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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
111/915

         伍


鎧武者達を一方的に蹂躙、捕食し終えて一息吐く。


凡そ千に近い数が居たが、正確には数えていない。

初期時で四百位だったが、後から後から追加の援軍が出て来たからだ。

それはもう鬱陶しい位に。

まあ、獲られる材料の量が増えて嬉しかったが。



「ただ、これではっきりと確信が持てたな…」



“影”への取り込みだが、やはり、遺跡の“付属品”には通じる様だ。

また、壊れた──本体から離れる可能性を持っている物も同様だ。

今回で言えば、鎧武者達が隠れていた壁。

その部分の蓋の役目をした石材の事になる。

…殆ど残骸だが。

しかしだ、ラッキーな事に例の氣に反応して不可視化していたのが術式ではなく石材の特性だと判った。

尤も、全てではなく術式の場合も有るだろうが。

それでも、これは好材料。

隠密衆の装備を強化して、大きく質を向上出来る。

…くくくっ…腕が鳴るな。



「…っと、進まないとな」



一欠片も残す事無く綺麗な通路を悠々と歩く。


ああ、因みに壁を壊して、隣側の通路へ乗り込むのは不可能だった。

本体の破壊は多分無理だと思っていたが、本体でない可能性が有る以上は試して見ても損は無い。

ペナルティも無いし。


暫く進み、通路を抜けると視界に映ったのは赤。

燃え盛る炎が幾つもの柱の如く下から上に昇る。

下を覗けば、マグマっぽく見える炎の海。

対面の壁は約100m程は先に有り、次の通路だろう入り口も見える。

但し、此方側から対面──対岸と言う方が正しい所に続いてる道は無い。



「…確か、昔のゲームにもこんなの有ったよな…」



まあ、ゲームだけじゃなく実際に遺跡の試練的な物に有ったけどな。


肩を竦めながら息を吐いて丁度、対岸と真正面になる位置に立ち、何も無い筈の空中に右足を踏み出す。


右足は行き場を得ず下へと落下する──事は無い。

しっかりとした床の感触が足の裏から伝わる。



「己が恐怖に負けず勇気を以て踏み出せ、か…

在り来たりな試練だが…」



それだけだとは思えない。

目に見えるだけが真実とは限らない──其方らの意も含むので有れば尚更。

こんなに単純な解答の筈がないだろう。



「見えない物を視る…

氣を使って、だろうな」



右足から足場へと氣を流し探知して行く。

視えたのは一本道ではなく面倒な程の曲がり道。

視界に映る部屋全体を使い迷路の様に成っていた。




水を流して満たし通り道を把握していく様に頭の中でマッピングしていく。


行き止まりも多々有るが、基本的には高低差・段差は無いから平坦。

仮に立体交差とか有ったら面倒としか言えない。



「これで、ゴールっと…」



マッピングし終えて後ろへ一端戻って一息吐く。


一筆書きに辿ると総距離は1km近いだろうか。

部屋全体を右へ左へ。

面倒な道だ。


“影”から右手にある物を取り出す。

別段、特別な物ではない。

その辺に転がっている石に他ならない。

中には、こういう時の為の消耗品も少なくない。


右手に有る石を道の上から外れた空中へと放る。

フワッ…と放物線を描いて進む石は──刹那、下から吹き昇る炎に飲まれた。

塵一つ残さず、跡形も無く焼き尽くされる。



「…案の定か…」



道の真上から少し食み出す程度なら許容範囲らしいが完全に外れると失格。

先程の石と同じに成る。



「近道は禁止か…」



ショートカットをする事は不可能と言う訳だ。

地道に進むしかないな。

溜め息を吐くと、気持ちを切り替える。

不可視の道の有る場所へと右足を踏み出す。


踏み出して──止まる。


不意に脳裏に浮かんだのは更に面倒な可能性。

そして、もし自分が相手の立場なら、それを遣っても可笑しくはない。

これは試練なのだから。



「……まさか、なぁ?」



乾いた笑みを浮かべながら口元を引き釣らせる。

出来れば、単に考え過ぎ、取り越し苦労に終わればと願ってしまう。


しかし、虚しいかな。

そういう時の嫌な予感とは往々にして当たる物。


右足から流した氣を通じて無情な現実を知り、両肩を落として項垂れる。



「…リセットかよ…」



最初の1m程は全く変化が無いが、その先は先程とは明らかに違っていた。

つまり、向こう側へ繋がる道筋が作り変わった訳だ。

折角したマッピングが全て無駄に終わった。


どうやら、一度でも道から足──身体が完全に離れた場合は道が変わる様だ。

嫌な仕掛けだよ。

とは言え、踏み外したり、体勢を調整したりする為に離れる場合も有る。

そう考えると、一定時間の猶予は有るだろう。

まあ、焦らずにゆっくりと一歩ずつ確実に道を進んで行けば問題無い。



「急がば回れ、か…」



人を揶揄っている様だが、教え諭す様に様々な場所に製作者の意図が見え隠れし奇妙な共感を覚える。




完全なマッピングを止め、確かめながら進む事にして歩き出す。


実際に道──炎の海の上、その空中を進んでいる事は少なからず恐怖を感じさせ心理的に緊張を強いる。


火や炎は、動物──生命にプリミティブな恐怖を与え心身に影響を齎す。

それは人間にも言える。



「おまけに熱いし…」



見せ掛けだけの演出。

ショートカット防止用。

心理的な影響力。

それらの為の炎だと思って安易に捉えていたが…

甘かった様だ。


部屋の出入口に有る足場。

其処以外は熱気に晒される仕組みらしい。

体力を削り、それに因って思考力・注意力を低下させ危険な状況を作り出す。


道は氣を流して探知しつつ進む必要が有り、体勢にも気を配らなければならず、精神力の消耗も大きい。


時折、無意味に思える様に生じている炎の壁。

だが、圧迫感を与えながら一時的に気温・体感温度を上昇させるのが狙い。


また、幅が20cm程の道も危な過ぎず、簡単過ぎない非常に憎らしいサイズで、少しでも“慣れ”を抱くと油断を生み、命取りになる様に仕組まれている。


それでも、俺にしてみれば気楽な内容だが。



「というか、これは意外と良い訓練になるかもな…」



戻ったら、再現可能か一度真剣に検討してみよう。

何も、全く同じ必要は無いのだから手は有る筈だ。

重要なのは体感温度。

其処を押さえれば恐怖心を煽るのは容易い。



「各隊長職に就く者が心を乱す様では務まらないしな

我ながら良い案だ♪」



後の“楽しみ”を具体的に想像しながら進む。


そうこうしながら一時間程費やして対岸に到着。

途中、道幅が狭まる箇所が幾つか有り、最低1cm位の道を100m程進んだ時も有った。

他にも、炎が作る火の輪を潜らせられたり、火の玉が飛んで来たり、炎の風車が足場を邪魔したりと…

下り通路のアトラクションを思い出させられた。


何事も無く通過したから、今更では有るが。


で、次の通路。

対岸からは入り口しか確認出来なかったから下りかと思っていたが…



「遣ってくれるな…」



目の前に有る“入り口”に“見えた”のは壁。

其処に描かれた絵だ。

所謂、視覚的錯覚の芸術。

トリックアート。



「灯台下暗しって事か…」



振り返っ見れば入って来た入り口の“真下”に本当の次の入り口が視界に映る。


今回は完全に嵌められた。

内容が易し過ぎたしな。

一つ大きな溜め息を吐くと来た道を戻った。




氣を使って壁を垂直に伝い下りて先へと進む。


通路の中は真っ暗。

自分の手足さえ視認出来ぬ深淵の闇だ。

氣を使い照らそうとしたが光その物が吸収される様で意味が無かった。

勿論、炎も駄目。

氣による探知も不可能。

仕方無く、そのまま進む。


狙いとしては、視覚情報を遮断する事に因り、此方に対し必要以上の緊張と警戒を強いる。

また元々無い時間の感覚を更に強く麻痺させて精神を追い込む為だろう。


その証拠に落とし穴とか、天井から水滴とか、珍しく蜘蛛の巣が有ったりとか、足元がヌルヌルしてたり、床が奇妙な音を出したりと宛ら、お化け屋敷だ。


一時間程で漸く抜けた。

急に光が目に入ったから、それに驚いたが。

目には優しく無い。

あと“影”に取り込めるかチャレンジ。

…無駄だとは思ってたよ。


新しく着いた場所は今迄と雰囲気が違っていた。

豪快と言うか飾り気の無い無骨な石柱が外周に並び、その間には鉄格子。

広さとしては東京ドームのグラウンド位か。

頭上を見上げれば20m程上に天井が見える。

天窓の様に空いた丸穴から射し込んでいる光。

陽光では無いだろうが。


一言で言えばコロシアム。

それが第一印象だ。



「お次はモンスター相手のサバイバルか?」



まあ、生物は居ないか。

居るとしたら、“封印”の対象だけだろう。

飽く迄も可能性だが。



「個人的には、鎧武者系の材料が良いんだが…」



そう言い中央へ向けて進みながら再度周囲を確認。

特に変化は無い。

氣を流して調べてもみるが不可視なだけ。

やはり、これと言って目に付く物は無い。


この場で異質、と言うべき存在なのは唯一つ。


足を止めて静かに、それを見詰める。


見た目は、黒い水晶の様な高さ3m程の多角錐。

光を通して居るから表面は半透明になっている。

しかし、入った光が外には出ていない様で中心部分は先程迄の通路の闇と同様の不気味な程の漆黒。


他に仕掛けらしき物なんて見当たらない。

右手を多角錐へと伸ばしてゆっくりと触れる。


──ドクンッ…



「──っ!?」



反射的に右手を離し後ろへ飛び退く。


感じたのは、何かの鼓動。

だが、真っ当な生物だとは考え難い。

正直、良い予感はしない。


ぼんやりと、青白い輝きの縦書きの一文が、多角錐の表面に浮かび上がる。


──汝が怖れるは…




俺が怖れる──その事と、先程感じた鼓動とも照らし合わせて考えると…

“幻影”の類いとの戦闘が濃厚だと思う。

問題は、その相手。


正直、人外や魔物なんかは怖いとは思わない。

抑、その存在自体が畏怖や未知への恐怖の代表格。

それに昔から慣れ親しんだ存在でも有る。

今更としか言えない。


では、心理的な存在か。

最有力は華琳だろう。

傷付けたくはない。

しかし、偽物と判っている以上躊躇う理由は無い。

実力的にも華琳は下だし。


実力的に言えば…未知数な部分を踏まえて師匠か。

現役──生涯現役だと言いそうだが、最盛期の実力を俺は知らない。


しかし、正確なトレースは世界が違うから困難。

因って、俺のイメージとか記憶がベースだろう。

だとすれば、師匠と言えど取るに足らない。



「…と言うか、考える迄も無く明白だよな…」



苦笑しながら多角錐の中を真っ直ぐに見据える。

現れるだろう敵。

それが何か判れば気持ちは簡単に切り替わる。


ピシッ…パキキッ…と音を立てて尖端から罅が入り、地面へ向かって伸びる。


──来るかっ!。


自分にとって、最悪であり困難と言える敵。

だが、不思議と高揚する。

知らず知らず口元に浮かぶ笑みを堪えられない。

ただ、楽しみで、愉しみで──獰猛に嗤う。


パキッ──パキイィンッ!!


多角錐が砕け散り、空中で粉々に成って霧か霞の様に跡形も無く消え去る。


闘技場に残ったのは二つの人影のみ。


陽光を思わせる白金。

紅と黒の戦装束。

そして、ゆっくりと現れる血と炎を思わせるのは──真紅の双眸。


二人の──曹子和。



「…俺が最も怖れる存在は俺自身に他ならない…

何かしらの原因で己が力の制御を失い暴走…

華琳達を傷付ける事…

それが、一番怖いからな」



寡黙で、無表情な己が顔を見ながら呟く。

独白ではないが、どうにも奇妙な気分だ。

と言うか、幾ら幻影でも、相槌位しろよ。

サービス悪いよ。


ゆっくりと息を吐きながら集中力を高める。


そして、何と無く理解する事が出来る。

これが最後の試練だろう。


自らが最も怖れる存在。

それは己自身を越える事と同義だと言える。

…まあ、俺の場合は本当に自身だが。

もしかしたら、最初っからそうかもしれない。

今更、何方らでも良い。

遣る事は一つ。

倒すだけだ。




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