参
──と、ごちゃごちゃ有り到着しました次の部屋。
前階より広く縦横10m、高さは4m位の広間。
造り自体は大差無いのだが白い石質の円柱が十二本。
柱の太さは直径1m程。
で、扉が無い。
階段も無い。
道も無い。
「行き止まりかよっ!?」
と、ツッコミを入れるが、反応は有る筈も無い。
そして、本当に行き止まりという訳ではない事は当然判っている。
ちょっとした気分転換。
主に、テンションと思考を切り替える為の。
先ずは階段の対面側の壁に歩み寄って右手を当てる。
氣を流して壁の向こう側を調べる為だ。
だが──判らない。
何も無いという訳ではなく“見透す”事が出来無い。
“何か”に因って目隠しをされている様だ。
「カンニング防止って訳か
この感じじゃ壁は全部氣を通さないか…」
いや、氣を流すと見えなく成る効果かもしれない。
それに物理的に破壊しての突破も無理そうだな。
つまりは、この部屋に有るだろう“鍵”を見付けて、“扉”を開けって事か。
今度は謎解きかよ。
「差し当たっては…柱か」
仕掛けが有るとすれば何かヒントは有るだろう。
となれば、一番怪しいのは唯一のオブジェでも有り、目を引く柱だ。
取り敢えず、手近な一本へ近寄って触れてみる。
見た目の通り、ひんやりと掌に伝わる感触。
手触りはツルツルしており一片の傷も無い。
だが、コーティングされた感じではない為、研磨での素材の性質だろう。
一見白大理石にも見えたが氣を少しだけ流してみると違う事が判った。
「…ん?…これは…」
氣を流して柱全体を調べてみれば天井と床の先は共に凹みに填まった形。
しかも、固定されておらず氣を流せば動かせる。
まあ、その場で回転させるだけなのだが。
「十二本に回転、か…」
パッと思い付くのは時計。
次いで暦と干支・星座。
派生して四季も有るか。
「…あれは…」
目に止まったのは天井側の先端の一角に浮き上がった小さな模様。
表面上に殆ど変化は無いがその一点だけ違った。
氣に反応して浮き出たのは牛の絵柄だった。
これ一つでは、まだ判断は出来無いが他の柱も調べて見ればはっきりする。
問題はそれがどういう風に鍵として機能するかだ。
氣を流したまま柱を一周し天井側の周辺を見てみたが特筆する物は無い。
抑、柱以外へ氣を流しても不可視状態だし。
そう考えると氣に反応する仕掛けではないだろう。
「天井に無いなら床か…」
視線を足下へと落とす。
判り辛いが、本の僅かだが柱の根本に切れ込みの様な縦線が入っている。
約3mm程の。
普通の遺跡ならば傷にしか見えないだろうし、実際に傷でしかない。
しかし、事、此処に限って言えば違う。
今居る広間に空気の淀みや積もった埃、蜘蛛の巣等は全く無い。
柱にも劣化や風化の痕跡は微塵も見当たらない。
それはこの広間や柱自体が特殊な物で有る事の証明に他ならない。
「これが目印なら…」
柱周辺の床を注意深く見て回るって発見する。
柱の根本からは少し離れた床の一角に小さく刻まれた菱形の模様。
その大きさは凡そ縦2cm、横1cmと言った所。
屈んで触って見ると2mm程浮き彫りに成っている。
「…無難に考えると柱側の切れ込みと合わせる仕組みなんだろうが…」
あのアトラクション後だとストレートな解釈をしても正しいか怪しい所だ。
俺自身が製作者側だったら裏の裏──に見せて裏とか翻弄するだろうな。
「先に全部確認するか」
論より証拠。
散らばる事実を集める事に因って真実が見えてくる。
謎解きの鉄則だな。
それから十分程で一通りは柱と床を調べ終えた。
先ず柱の方からだが…
広間の入り口──石段から降りて来た位置から見て、右回りに馬・犬・鼠・鶏・・龍・猪・牛・猿・兎・蛇虎・羊の絵が有った。
完全に干支だな。
尚、柱の切り込みは絵柄の真裏に全て有った。
面倒な造りだな。
で、床の菱形の方だが…
当然の様に有る位置は全て違っていた。
此方は仕方無いだろうなと思うから許せる。
「さて…これらの要素から柱が鍵なのは確かだが…
問題は手順だろうな…」
一番単純なのは干支の順に柱を回転させ、切れ込みと菱形を合わせる事によって仕掛けが起動するタイプ。
まあ、ダイヤル式の金庫の開け方みたいな物だな。
ダイヤルが十二個も有って面倒臭いが。
「ただ、そんな何の捻りも無い仕掛けかどうか…」
此方に深読みさせて、実はどストレートって可能性も高いだろうし。
何より“リトライ”可能か否かが不明なのが問題だ。
ゲームと違って当たるまで何のペナルティも無しで、或いは落とし穴で落下とかエンカウト戦闘とかで済む事は無いだろう。
試練なら一発勝負が定番。
運も実力の内、と言う事で悩む所だな。
唯一の救いは、時間制限が全く無い事だな。
ああ、俺自身の疲労とかは別の話だけどさ。
「氣が壁画の入り口を開く鍵だったからなぁ…
失敗して強制退場したら、二度と遺跡内には入れない可能性が高いだろうな…」
生きて退場するだけなら、儲け物だとは思う。
下手をしたら、半永久的に異空間を彷徨うか餓死する事になるだろうし。
ハイリスクだよな。
「…リスク、チャレンジ、故に試練、か…」
求めなければ得られない。
踏み込まねば進めない。
何より、此処の存在理由、製作者の目的が“試練”と言うので有れば。
“挑戦者”に問われるのは選り高い資質や能力。
値するだけの資格だろう。
「まあ、どうせ遣るんなら難しい事への挑戦だな」
悩むより生むが易し。
考えるより行動。
当たって砕けろだ。
砕けたら駄目だけどな。
「先ず、柱の絵柄が動かす順番を示していると見ても間違いは無い…」
実際、他の要素が無いし。
その柱の根本の切り込みも合わせる為の目印。
問題は床に刻まれた菱形の解釈だろう。
「…菱形、ねぇ…」
干支と無関係ではない、と仮定して考えてみると思い浮かぶ事が二つ。
時刻と方位だ。
床に有る菱形が方位磁針を示すとするのなら“北”を指していると考えられる。
また、干支が方位と時刻に共通する位置を暗示すると考えれば、柱の切り込みを其処へ合わせる、と仮説に筋が通る。
「あとは実行有るのみ」
先ずは鼠──子の柱。
位置は十二時と北。
氣を流して柱を回転させて切り込みを菱形と重ねる。
すると、カチッ…と小さく本当に小さく音が鳴る。
最初に回したのが牛の柱。
二番目だったから回しても反応は無かったとすれば、仮説は正しい事になる。
丑・寅・卯・辰・巳・午・未・申・酉・戌と合わせて最後になる亥の柱を回し、十一時・北北西の位置へと合わせる。
カチッ…と十二度目の音を聞いた。
瞬間──ゴガゴンッ!、と広間に響き渡る音。
反射的に柱から離れ、一番安全な可能性が高い石段の有る方へと移動する。
轟音を響かせながら広間がグラグラと揺れる。
同時に十二本の柱が半時計回りに回り柱群の中央──広間の中心が競り上がって姿を現すのは巨大な円柱。
真ん中には空洞が有るのが此方側から窺えた。
其処に道が有るとすれば、また下り道だろう。
そう思うと自然と溜め息が出て来た。
柱の回転と揺れが収まり、次の道が開かれた。
案の定の下りの階段。
ただ、それよりも現時点で気になるのは柱を“影”に取り込めるか否か。
可能なら回収したい。
階段に入った状態でなら、万が一崩壊しても逃げれるだろうし。
本当は壁や床も欲しいが、どうやら無理らしい。
遺跡自体が、術式の一部に類する様で削り取る真似が出来無いからだ。
遺跡丸ごとなら大丈夫だと思うが全容が判らない以上現時点では不可能。
以前の鉱物発掘みたいには行かないのがもどかしい。
「氣に反応しての不可視化なんて珍しい使い方だし、今後の参考になっただけで良しとして置くか…」
欲張っても無事に持ち帰る事が出来無かったら何一つ意味が無いのだから。
そう結論着けて、階段へと向かって数段を下りた所で広間に“影”を伸ばす。
柱の根本から隙間を使って十二本の柱を覆う。
まだ取り込んでいない為、広間に変化は無い。
一つ、大きく深呼吸をして広間の十二本の柱を同時に“影”へと取り込む。
両足を強化して駆け出せる様に備えていた。
「………大丈夫か?」
だが、特に予想した変化は起きなかった。
強化は解かないまま広間に戻って様子を見る。
やはり、大丈夫の様だ。
先程まで柱の有った場所を確認して見ると、天井にも床にも柱との連結の痕跡は見られない。
氣で確認出来たのと同様で天井と床の凹みに嵌まっていただけらしい。
あの自動回転も前階の扉の仕掛けと一緒で氣を使った演出だったのか…
或いは、天井と床の裏側に有る氣の回路を繋ぐ役目をしていたのかもしれない。
また再確認の為に床に氣を流して見るが──不可視は変わらずだった。
どうやら此方等も予想通り術式の一部の線が強い。
「…しかし、こうして物を俺が回収したりしても別段反応をする様子が無い所を見てみると…
此処は無人って事か…」
普通に考えて製作者が裏で操作・支配しているのなら“影”を放置はしない。
それ以前に階段の最中でも遣っていたのだ。
何も反応が無い時点で薄々そんな気はしていた。
ただ、製作者が生きていて此方を監視・観察している可能性も少し期待していただけに残念ではあるが。
しかし、此処が設定された条件下での自動反応型だと判ったのは好材料。
対人式でのダンジョン攻略なんて面倒臭いし。
面白いとは思うけどさ。
三つ目になる石段。
しかし、最初の様に無駄に長くもなく、二つ目の様にアトラクション染みた事もなかった。
実にあっさりと、段数的に五百段程で次の階に到着。
まあ、着いて数歩だったが踏み込んだ瞬間に、背後に違和感を感じて振り向くと下りて来た階段が消えて、何も無かったかの様に壁が有るだけだった。
そして、目の前に有るのは縦横5m、高さ3m程度の石造りの部屋。
階段の有った側とは対面の壁には三つの扉。
どうやら今度は“選択”がテーマと言った所だろう。
流れとしては有り勝ち。
ただ、そのテーマの場合、対象が広いのが難点か。
「で、最初の選択はと…」
部屋を見回すと“問い”と思しき物は床の中央に有る正方形の色の違う一枚。
それ以外には該当しそうな物は見当たらない。
その床に近付いて屈み込み右手を置き氣を流す。
すると、当然、と言う様に浮き出る文章。
但し、今度は漢文。
…いや、あの本の秘密文が特殊な訳で、此方が本来の文化形態なんだから。
一緒にしてはならない。
気を取り直して、浮かんだ文章に目を向ける。
「花は二度咲く事は無い
汝は天に有りて輝く…
我に勝るは汝のみ…
然れど、汝は暗む…
汝の目覚めは我が告ぐ…
我が右手に蕾は有り…
命を以て花開く──か…」
読み終えて立ち上がる。
ふと、扉へと目を向ければ先程まで無装飾だったが、各々模様が浮かんでいた。
左から順に太陽、三日月、星の絵柄だ。
「どれも天に有るが…」
星は太陽の下では輝けず、月は太陽無くして輝けず、故に一番強い。
また“暗む”は日暮れに、“目覚め”は夜明けに各々掛かってくる。
そして、その関係を見れば“汝”は太陽。
“我”は月。
また頭の一文は一度限りの意味だろう。
「まあ、これ位が最初には妥当だろうな…」
簡単では有るが一つだけで終わりはしないだろうし、肩慣らし程度だろう。
三日月の絵柄が浮かぶ扉の前に言って取っ手に右手を伸ばして掴み──掛けたが寸前で止める。
“右手”は?──と脳裏を過って早とちりに気付く。
我が右手──月の右手側に蕾が有る。
つまり、俺から見ると月の左側の太陽の扉。
そして、扉──蕾を開くは命である氣。
太陽の扉に氣を流す。
改めて、答えを実行すると太陽の扉が開いた。




