乗せられたのも事実だけど、結果としては良かったのだから今更変に文句は言えない。

言う気も無いけれど。


それより気になるのは話の途中で私も気付いた事。

曹家に伝わっていたという宝剣・倚天青紅。

御母様から聞かされた形は曾て“あの場所”で雷華を相手に戦い方を学んだ時に使っていた細剣その物。

以前、探しても見付からず腕の確かな鍛冶職人数名に頼んで製作を試みたのだが形には成っても、強度的に脆過ぎて使い物にならずに諦めた経緯が有る。

それだけに不思議な感じがしてしまう。

私の天賦の一つの細剣。

まさか、曹家に手掛かりが有るなんて…ね。

これも縁なのだろうか。


それにもう一つ。

御母様の話の違和感。

いえ、正確には話している御母様への違和感。

虚言や隠し事の類いの物に対する感じではない。

多分、これは私では真相を突き止められない。

推測ではなく直感。

だけど、雷華なら…という確信は有る。

これは私だから判る事。

雷華の事を知っている私の特権とも言える。



「…ねえ、雷華

貴男、私にも隠してる事が有るでしょ?

それも、御父様の失踪にも無関係じゃない事を」



そう言い“白状しなさい”と視線でも問う。

考え事をしていたからか、一瞬だけ無警戒な顔を見せ私を見て苦笑。



「…部屋に着いて、な」



少なくとも話す気になった事だけは理解出来る。

ただ、彼の性格からすると“全部”は言わないだろう事も察してしまう。


私達が余計な心配や不安を持たない為の配慮。

それは必然的に私達が手を出せない内容。

“そういう”類いの事だと言う訳でしょうね。



──side out。



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