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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
123/915

        参


 典韋side──


お昼過ぎ。

視察に出ていた子和様達がお戻りになられた。

御土産の御饅頭は新作で、美味しかった。


御茶会は終わって解散。

各々の仕事へと戻る。


私は昼からは勉強。

読み書きは一通り出来る様には成ったけど、まだまだ軍将としては未熟。

色々学ぶ事も多い。

それに本を読める様に成り色々な事を知る事が出来る様に成ったのは楽しい。

特に料理関係の本は。


そうだ、さっきの御饅頭。

作り方も大体は想像通りで出来ると思う。

今度、時間が有る時にでも試してみよう。



「…出来たら、子和様にも食べて貰えるかなぁ…」



何気無い一言。

ハッ!?、と気付くと慌てて周りを確認する。

…幸いにも侍女の人達も、兵の方達も居ない。

ホッ…と安堵の息を吐いて正面へと向き直る。


足を進め様と目を開き──見開いて固まる。



「えっと…子和様に食べて頂けると良いですね」



少し反応に困りながらも、笑顔で言う泉里さん。

その言葉を聞き先程言った事を聞かれたと覚る。

瞬間、顔が熱くなっていき次の言葉が出て来ない。

ただ、口をパクパクさせて両手を意味も無く動かす。



「…ぁ、あぅ〜…」



自分でもよく判らない声を発しながらも私の頭の中はグルグルと回る。

何をどう考えて良いのかも判らなくなる。

自然と姿勢は俯く。



「…取り敢えず、私の後に付いて来てくれますか?」


「…は、はい…」



苦笑している様子が判る。

返事をして俯き加減のまま歩き出した泉里さんの後を追って進む。


恥ずかしさから返事までも消え入りそうになる。

頭の中では駄目な事だとは判っていても、それを正す事が出来無い。

自分の事が自分でも上手く出来無い難しさ。

時々、訳が判らなくなる事もあるから大変だし。



「大丈夫ですよ」


「…ぇ?」



不意に心を読んだかの様に声を掛けられて、反射的に顔を上げる。

歩きながら、此方へ顔だけ向けている泉里さん。

その顔には笑みが浮かぶ。



「最初は頭で判っていてもどうしようも有りません

私もそうでしたし…

多分、他の皆も同じです」


「…暫くすれば、どうにか出来る様に成りますか?」



恐らくは、慣れる事。

そういう意味でだろうなと思いながら訊ね返す。

単に考えを肯定される事で安心したいのだと思う。



「無理ですね」



だけど、返ってきた言葉は予想に反していた。




あっさりとした言葉。

しかも、意外にバッサリと切り捨てる様に。

なのに、泉里さんは表情も声音も明るい。



「自分でも、どうしようも無い程の感情の奔流…

私も慣れたら…とは初めは思っていましたから貴女の今の気持ちは判ります」



そう言って少しだけ苦笑。

恥ずかしそうに。

困った様に。

でも、嬉しそうに。



「抱いた気持ちや不安に、慣れてしまう事…

それは子和様への想いが、その程度だったという事になるとは思いませんか?」


「……ぁ…」



慣れるというのは良い様で悪い事も有る。

日常的・常識的に成る事は悪い事ではない。

ただし、考え方によっては寂しく悲しい事も有る。



「“誰に”言われた訳では有りませんが…

子和様と華琳様を見ていて思うんです

想いや心、感情のままには行動してはいけません

ですが、“慣れる”必要は無いのだと…

私達と同じ、女性の立場の華琳様が慣れている様だと見えるのは錯覚です」


「…華琳様も本当は私達と同じ様に感じていると?」


「そうだと思います

ただ、私達と違うとすれば華琳様は不安や嫉妬も含め楽しまれている…

良い事も悪い事も在るが侭受け入れて、ですね」


「在るが侭…」



それは子和様が指導する際度々言われる事。

でも、言葉で聞くよりも、頭で考えるよりも難しくて実行し難い。



「恋や愛とは決して綺麗なだけの物ではない…

嫉妬もすれば、独占したいとも思いもします

愛憎は紙一重だと言うのも判らなくはないですしね

“恋愛は究極の我が儘だ”とは子和様の御言葉です」


「究極の我が儘ですか?」


「自分が好きな人…

その人を好きな人が居る

自分を好きな人も居る

自分の──自分達の想いを貫く事は、その人達の抱く想いを踏みにじる事…」



言われてみると判る。

確かに…と納得出来る。

自分の事だけに囚われては見えて来ない真実。

勿論、現実的に考えれば、全員が全員悪感情を抱いて向けては来ないと思うけど絶対ではない。



「それでも貫く想い…

想いを貫く覚悟…

それが有りさえすれば私はどんな事にも立ち向かえるだろうと思います」



子和様の戦う者が持つべき“背負う覚悟”と似ている気がするのは気のせいでは無いのだと思う。



「恋愛もまた戦いです

ですが、戦う相手は決して恋敵では有りません

戦うべきは自分自身…

自らを磨く事こそが戦いと私は思っています」



だから、許容出来る。

愛する人の共有を。

だけど、譲らない。

愛する人の一番の座を。

故に、戦い続ける。

それが私達の恋。




話をしながら、泉里さんに付いて行くと着いた場所は泉里さんの執務室。

滞在中の、だけど。

促されて椅子に座る。



「貴女に来て貰ったのは、子和様に頼まれていた事で意見を聞きたくてです」


「私に、ですか?」



泉里さんの言葉には自然と首を傾げてしまう。

だって、軍師の泉里さんに軍将──の見習いを卒業し間が無い私に何を聞きたいのだろうか。

子和様──には訊き難い。

でも、李珀様や珀花さん、斗詩さんが居る。

その中で私に…判らない。



「ええ、貴女が適任です

曹家の中でも子和様に次ぐ実力ですからね」


「…子和様に?」



…何なのだろう。

自分にそんな頭抜けた才が有っただろうか。

考えてみるが判らない。



「…得てして本人に自覚は無いものですね…」



そう言いながら苦笑すると泉里さんは人巻きの竹簡を机の引き出しから取り出し私の前に置く。



「私が子和様から頼まれた事というのは行軍時の糧食──主に味付けに関してと特定状況下に於ける調理の改善案の検討です」


「──っ!」



料理、と聞いて無意識に、期待が高まる。

ただ、直ぐに冷静に戻って小さく呼吸する。



「改善案、ですか?」


「ええ、そうです

曹家の行軍では料理自体が他所に比べると良質な事は言うまでも有りません

ですが、その為には私達や腕の良い兵が必要不可欠…

加えて、火が必要です」


「えと、料理ですから…」



火を使わずに料理する事は不可能──ああ、でも氣を上手く使えば出来るのかもしれないですが。

少なくとも、普通の範囲内では無理だと思います。



「そうですよね…

でも、火を使えば煙が立ち気付かれる事にもなる…

其処で子和様は短期的且つ強襲・潜伏を念頭に置いた特殊な糧食──調理方法や食事の開発を、と…」


「えっと、それはつまり…

火を使わずに、という事が条件ですよね?」


「そうなりますね…」



そう言って溜め息を吐き、机に両肘を付いて項垂れる泉里さん。

多分、凄く珍しい姿です。

でも、今は子和様の出した案件に意識が行く。


一見すると不可能。

だけど、子和様の事です。

出来もしない事を遣れとは絶対に言いません。

つまり、何かしらの方法は存在している筈。


そう考えるとワクワクする気持ちが溢れて来る。

未知への挑戦。

腕が鳴ります。




さて、どうすれば良いのか考えてみる。


泉里さんも料理は上手。

知識量という点を含めれば私より上だとも言える。

その泉里さんが行き詰まる程の難題だという事。



「…調理する方法は兎も角としても、糧食自体の方は可能ですよね?」



そう訊ねてみる。

泉里さんも此方の可能性は承知だと思うし。



「…少なくとも、ですが

乾物による保存食でならば可能でしょう

ただ、何を用いるか…

其処が問題です」



…やっぱり。

私の中でも思い付く方法はその一つしかない。

だからと言って従来通りの既存品では駄目。

殆どは長期に渡り保存する事が目的の品。

中には簡単に調理する事が出来る物も有るけど、火が無くては厳しい。

お湯も沸かせない。



(……あれ?)



ふと、考える。

子和様が思い付かない事を泉里さん一人に任せる様な真似をするだろうか。

…それは無い。

もしも、子和様が御自身も思い付かないのであれば、華琳様や私達全員を集めて協議される筈。

だとすれば、今回の案件は泉里さん──或いは私にも課されている問題。

そう考えられる。



「…私も貴女の思い至った通りだと思います」



私の考えを見透かす様に、泉里さんが言う。


抑、各地への配置は子和様自らが決定された事。

なら、最初から私達に対し課題が用意されていても、全然可笑しくない。



「…でも、そうすると…」



俯き加減になり顎に右手を触れる姿勢で考える。

この問題──一つ目の方に泉里さんは触れなかった。

恐らく、味付けに関しては新しい調味料の開発という事で纏まるから。

だから、二つ目の事だけを私に訊いている。

その難題の条件。

火を使わずに、という事。

普通では無理。



(……“普通”では?)



そう考えて引っ掛かる。

普通では無理なのに私達は“普通を基準に”して事を考えている。

これは子和様による巧みな“誘導”ではないか。


そう思い至るのと同時に、新しく浮かぶ疑惑。


泉里さんは“白”なのか。


だが、浮かんだ瞬間に直ぐ答えに至る。

そして、顔を上げ真っ直ぐ泉里さんを見詰める。



「泉里さんは共犯者…

そうですよね?」



そう言って答えを待つ。

ちょっとは不安も有るけど同じ位の自信も有る。

じっと暫し見詰め合う中、泉里さんがフッ…と笑みを浮かべる。



「正解だ」



その声と共に背後に現れた気配へと振り向いた。



──side out



仲達に理由を話し演技させ士載に対するちょっとした抜き打ちテストを敢行。

別に補習や追試は無いが。


先回りして気配を絶って、室内に潜伏。

念の為、死角にも入って。


料理の事を餌にして遣れば士載はあっさり話に乗って考え始めた。

しかし、此方の予想以上に良い答えを出した。


声を掛けると士載は此方に振り向き驚いた顔をする。

流石に潜伏してる事までは至らなかったか。



「何処で気付いた?」


「“普通”に考えると…と考えてしまいますが普通に考えては無理な事です

ですから、矛盾が出ます

その上で私でも気付く事に泉里さんが気付かない訳が有りませんから…

それに、思い返してみると“改善案の検討”なのに、肝心の改善案の内容が提示されていませんので」


「ん、良く出来ました」



少しだけ安心した様子で、簡単に説明する士載の頭を右手で撫でる。

自然と笑顔が浮かぶのは、成長を目の当たりにしての嬉しさ故に。



「あ、あの、子和様…」


「ん?」



撫でられながら遠慮勝ちに話し掛ける士載。

右手を止めて話を聞く。



「その…実際には?」



一瞬、何の事だろうか、と考えるが直ぐに察する。

確かに“餌”では有ったが全くの出鱈目な話を使った訳ではない。



「お前が考えてる通りだ

軍用の新しい調味料は既に試作品は仕込み済み

試食はもう少し先だな

後者に関しては──先ずは意見を聞こうか」



前半部分では興味と期待に双眸を輝かせるが、後半は緊張感に姿勢を正す。



「えっと、短期的ですから重要なのは味よりも身体に活力を齎す事、と考えて…

漢方薬等を用いた薬膳風の携帯食…とかですか?」


「…驚きですね」



自然と出た仲達の感嘆する声には賛同する。

まだ華琳と一部軍師にしか話していないが、候補品の中には確かに有る。

所謂、戦時用の栄養食だ。

多少ドーピング的な効果も含んでいるから扱い自体は慎重になるが。



「流石、というのはお前に失礼かもしれないが…

俺の予想以上だ

お前の成長を確と見た

これからも励め」


「──はいっ!」



元気良く返事する士載。

好きこそ物の上手なれ。

正に、と言う事だな。




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