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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
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28 心奥の霧 壱


泱州の新設から一週間。

廬江・淮南で遣る事を終え予定通りに許昌へ帰還。

その後の数日は旧豫州内を行ったり来たり。

まあ、遣ってる事は現状の直確認とアドバイス。

それと公的な事業の下地を作る為の地均し。


許昌は殆どの主要な面子が不在だが問題無い。

今は他の方が人手が要るし経験も積める。

潁川は平和です。


ああ、そうそう。

曾ては郡国だった地は全て領郡に戻した。

だって、勝手に封じられて領国にされたのなんて宅に関係無い事だし。

寧ろ“決別”という意味で民にも広く認識させるのに丁度良いしな。

なので泱州内には国と呼ぶ地は存在しなくなった。


そんな感じの一週間が過ぎ現在はというと──



「御話というのは?」



向き合うのは御義母様。

俺の左隣に華琳が座る形で卓を挟んで対面中。

室内には三人だけ。

周囲にも人払い中。

若干だが、華琳も緊張から表情が堅い。

それも仕方無い事か。



「単刀直入に御訊きします

華琳の父・田躊殿に付いて御存知の事を全て、御教え願います」



俺がそう言うが、意外にも御義母様は動揺する様子は見られず、スッ…と視線を俺から華琳へ移す。

じっ…と御義母様が華琳を見据える。

無言の眼差しによる問い。

それは、ずっと避けていた華琳への覚悟の確認。



「…御願いします」



華琳は御義母様を真っ直ぐ見詰めて意志を示す。

全てと向き合う、と。


それを受けて、御義母様は一度目を閉じる。

少し間を置き、ゆっくりと目を開け微笑を浮かべる。



「…成長しましたね」



それは娘の成長というより父親──愛する夫の存在を漸く受け入れてくれた事を喜んでいる。

そういう表情に見える。

華琳も察したのか戸惑いが氣に現れている。


昔の華琳なら理解するのは難しかっただろう。

同じ様に生涯の伴侶とする相手が居ても、華琳自身は“恋する乙女”の域を出ぬ自己陶酔の最中。

…其処までではないのかもしれないが、まだ母親には早かった故に理解し得ない部分だった。

だが、今なら判る筈だ。

本当に添い遂げると決めた相手との間に子を成す事の女性としての想いを。



「…御母様、私…っ…」



“ごめんなさい”──そう言いそうなるのを飲み込み“それは違う!”と自身を戒める様に俯く華琳。

優しく言葉を掛ける事も、頭を撫でる事も、手を握る事も出来るが──しない。

華琳にも、御義母様にも、侮辱となる行為。

信じるならば唯一つ。

静かに傍で見守る。

それで十分だ。




少しだけ俯いて気持ちと、呼吸を整える華琳。

顔を上げると真っ直ぐに、御義母様を見詰める。



「私は全てを知りたい

私の事も、御母様の事も、御父様の事も…全てを」


「…判りました」



華琳の言葉へと込められた決意を受けて、御義母様も真摯な態度で頷く。



「さて…何処から話すべきでしょうか…」



焦らす、という訳ではなく単純に考え込む御義母様。

此方の予想通りなら簡単に説明は出来無いだろうし、必然とも言える。

なので、此方から優先的に訊きたい部分を問う。



「華琳から“馴れ初め”は御聞きとは思います…

ですが、“胡蝶の夢”だと言われても正直信じるのは難しいでしょう

ただの子供ならまだしも、華琳が言うのです

夢想を口走る様な事の無い聡明な少女の言葉ならば、普通は少女の正気を疑って然るべきでしょう…

しかし、貴方方は信じた

それは全く同じでは無いが“前例”が有ったから…

違いますか?」



俺の言葉に御義母様は驚き小さく苦笑される。

その反応を見る限りでは、全くの見当違いという事は無さそうだ。

懐かしむ様な視線と表情で俯いて語り始める。



「…貴方達の出逢いを聞き奇妙な縁だと思いました

私とあの人の出逢いもまた夢が導いた物でしたから」


「夢が?」



自然と訊ね返す華琳。

“共通点”に自分達の姿と両親の姿を重ねる事により親近感を覚えたのだろう。

緊張が和らいで、好奇心が顔を覗かせている。

絶対に口にはしないけど、宛ら新しい玩具を見付けた子供の様な瞳をしている。


御義母様は顔を上げ華琳を見詰めて口を開く。



「私達は時を同じくして、お互いに同じ夢を見る様になっていました…

繰り返し、何度も、何度も同じ夢を見る…

二人共同じだった事は後で知る事ですが…

私達──私は夢に何かしら意味が有るのだろうと考え夢の中の場所へ向かう事にしました…」


「夢の中の場所…」



無意識に、だろう。

華琳が思考を反芻する様に呟いている。


一方、俺の方も予め幾つか立てた仮説を得た情報から絞り込んで行く。

二人の場合は“共鳴型”の予知夢の類いが濃厚。

現状の話からだと夢自体に互いの存在は未登場。

しかし、“第三者”による影響が有るか否かの判断は難しいだろう。

追加の情報次第では別物の可能性も出て来るか。





「その場所に行ってみると私の他の人が居ました

地元の者でさえ滅多に来る事の無い場所に…」


「それが御父様?」



華琳の言葉に対し微笑んで御義母様は頷く。

その様子は端から見れば、単に娘が両親の馴れ初めを聞いている光景だ。


が、話の腰を折る様なので今は口にする事はしないが異常だと思っている。

一つ。

地元民が滅多に近寄らない様な場所に行った事。

二つ。

その場所に何か有るのなら何故誰も知らないのか。

三つ。

夢の内容も、恐らくだが、其処へ行く情景を俯瞰的に見ている可能性が高い。


この三点だけで考えとも、“第三者”の存在が脳裏にはっきりと浮かぶ。

…術者だからの思考だとは判ってはいるが。


それに父親・田躊が普通の人間では無い可能性も。

俺の同類、または孫姉妹の父親の同類…或いは混血・純血問わぬ人外か。

何れにしろ、ややこしくはなってくる。



「私達は出逢い──互いに夢を見た事を話しました

それが縁で、というと少し突拍子も無い様に思うかもしれませんが…

その後、結婚に至るまでに三年の時を重ねました」



思い出を、昨日の事の様に思い浮かべて微笑む姿には演技や虚言の影は無い。

だとすれば、華琳と違って術者の事は知らないか。



「血縁者や血筋・家柄等は如何ですか?」


「…血筋・家柄は平民だと聞いています

血縁者は…華琳だけかと

出逢った時には既に両親は亡くなり、兄弟姉妹は無く縁者は居ないと…

少なくとも私は一度として自称する者にさえも会った事は有りません」


「そうですか…」



仮に人外や特異な一族等の血筋だとしても既に華琳は俺という伴侶を得た。

孰れは子も出来る。

なら、隠す理由は無い。

寧ろ教えるのが筋だ。

僅かに間が有ったのも単に天涯孤独という事に対して気が引けたからだろう。



「…少し、言い難い事かもしれませんが…

父親は華琳が産まれる前に亡くなったそうですが…

その死因や経緯は?」



そう聞いた時、僅かに──本当に極僅かにだったが、御義母様の気配が揺らぐ。

恐らく娘である華琳でさえ気付く事の無い程に僅かな物だったが。


だが、確信する。

田躊の死には表には出せぬ秘密が存在する、と。


そしてそれは華琳が父親の存在を忌避して来たが故に言わずに済んでいた事。

少なからず危険性を孕み、何かしらの話せない理由が有るだろう事の証だ。




御義母様は動揺した事など微塵も感じさせず変わらぬ態度で話を続ける。



「…曹家には代々受け継ぐ宝剣が有りました

詳しい経緯は判りませんが何でも沛に有る曹家の屋敷──私や華琳、御祖父様の生家になる家を建てた際に土中から出た物だとか…

その剣を“守護剣”として大事にしていました」


「…初耳です」



華琳は知らない、か。

まあ、話の流れ的に考えて無くなってるのだろう。

言い方も過去形だし。


ただ、“出土した”という部分は引っ掛かる。

土中から出て家宝にする。

なら、剣自体は錆びたりはしていない可能性が高いが普通には考え難い。

沛の屋敷も見た事が有るが築百年程が妥当な所。

何度か改修や建て替えてるだろうから、実際には剣は数百年近い代物の筈。

その間、土中から出た物が保存が良好とは思い難い。

だとすれば、特別な代物の可能性は高くなる。



「無理も有りません…

貴女が産まれる前の年に、盗まれてしまいました」


「…まさか、御父様は剣を盗んだ者に…」



恐る恐る訊ねる華琳に対し御義母様は静かに俯く。

首肯はしていない。

つまり、肯定してはおらず華琳──此方に誤認させる意図が有る事になる。

事が事だけに流石に華琳も思考力が鈍っている様子。

全く気付いていない。

これが単に華琳を気遣って真相を隠すのなら異も無く乗っかる所だ。

だが、そうではない。

故に貫かせて貰う。



「それは嘘ですね」


「……雷、華?」



精神的に揺らいでいるから戸惑う華琳は放置したまま御義母様を見据える。

ゆっくりと顔を上げて俺を見詰める視線には僅かだが敵意を感じる。

それは多分、秘密を守ると誓ったからだろう。



「実際は田躊殿が持ち出しそのまま帰らなかった…

盗まれた、というのは単に周囲を納得させる為…

恐らく、その事は今は亡き御両親──華琳の祖父母も知らない…違いますか?」


「…そん、な…それじゃあ御父様が盗んだと…」


「違いますっ!」



愕然とする華琳の言葉に、御義母様は即座に反論。

席を立ち、卓に両手を着き身を乗り出して此方に対し異を唱える。



「ええ、そうでしょうね」


『……え?』



期せずしてハモる母娘。

まあ、隠していた事を暴く相手が同調すれば拍子抜けするのも仕方無いか。


ただ、母娘が揃って呆然としている姿は貴重。

今後拝む機会は先ず無いと思い胸中で苦笑する。




俺の態度を見て先に平静を取り戻したのは華琳。

流石に伴侶だけは有る。



「…どういう事?」


「持ち出したのは事実…

だが、理由は有る

しかし、その理由は説明が出来る事ではなかった

加えて、悠長に説明する程時間は無かった

そして、説明出来る本人が帰る事が無かった…

故に、信じるしか出来ずに話を作り、隠した」



俺の言葉を聞き華琳は顔を御義母様へと向ける。

俺達の視線を受けると一度目を閉じ、一つ息を吐く。



「……その通りです」



重い口調での肯定。

御義母様はゆっくりと顔を上げて俺を見詰める。



「何故、その考えに?」


「簡単な事です

華琳の母親で在る貴女が、保身や家名の為に嘘を吐く真似はしない

説明出来無い理由が有ると考える方が自然です」



そう答えると、御義母様は一つ息を吐いた。



「…あれは激しく雨の降る晩夏の事でした

あの人が宝剣を手にし私に“死しても成さねばならぬ事が有る、子供を頼む”と言って飛び出したまま…

雨が止んだのは三日後

私は直ぐにあの人を探しに出ました

ですが、行方も、亡骸も、宝剣も…

何一つとして、手掛かりは見付かりませんでした

ただ、既に生きては居ないだろうな…とは確信しても居ました…」


「…どうして…っ…」



“信じないの?”と言えず飲み込んだ華琳の言葉を、表情から察して御義母様は苦笑を浮かべる。



「夫婦だから解るんだよ

愛する者と託した“生命”を守る為に命を落とした…

理屈ではない

覚悟を知っているから…

そして、何より…」



その先の言葉は御義母様が言うべきと思い視線を向け言外に意図を伝える。



「…貴女が産まれたのに、家に帰って来ない理由など無いですからね」


「…ぁ…」



優しく微笑む御義母様。

華琳も気付く。

そう、二人の信頼は単純に夫婦だからというだけの事ではない。

親という立場だからこそ、命を賭して守る。

その意志の共有。



「お前は愛され、望まれ、祝福されて産まれてきた

曹巨高と田子泰の一人娘…

二人の愛の証として、な」


「雷華…」



堪らず、俺に抱き付き胸に顔を埋める華琳。

その頭を左手で撫でる。

本格的に泣きはしないが、暫しの雨宿り。


長かった梅雨が明ける。

空は澄み晴れるだろう。




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