陸
対峙しながら観察する。
問題は、何処までコピーが精巧かだろう。
流石に“絳鷹”は無理だと思うし“絳鷹”が有るから能力的にも下回る可能性が高いか。
…だとすれば、身体能力と氣の波長位か。
それ以外は最初から設定がされている可能性も有る。
取り敢えず“影”から剣を一振り右手で取り出す。
何て事の無い量産品。
砕けても惜しく無い。
こういう状況で面倒なのは後発的に己の全てをコピーされてしまう事だ。
技術や武器、能力全てを。
下手をすれば、自分以上に使い熟される。
その可能性は限り無く低いだろうが、零ではない。
油断は禁物。
「曹子和…参るっ!」
意味は無いだろうが名乗り前へと踏み出す。
相手との距離は約7m。
俺にとっては十分間合いの範囲内だが、敢えて肉薄し近接戦闘へ持ち込む。
相手の力量を計りつつも、コピーさせなさい為。
中・遠距離で技術を学習し扱われるより、此方の方で使う技術を限定しておく。
そうする事でコピー内容を操作出来る。
尤も、最初からコピー済みだと意味は無いが。
それが判れば無制限にして戦うだけの話。
一秒に満たない瞬間で間を詰めて右手の剣を一閃。
右薙ぎに振り抜く。
ギャリィンッ!、と鳴った金属特有の音。
火花を散らして此方の刃を受け流すと、そのまま一歩右足を踏み込んでの逆胴。
それを左足を踏み込み右へ飛んで躱す。
右足の爪先で着地をすると踵を着けず、爪先を軸にし右回りに半回転。
即座に相手に向き直る。
追撃に備え、回転の威力を乗せられる様にと左下段に剣を構えていたが…
追っては来なかった。
最初に居た場所から僅かに移動して静かに構え此方を見詰めている。
相手の手に握られたのは、自分とは違う日本刀。
名刀、とまでは言わないが中々の物だと一目で判る。
「…合わせてくれたのか、偶然か悩む所だな…」
その呟きに返答が有る筈も無かったが、長時間会話も無しに居ると一人言が多くなるのは仕方無い。
日本刀に関して言うなら、“日本人”だとコピーした情報からの反映なのか。
或いは、最初から設定上に複数の文化圏の情報を有し合わせて来たのか。
この二択だろう。
空気は読めてないがな。
しかし、此処で此方も剣を日本刀に替えたとすると、負けた気がする。
…それは嫌だな。
“本物”としてのプライドという事も有るし。
本気で無理ってなるまではこのまま続行だな。
静かに対峙しながら互いに摺り足で時計回りに移動し出方を窺う。
相手の性質を見極める為の初手だったのだが…
正直、判り難い。
敵──己以外の全てを倒せという命令は必須。
しかし、それだけなら今の様な様子見はしない。
ただただ攻勢有るのみ。
自己の破壊や損傷など気にする必要も無い。
だが、動きを見る限りでは慎重さを窺える。
しかし、条件反応型として考えると違和感が有る。
では、自律思考を持ち得る反応思考対応型かと言えば其処まで高性能とは思えず否定せざるを得ない。
では、一体何なのか。
此処に一つ、異なる命令を加えると納得出来る仮説が成り立つ。
その命令は自己防衛。
一見、矛盾した命令に見え不思議に思うだろう。
しかし、これが試練ならば単純な激闘よりも持久戦を強いる為と考えれば理由に無理は無い。
ただ、仮にそうだとすると時間を稼ぐ理由が有る筈。
そして、それは此方側にはタイムリミットが存在する事にも繋がる。
相手を視界に捉えたまま、摺り足で移動し相手越しに周囲の変化を探る。
「………──っ!?」
予備動作無しに懐へと踏み込まれての一閃。
右斬上に振り抜かれた刃を剣の腹を滑らせながら受け流して右後方へ飛び退く。
やはり、と言うべきなのか追撃する様子は無い。
油断、とまでは言わないが本の僅かだが意識が周囲に傾いた一瞬。
其処を突かれた。
その事から此方を観察し、その上で判断している事が窺い知れる。
「…本当は、会話が出来るんじゃないのか?」
そう言ってみるが、相手は無反応のまま。
氣に揺らぎも無い。
その様子からしても相手に感情や自我等は全く無いと言えるだろう。
其処で、ふと気になる。
確かに先程の油断は此方の失態だった。
だが、隙を見分けられるとすれば、もっと仕掛けても良いのではないか、と。
単に持久戦と言ってもだ、完全に受け身に撤し続ける必要は無い。
寧ろ、タイムリミット付き完全防衛戦にしては単身で戦うのは可笑しい。
となると、理由が有る筈。
先程の攻勢の理由が。
静かに対峙したまま今度は動かずに居る。
相手も此方を見据えたまま微動だにしない。
自分に合わせて動くのなら攻勢の動きが矛盾する。
だが、動きを合わせる事に因って意味が生じるとするならばどうだろう。
例えば──意識的に此方の意識を逸らす、とか。
突飛にも思える。
証拠は無い。
しかし、こう考えてみると繋がってくる。
これは、試練だ。
制限時間内に一対一の戦闘による相手の撃破。
但し、制限時間は不明。
何故、不明なのか。
答えた単純。
“それ”を知る、探し出す事も試練の内だから。
そして、相手は制限時間を知られる事を阻む。
時間を隠し、時間を稼ぎ、時間を待つ。
そういう持久戦。
だから、不用意には動かず仕掛けても来ない。
では、先程の仕掛けは?
それが、ヒントだろう。
知られそうになった。
だから、攻撃する事により意識を逸らした。
つまり、あの時相手越しに見ようとした場所。
或いは視界の範囲内に入る可能性が有った。
そう考えられる。
勿論、そう思い込ませて、実は別の場所という場合も有るだろう。
ならば、先ずは其処以外を優先して潰す。
その過程で同じ様に此方を妨害してくれば、撹乱だと察しが付く。
何も無ければ自然と場所は絞り込める。
決して無駄にはならない。
此処に入って来た時点で、最初にマッピングは済ませ把握している。
勿論、2Dではなく3D。
先程確認した箇所は正確に除外する事が出来る。
残りは凡そ六割。
方法的に壁は簡単。
問題は床と天井。
此方は戦闘しながらでしか無理そうだ。
背中を見せて確認が出来る程に容易くは無い。
それは動きで判る。
(結構しんどいな…)
愚痴や文句等は言えても、流石に弱音は言えない。
しかし、遣るしかない。
時間も過ぎて行くし。
摺り足からボクシング風のフットワークに変更。
攻撃されても左右へ躱し、視界を確保し続ける為には此方の方が良い。
先程の箇所を飛ばす形で、再び時計回りに動く。
始めは向こうもじっくりと待ち構えていたが暫くして同じ様に攻撃を仕掛けた。
やはり、追撃はしない。
単純に一定条件下──膠着状態になった為、とも取る事は出来るが。
その後も、同じ遣り取りを二度繰り返した。
三度目、四度目の反応した場所は確認済みだった事。
一度目、二度目の飛ばした箇所が確認出来た事。
その一連の過程で撹乱だと断定する事が出来た。
結果、壁には時間に関する情報は無かった。
床と天井の一部──壁との接点付近も同様。
時間を示す、という事。
此処までの試練の内容。
それらを加味すると自然と“時計”が脳裏に浮かぶ。
そして、その条件に見合う場所としては二つ。
天井の中央。
それと多角錐が有った床の中央になる。
さて、何方らからか。
恐らくだが、確認が出来た時点で相手には隠す必要も妨げる必要も待つ必要も、全てが無くなる。
そうすれば向こうは全力で此方を倒しに来る。
確認が出来ずとも何方かを見た時点で此方の目的にも気付くだろう。
何より、時間を費やさせるという目的は成功しているのだから。
悩む時間は惜しい。
直感的に思い浮かんだのは炎の海での敗北。
灯台下暗し。
「…借りっ放しってのは、性に合わないんだよっ!」
そう言って──見上げる。
天井の中央を。
視界にはっきりと映った。
運命の時を刻む火時計。
宛ら“良く出来ました”と言う様に絶妙なタイミングで火の一つが消える。
──刹那、正面の下段から感じる威圧感に右手の剣を反射的に動かし迎撃。
同時に上体を逸らす。
ガギィンッ!、と金属音を響かせながら刃の切っ先が顎先、鼻先と掠める。
瞬間、合わせて左足を蹴り上げて反撃すると、左手で受けられる。
だが、それを利用する形で右足を踏み切り、膝蹴りを束を握る右手の指を狙って繰り出す。
此方の目的を理解し即座に日本刀を手放し、掌で膝を受け止める。
此方は続け様に膝を伸ばし右足で左側頭部を強襲。
ただ、全体重が乗っている訳ではない為、その威力は落ちたが蹴り飛ばす分には十分だった。
相手が離れて行くと同時に“影”を伸ばし、空中へと放り出された相手の日本刀を回収する。
無手にすれば間合いという点で優位に立てる。
新たに造り出されたりした場所は仕方無いが。
左足で着地すると相手とは距離を取る様に飛び退く。
同時に床の中央を確認。
其処には何も無かった。
やはり、裏の裏。
人を喰った様な性格をした製作者なら遣ると思った。
体勢を整えて相手を見据え先程の攻防を振り返る。
剣に当たった分だけ速度が落ちて避けられた。
もう少し反応が悪ければ、深手だっただろう。
最悪、チェックメイト。
首を斬り裂かれていた。
流石に最後の試練だ。
さて、天井の火時計だが…
さっき消えた火の位置と、残る火の数と位置。
それらから見て制限時間は残り六火刻。
一火刻の正確な所要時間は不明だが、相手が多角錐の中から現れてから二時間は経っていない。
だとすれば、一火刻の値は多くて二十分位。
だから十五分程度で考えて計算すると約九十分。
後は戦いだけに集中すれば十分に遣れる時間だ。
相手は立ち上がるが新たに武器を得る様子は無い。
方法的には此処自体からのバックアップ。
形状変化や異相空間からの取り出しの可能性だ。
だが、それが出来るのなら一対一にする必要は薄い。
故に再武装は無い。
それを肯定する様に相手は無手のまま突進。
完全な攻撃型にシフトして気配は一変。
冷徹な気配は抜き身の刃を思わせる。
普通ならば恐怖心を抱いて気後れするか警戒する所。
だが、自然と上がる口角。
向けられた殺気を心地好く感じて全身の細胞が歓喜し活性化する。
「久し振りだ」
華琳達との修練でも殺気を向け合う事は普通に有る。
だが、それは闘気の割合がどうしても強くなる。
故に、真っ直ぐで純粋な、本物の殺気は久し振り。
ただ、俺を殺す。
その為だけに、全身全霊を賭して向かってくる者も。
それだけに惜しい。
時間が有限な事が。
「せめて、我が本気を以て死合おう…」
此方も相手を──敵を屠る事に集中する。
戦いが短くなろうとも。
相手が幻影だとしても。
本気には本気で応える。
剣を“影”へと仕舞って、此方も無手で前へ。
右手の貫手を突き出され、左手で内掛けして逸らすと掴み右腕を畳んで懐に入り肘鉄を鳩尾へ。
それを左手で防ぎ、右膝を振り上げて来る。
其処へ右足を合わせて防ぎそのまま左手を軸にしての一本背負い。
だが、掴んだ左手は離さず巻き込みながら相手の上に乗っかる形で右の肘鉄へと全体重を掛けて床へ。
相手の左手と肋骨が折れる鈍い音と手応え。
正確には体構造は違うが。
痛みは無いだろうが身体のダメージは同じ。
一瞬だが、動きが鈍る。
その僅かな間に掴んでいる右腕を捻りながら、同時に絡ませていた右足も捻り、捩切る。
ゴギリゴリッ!、と人体と似て非なる違う音と感触が五感から伝わる。
生命の息吹を感じない。
しかし、その殺気からは、死の息吹を感じる。
生命でないのに。
氣の特性なのだろう。
だから、当然と思う。
「その命、我が糧と成れ」
残った左足と、肘から先が壊れた左腕で終わる最後の瞬間まで攻撃してくる。
その攻撃を受け止め手足を捩切り、同じ顔を、瞳を、見詰める。
「永久に眠れ」
右手で頭部を、左手で胴を掴み引き千切った。
血は流れず、光の粒となり消え去った。




