23 新天地
孔融side──
魯国を落としてから約十日が経った日の朝。
隠密衆を介し新たな州──泱州の新設と、その泱州の州牧に華琳様が任じられた報せを受けた。
恐らく、他の郡でも同様に皆が知った頃でしょう。
「全て予定通り、と言えばそれまでですが…
もし、端から見ている立場だったとしたら、恐ろしく思えたでしょうね…」
「同感です」
私の言葉に苦笑しながらも同意する葵。
郡内を隊列を組み進む中で愛馬を並べて話す。
因みに秋蘭と翠は別行動の最中なので居ない。
「それに内に居るからこそ更に判ります…
決して、他家や他勢力では実現不可能だと──いえ、正確に言えば短期間では、ですね」
「そうですね…」
葵の言う通り。
私達は将師の中では最初に任地に入った為、他領より復興──いえ、移行状況は進んでいる。
しかし、そうは言っても、簡単な事ではない。
曹家の軍事力は勿論の事、その伝手や財力が有る上で可能な戦略。
尤も、仮にそれらが揃っていたとしても思考・思想が至らなければ無意味。
そういう意味では子和様の存在こそが要。
驚異の根幹でしょう。
「私達軍師を始め、政策に携わる文官達は起こり得る問題を想定して対処方法を思案します
ですが、それは前提条件に国が有っての事…
国の在り方如何で出来る事自体が変わります」
そう言いながら天を仰ぐと自然と笑みが浮かぶ。
天は今も其処に変わらずに在り続ける。
それなのに不思議と違って見えてしまう。
私達が立つ大地が変わった訳でも無いのに。
「子和様の様に国その物の在り方を変えてしまう様な発想は出来難い物です」
「確かに…
皇帝の──朝廷の支配から独立した新州の設置と統治など普通は考えません
いえ、考えても出来無いが正しいですね」
「群雄割拠の時代の中なら可能でしょうけど…
今はまだ乱世の兆しが出て来ている程度…
動くには厳しい時期です」
それでも子和様は動かれ、こうして結果を出した。
「だからこそ、動く価値が存在する…
子和様なら、そう言われるかもしれません」
「他人に合わせて動かない理由が有りませんから」
「ふふっ…ええ、全く以てその通りですね」
葵の言葉に笑い合う。
天も地も何一つも変わってなどいない。
変わったとすれば、それは其処に在る人。
人が変わり、国が変わり、天地は新たとなる。
曹家の御旗の元に。
──side out
馬超side──
私は秋蘭と共に領内の賊を討伐して回っている。
と言っても、既にめぼしい集団は潰し済み。
実際には小規模な盗賊とか残党、官軍崩れ等の有無を確かめる程度の事。
巡回と言っても良い。
「しっかし、暇だよなぁ〜
もう少し手応えの有る敵、何処か居ないのかなぁ…」
「手応えが無いのは此方と力量差が有るから仕方無い事だろうな
しかし、敵が居ないのは、良い事だと思うがな」
「それはそうだけどさ…
これじゃあ、部隊の演習に成らないだろ?」
「まあ…確かにな…」
私の言葉に苦笑する秋蘭。
今言った様に私達の隊にはもう一つの目的が有る。
それは私が率いる事になる予定の騎馬隊の育成。
勿論、私の隊以外にも作る事が前提条件に有るので、隊の顔触れも毎回違う。
まあ、私の部隊の面子から数人は常に入って居るし、指導をさせる事も自分達の復習と経験だ、と子和様の遣り方だったりする。
「現状は騎馬での戦闘より純粋に馬術が中心だから、緊張感が無いって言うか…
こうさ…判るだろ?」
上手く表現出来無いままに振ると秋蘭は溜め息を吐きチラッ…と後方を見る。
視線の先に居るのは今回の演習参加者達。
「…翠だけでは無いから、あまり強くは言えないか」
緊張感が無い──正しくは薄いだろうな──兵士達の様子を見て納得したらしく再び溜め息を吐く秋蘭。
「そりゃあ、まあ?
子和様が騎馬隊に向いてる人材を自分で選抜してる分確かに質は良いよな」
全員初心者ではないけど、技量等が卓越しているとは御世辞にも言えない。
騎馬民族──世に生まれる前から“馬乗り”の私達と比べてはいけないが。
「飽く迄も素養・資質だと仰有っていたがな」
「其処だよなぁ〜」
馬上で自由に動く事は勿論として、人馬一体となった動きが出来る様になる事が取り敢えずの目標。
…え!、高過ぎだって?、私が知るかよ。
文句は子和様に言えって。
方針と合格目標を決めたの子和様なんだからさ。
「とは言え、時間が必要な事も考慮されての配置だ
結果を出さなければな」
「判ってるって…
私だって、馬一族が培った技術と歴史を次代・後世に伝え継げる好機だしな
しっかり教えるさ」
「…そうだな」
「ああ」
そう言って、秋蘭と笑みを交わし頷き合う。
多分、それも子和様の中で政策の一部だろうけど。
本当、頭が上がらないな。
──side out
郭嘉side──
汝南郡が落ちて一週間。
斐羽と共に今日三ヶ所目の邑を後にして空を仰ぐ。
快晴ではなく、程好い雲の量から過ごし易い天気。
今の所、崩れる心配も無い事には安堵する。
ただ、天気が良好だと回る箇所が増える点が憂鬱だ。
「…これも仕方無い事では有りますが…
同じ説明を何度もするのは気が滅入りますね」
「御疲れ様、としか私には言えませんけど…」
返答に困る斐羽。
つい私も愚痴りたくなって溢してしまった分、彼女に申し訳無く思う。
「…すみません、斐羽
私も頭では理解しているのですが数が重なると…」
「気持ちは判ります
でも、民にも、私達にも、必要な事ですから」
「…ええ、そうですね」
民への説明を繰り返す事でより深く理解出来る。
子和様の意図だろう。
現在、私達が各領に於いて行っているのは新体制への移行の説明。
泱州の税制なども含むが、一番は新たな街造り。
子和様が提唱されたのは、“集束型都市”政策とでも言いましょうか。
今まで彼方此方に点在した村・邑・集落を破棄して、街に民を集束させるという前代未聞の計画。
その為に各々の代表者達や住民への説明で巡っている最中だったりする。
先ずは国──今は州──の統治側が“全ての領地”を所有し、その上で民に対し貸し出すという事。
元々領地を所有する者達は反発するが…最初から皆が曹家の家臣なら簡単。
上が従う以上、民は従う。
これにより国の主導による整備・開発が可能となり、不必要な自然破壊を防いで密猟等も抑制出来る。
加えて、無職の民へ仕事の斡旋をする環境も整えられ飢餓や貧困による犯罪者の発生も減らせる。
また災害等による被害でも民を迅速に他領へ移したり受け入れられる。
問題点としては民の集束が一時的にでは有るが衝突を生む可能性だろう。
尤も、それも華琳様を始め曹家の風評が有る為多くは発生しない筈。
つまり、害よりも利の方が遥かに多いのである。
「…子和様の思い描かれる国家の姿の素晴らしさには感嘆するしか有りません
あれで野心さえ有ったなら今頃は皇帝でしょうね」
「その野心が無いからこそ子和様で有り、私達が今に有る理由では?」
「ふふっ…確かに」
そう言い斐羽と笑いながら次の目的地へと向かう。
民を未来へと導く為に。
──side out
司馬懿side──
淮南郡を落とした三日後に泱州の新設の報を受けた。
予定通りの二週間。
多少、良くも悪くも想定がズレたけれど。
賊討伐を螢達に一任。
私は斗詩と各所を巡りつつ遭遇したら討伐する程度。
螢達に経験を積ませる為の子和様の指示。
「…終わってみると改めて子和様の読みの凄まじさが判りますね…」
「そうですよねぇ…
私なんて、結果を予想するだけでも大変です」
「それはそれで精進をして頂かないと困りますが…
一つの戦局だけではなく、事後も含めた先見の明には畏怖を覚えます…」
いえ、正確に言えば国家の基盤を築く為に、今の世に蔓延る“悪”を利用したと言うべきでしょうね。
功を上げて地位や名声等を得るのは定石。
ですが、子和様は自治領を得る事を望まれた。
本来なら特別な場合にしか叶わず、それも漢王朝から独立した事にはならない。
非常に困難な事。
それを子和様は容易く成し遂げてみせた。
子和様に言えば皆が居て、出来た事だと言うだろう。
しかし、皆が居ても子和様無くしては不可能。
子和様が有ってこそ。
「でも、今回は皇帝陛下が最初から此方側だったから良かったですけど…
そうでなかったら子和様はどうされたのでしょう…」
何気無く呟く斗詩の疑問。
それは誰もが一度は抱いた可能性だろう。
しかし、私は結果は大して変わらなかったと思う。
「確かに皇帝陛下の協力が有った分だけ事を運ぶのが容易だったでしょうね
ですが、仮に陛下の協力が無かったとしても同じだと思いますよ」
「どうしてですか?」
「抑、子和様は悪徳官吏を摘発・処断する事で功績と同時に風評を得ています
其処に加えて民の信頼…
何もしてくれない皇帝と、自分達の救世主の曹家…
民が何方らを支持するかは明白です
皇帝も、朝廷も民を失えば無意味な物ですからね
民を裁く様な真似は反感を招くだけ…
当然、曹家の──華琳様の自治を認めます
武力で、となれば子和様が黙っていませんしね」
「成る程…磐石ですね」
「ええ、態と隙が有る様に見せて置いて誘い込む…
身動き出来無い様に四肢を絡め取る蜘蛛の様です」
「…私、曹家に仕えられて幸運でした…」
私の比喩に怯えた様に顔を引き吊らせる斗詩。
激しく同意します。
ですが、主従という意味に限りませんよ。
女としても、子和様と縁が有る事は幸運です。
──side out
空は既に夜の帳に包まれ、辺りは闇が支配する。
しかし、洛陽という場所は夜でも賑わう。
人々の欲望を糧に燃え輝く篝火に照らされて。
「しかし、こうも容易いと不安が過るのだが…」
「容易いのは豚共の脳内が目出度いからだって…
俺にしても、もう少し位は歯応えが欲しいけどな」
そう言いながら盃を傾け、琥珀色の酒を口に含む。
味云々よりも酒度の高さが主なので慣れない者とか、弱い者は辛いだろうな。
これは最上級の酒だから、味も良いが。
軽口を叩いているが相手は時の皇帝だったりする。
皇帝の私室の窓枠に二人で腰を掛けて居る。
陛下から必要な書状一式を受け取った後、城を出ると華琳とは洛陽で別れた。
勿論、バレたら意味が無い事なんで細工は流々。
隠密に俺に扮装させた上で同行させている。
まあ、烈紅が乗せないから其処だけは仕方無い。
尤も、それが判ってるから城に乗り付けたりしてない訳なんだけどな。
「…その豚共を好き勝手に肥やさせた身としては耳が痛い事だな…」
「事実だけにな」
皇帝──義父の苦笑に対し口角を上げながら、右手の盃を差し出す。
互いの盃へと酒を注いで、窓から見える夜空と月とを仰いで飲む。
「時に──孫の方は大丈夫なんだろうな?」
「──っぐ、ぉふっ!?」
予期せぬ言葉に噎せる。
…ああ、いや、親馬鹿なの忘れてたな。
十分に有り得たか。
「…まさか…不能か?」
「ごほっ、ごほっ…
…いきなり何を言うのかと思えば、それかよ…
まあ、まだ子揚達とは特に進展は無いが…」
「結の何が不満だっ!?
あの娘の何が悪いっ!?」
「違うわ糞義親父っ!!
価値観の問題だっ!」
「…価値観?」
両肩を掴んで激昂したかと思えば、あっさり引いたが顔を顰める馬鹿義親父。
「…判ってはいるんだよ
皆の気持ちは…
ただ、一夫多妻の価値観に馴染めなくてな」
「…悩む必要有るのか?
皆、お前を愛し求めるなら答えてやれば良い」
「…それが出来無いから、困ってるんだがな」
「大切なのは形ではなく、想いと繋がりだろう?」
「逃げてた奴に言われても説得力が無いって…」
「う、むぅ…痛い所を…」
考え込む義父を放置して、月を見上げる。
時が来れば、か。




