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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
119/915

        伍


 孫権side──


客観的に聞けば単純な事。

けれど、当事者にとっては気付き難い事。

そうだと思い込んでいて、他の可能性に気付く余裕が無いから。


私は幸いにも、子和様との出逢いで変われた。

出逢わなければ、今もまだ彷徨い続けていただろうと断言出来る。

…自信満々で言える事では無いのだけれど。



「彼女にしてもお前に対しどう接するべきかを色々と悩んでいた様だ…

少なからず、お前が抱えた“闇”に気付いていたから余計に難しくてな…

しかし、今更になって姉の様に厳しくするのは愚行、かと言って、逆に妹の様に甘やかすのも同じ…

何方らにしてもお前自身に良い感情を抱かせない

そう考えたからだ」



…その通りだと思う。

姉様の様に厳しくされれば未熟だの落ちこぼれだのと言ってウジウジしていたと自分でも思う。

ただ、厳しい方が増しでは有るだろう。

もし、急に優しくされて、甘やかされ始めれば…

また女らしく、などと言い対応が変わっていたなら、必要無いとか期待外れだと私は考えた事だろう。



「似た者同士だから思考も理解出来る様に、抜け出す為にも助けを要する…

彼女の場合、助けてくれる夫が亡くなっていた事が、出口を無くした要因だ」


「父様が…」



子和様の言う“助け”とは単に助言してくれる者の事ではないのだろう。

己が全てを受け入れてくれ真っ向から歪みや誤り等を看破してくれる存在。

自身の絶対的な支えとなる唯一無二の存在。

私にとっての彼の様に。


母様にとっては父様がそうだったのだろう。

そして、女手一つで私達を育てるには余計に弱音など見せられはしない。

愛する人の為にも。

子供の為にも。



「…本当…不器用な人…」



自然と溢れた一言。

もし、母様が此処に居たら“蓮華にだけは言われたく無い事だわ”と怒った様な拗ねた様な、照れた様な、複雑な感情で言うと思う。

多分──いえ、きっと。


そして、今の私なら母様に“だって、仕方無いです

私は、母様の娘だから”てそう笑顔で言える。


以前なら似たくはなかった部分だろう。

姉様の様に武の才だとかを望んだと思う。

でも、今は良かったと。

素直に思う。

似ている事を喜べる。


母様が感じていた苦悩。

方向性や内容的には違うが思考の仕方は同類。

一人で背負い込んでしまい潰れそうになる。


そう思うと苦笑。

だけど、悪くはない。


だって、私も同じ。

愛する人と共に歩む喜びを知っているから。



──side out



腕の中で、仲謀の雰囲気が変わったのが判る。


ネガティブ思考自体は全く悪い訳ではない。

臆病な事は用心深い事。

他者に簡単には気を許さず隙を与えない事。

ただ、負のスパイラルには利点が無い。

だから矯正したいと思った訳なんだが…どうやら成功したみたいだ。


仲謀は両腕で自分の身体を抱き締める。

深く、深く、愛おしむ様に穏やかな微笑を浮かべて。



「私…今程自分を好きだと思った事は無いわ」



そう言う仲謀を後ろから、両腕で抱き締める。



「…自分に酔う事が好きだという事じゃない

良い所も、悪い所も全てが自分自身なんだ

その全てを認め受け入れる事が出来た時、人は本当に自信を持てる…

未熟な事も悪い事じゃない

伸び代で有り、可能性だ」


「…ええ、そうね

今なら本当の意味で理解をする事が出来るわ

貴男の言う“自信”を」



その穏やかで有りながらも力強い声音から伝わる。


ただ単に自らを信じる事が自信だとは俺は思わない。

“方便”としては使うが、真に理解出来るのは結局は己自身だけ。

自らが信じる事が出来て、決して消えぬ“信念”こそ自身を支える柱。

それが自信という物。

決して自身だけに限られた事ではない。


今、仲謀は達した。

真に“強さ”を持ち得る、俺や華琳と同じ域に。



「それを忘れず励め…

お前が至る時を待っている──“蓮華”」


「──っ!!」



そう言って真名を呼ぶ。

初めて呼ばれた事に驚きを隠せずに目を見開く仲謀。

瞬きすら忘れて呆然となり口をパクパクさせる。

手を叩くと顔を出し水面で餌を待つ鯉の様だな。

…悪戯心が顔を覗かせるが今回は我慢する。

“落ち”を着けても良いが流石に気が引ける。

というか、今日遣ったら、“憑かれ”そうだし。


胸中で苦笑しながら左手で仲謀の頬を撫でて顎先へ。

そっと、角度を調節。



「今回は“御褒美”だ」


「…ぇ?──んっ…」



呆然として思考が混乱する仲謀の唇を重ねて塞ぐ。

勿論、触れるだけ。

それ以上はしない。


突然の事だが、嫌がる様な素振りは無い。

少し遅れて瞼を閉じたのが気配で判る。

混乱する位なら…と思考も放棄しているだろう。

ただ、唇の感触と温もりを感じる事に集中する為に。


数秒して、そっと唇を離し瞼を開けて見詰める。



「…さて、“仲謀”

“次”にこうするのは何時になるかな?」



俺の挑発に対し、少しだけ拗ねた様に唇を尖らせたが小さく息を吐くと、笑みを浮かべた。



「…直ぐに来るわ」


「楽しみにしてるよ」





 孫権side──


初めて彼に真名を呼ばれ、口付けもして貰えた。

それは私の身も心も熱くし蕩けさせる。


でも、“御褒美”の一言といつもの字呼びが現実へと私を引き戻す。

もう少し位、浸らせて。

そう思わずには居られないのは仕方無いだろう。

それでも強く怒れないのは“惚れた弱味”ね。

不満は有っても怒気なんて生まれないのだから。


けれど、一度でも呼ばれた事実は変わらない。

口付けした事実も。

今まで、唯一人──だとは思うけど──華琳様だけが知っている子和様の唇。

それを二人目として知った事が嬉しい。

ちょっとした優越感。

………ふふっ♪……っと、いけない、いけない。

顔がニヤけてしまう。

引き締めてないと子和様に揶揄われてしまうし。

浸るのは…後よね。



「にしても、寿春に誘った時点で気付くかと思ったが意外に気付かなかったな」



うっ…い、痛い所を。

子和様と“二人だけ”で、何処かへ出掛ける事の方に気が行って失念していた。

というか、絶対私が気付く事が無いって判った上での誘い方だろうし。

これも狡い質問だわ。

尤も、気付かなかったのは別の理由が有ったから。



「…意地悪ね

でも、嫌いになるだなんて世界がひっくり返ろうとも無いって自分でも判るわ」



度々有る決まり文句。

偶には此方から先に言ってみるのも有りだと思う。



「む…先に言われたか」



案の定の彼の反応。

普段、遣られる側が多いし新鮮な気分だわ。

華琳様が遣り返してるのも理解出来る気がする。

だって、基本的に彼に勝つ事自体が珍しいもの。

こういう形でも彼の予想を上回れた事が嬉しい。

そして、楽しいから。


少し拗ねた様に話す表情に自然と笑みが溢れる。

時折見せる子供っぽさ。

それが愛らしい。



「…だけど、私は…本当は怖かったんだと思うわ」



そう、怖かった。

何が、なんて言う必要など今更無いけれど。



「どんな風に母様の墓前に立てば良いのか…

何を言えば良いのか…

正直、解らなかったの…」



私が怖かったのは子和様が私に言った通り。

自分が母様にとっての──不出来な娘と思われる事に他ならかった。




私の事は、自分が誰よりも理解していた。

だから、母様の墓前に来る勇気が無かった。



「母様の墓前に立つのは、孫家の宿願を果たした時…

そう尤もらしい事を言って逃げていただけ…

本当の私は、母様に合わす顔が無いから…」



姉様や小蓮、孫家の皆…

全てを欺き、偽りの虚像を演じていたから。



「死者相手じゃ顔色を窺う事なんて出来無いしな」


「ええ、その通りね…」



遠慮無しに核心を突く彼に思わず苦笑。

でも、その厳しさが本当の意味での優しさ。

“私を思って…”なんて、結局は私と同じ。

気遣っている様に見えても本当はただ自分が“悪者”にならない様にしている。

それだけなのだから。


本当に私を想ってくれて、私に向き合ってくれたのは子和様だけ。

見ず知らずの私に。

本気で怒ってくれた。



「…私にとって母様だけが本当の恐怖だったの…」



死者だから向き合えない。

故に、どうすれば良いのかどう演じれば良いのか。

それが判らないから。



「…でも、本当はそうして良かったのかもしれない

だって、真実を知っている人なんて居ない…

その人達に合わせて演じてしまえば良いのだから…」


「だが、そうしなかった

いや、出来無かった」



ええ、その通り。

実に簡単な事なのに。

それで誰かが傷付く訳でも無いと言うのに。

私は出来無かった。



「そうしてしまえば最後…

自分は完全に消える

だから、出来無かった

本当は誰よりも自分らしく在りたいと思っていたから絶対に無理だった」


「…ずっと、心の何処かで望んでいたのかも…

私の“仮面”を剥ぎ取り、全てを暴かれる事を…」



演じる事に憑かれて…

顔色を窺う事に疲れて…

全てを終わらせたかった。

“空っぽ”な私を。

それが私の本音。



「だけど、失いたくもない

だから、出来無かった」



それは周りの信頼だとか、孫家の繋がりだとか…

そういった事ではない。



「母様への憧憬…

そして何より、私が母様の娘だという誇り…

大好きな母様への想い…

それを踏み躙る真似だけはしたくなかったっ!

出来、無かったの…」



言葉と共に吐露される心に引き摺られて昂った感情が溢れ出す。

強く握り締めた両手の拳を彼が掌を重ねて包み込む。

それだけで安心する。


彼の胸に顔を埋めて静かに私は“雨宿り”をした。



──side out



獣道、では無いが舗装とかされていない山道。

普通に徒歩だと都会育ちの私には厳しい事です。

…御免なさい、裏の育ちで気にもなりません。


なんて、閑話休題的な事を言っているのは腕の中にて安らかに休息中の仲謀から気を逸らす為。

あんな後で無防備な格好で居られたら意識するなって方が無理だっての。

只でさえ、自分に対しての気持ちを知ってるし。

というか、慶閃め。

態とゆっくり、ゆ〜っくり歩きやがって。

気は許しても仲謀第一主義なのは相変わらずか。


とかなんとか一人胸中にて愚痴ってる間に仲謀も起き慶閃は何事も無かった様に元の速度に戻した。

仲謀は俺が慶閃にゆっくり進ませたと思ってる。

…意外な策士だな。



「…随分と久し振りだけど道が綺麗な様な…」


「ああ、前──と言っても君理に会いに来た後だが、一通り掃除したからな」


「…貴男が?」


「他に誰が遣る?」



何を言うのかと思えば…と考えていると仲謀が深々と溜め息を吐く。



「とても嬉しいのだけど…

もう少し、御自分の立場を弁えて頂けますか?

子っ・和っ・様っ?!」


「ひひゃひっひぇ…」



私から公の顔に切り替えて言う仲謀に右手で左の頬を抓られる。

墓を掃除した位で罰なんて当たらないだろうに。



「そういう意味や問題では有りませんっ!

単独で動かれても御身には影響が無いとは思いますが貴男は曹家の当主の伴侶…

如何に相手が名を馳せたと言っても自ら墓を掃除するなんて問題外ですっ!」


「いや、そんな大それた事でもないだろ?」


「判っていませんっ!

いいですか?、一族の長、当主たる──」



ああ…面倒臭い。

これが華琳が相手なら文字通りに口封じすれば上手く逃げられるのに。

…イチャつけて一石二鳥の一挙両得だよなぁ。


でも、仲謀には出来無い。

いや、さっきのは特別。

気軽に──って言うと少々誤解されるか。

華琳とするみたいに夫婦のスキンシップ的なノリとは違うんですよ。

何て言うか…俺なりの?、線引きな訳で。

悪戯や揶揄いの範囲内と、真剣・本気の境界線。


さっきのは後者。

華琳とのは後者の中に有る前者の範囲内。

だから、出来無い訳。



「聞いてますかっ!?」


「Sir,yes‐sir!」


「子和様っ!」





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