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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
103/914

22 江河に起して 壱


 曹操side──


雷華達と分かれて淮南郡へ向かい揚州の刺史・王範を拘束した。

あまりにも呆気なさ過ぎて拍子抜けした位だった。



「もう少し歯応えが欲しい所だったわね…」



賊討伐と違って制圧戦故に実戦の緊張感が違う。

相手は後が無いから必死の抵抗を見せる──事も無く容易く戦意喪失。

悪足掻きして刃向かったりしてくれると宅の兵士達に経験を積ませられるのに。

役立たずもいい所だ。


そんな感想を私に抱かせて淮南郡は片付いた。


後事は太守の李珀を中心に泉里と螢が補佐。

郡内の賊の討伐等を珀花・斗詩・流琉が担当。

暫くは──と言っても精々二〜三週間程だが、各々の任地で頑張って貰う。

螢や鈴萌・流琉辺りには、しっかりと経験を積ませて“先”へ備えないとね。


そんな私はと言うと絶影を駆って安城への途上。

護衛なんて居ない。

文字通りの一騎駆け。

まあ、掃除した直後で安全だから良いのだけどね。

普段なら立場上禁止。

実力的に大丈夫でもね。

面倒だけど仕方無い事よ。


と、考えた所で思う。

そんな所まで、誰かさんの影響を受けている事に。

そんな自分に呆れながらも嫌な気がしないから苦笑。


身も心も染められていると改めて感じてしまう。



「考え事しながら乗るのは感心しないぞ?」



不意に掛けられた声に驚き思わず体勢を崩す。

しかし、落馬する様な事は起きない。

絶影の馬体と殆ど隙間無く並走する真紅──烈紅。

その主が、私の傾き掛けた身体を抱き支えている。

主が主なら、愛馬も愛馬。

実に器用な真似だ。

それをいとも簡単に平然としているのだから。



「雷華、気配を消したまま近付かないでくれない?」


「華琳が考え事してたから気付かなかっただけだって

絶影は気付いてたぞ?」



そう雷華に言われて絶影の様子を見る。

肯定する様に平然として、走り続けている。



「な?」


「はぁ…私が悪かったわ」



少しだけ、ムッ…とするが今回は仕方無い。

私に非が有る訳だから。


雷華から身体を離し体勢を立て直して隣を見る。

この辺りで合流出来た事を考えて確信する。



「予定通り、という事ね」


「概ね、な…」


「何か有ったの?」


「いや、その逆…

無さ過ぎて、時間に余裕が出来て困ったんだよ」


「それは…微妙な所ね」


「悪くはないからな…」



顔を見合せ二人して苦笑。

贅沢な──いや、不謹慎な悩みだと言えた。




雷華と共に愛馬を走らせて向かっているのは許昌──ではなく、王都・洛陽。


今回の“大掃除”の本当の意味での仕上げの為に。



「結は連れて行かなくても良かったの?

貴男の見立てだと…

長くはないのでしょ?」


「だから、尚更だ

子揚は親離れはしてるが、根が優しいからな…

頻繁に会えば身内に対する情が深まる可能性が高い」


「…洛陽に行けば結自身の意志に関わらず、接触する輩が多いでしょうからね

下手に関与して継承争いに巻き込まれたら、ね…」


「そういう事」



後々に、火種に成りそうな要因は可能な限り排除し、少しでも憂いを無くす。

次代に私達の代での付けを回す訳にはいかない。

必要悪は別にしても。

それが雷華の方針。



「それは判ったけど軍師を連れて行かない理由は?

将兵の方は、此方の手勢に“余裕が無い”と他勢力に思わせる布石でしょうから納得出来るけど…」


「其方が判ってるだけでも十分なんだが…

まあ、単純な理由だ

態々手の内を敵に晒す必要なんて無いだろ?」



小さく両肩を竦めながら、口角を上げる雷華。

その発想は、実に悪戯っ子らしい彼の意見。

垣間見せる無邪気な笑顔に胸が高鳴──こほんっ…

笑顔に騙されかれる。



「嘘ではないでしょうけどそれだけではないわよね?

貴男の性格なら隠すのなら徹底して隠す筈…

名乗りなどは禁止させてはいたけれど、素顔を晒して行動させたのだもの

他の理由が有るでしょ?」


「…ったく、これは皆には絶対言うなよ?」



一つ溜め息を吐いて諦めて口を開く雷華。

貴男の意図が、その程度に止まるとは思わないわよ。

私も、あの娘達もね。



「的作りだよ」


「的?」


「そう、的だ

曹家の弱味、とでも言った方が判り易いか」



曹家の弱味──私は勿論、将師や文武官は考え難い。

兵士や民は論外。

となると、必然的に残った存在は──雷華。



「…皆、怒るわよ?」


「だから、言うなって」



判っているからの苦笑。

判っていて平然と遣って、事後承諾にしてしまうから始末が悪い。

怒るに怒れないし。


意図としては、私に対する暗殺や工作の類いを自分に向けさせる為。

加えて、他の者への干渉も防ぎ、自分に集中させるといった所だろうか。



「身に傷一つでも付いたら赦さないわよ?」


「厳し過ぎだろ…」



愚痴る雷華だが、当然よ。

もう少し、立場を自覚して自重しなさい。




━━洛陽


夜明け前に合肥を出てから昼前には洛陽に到着。

昔では考え難い事。

しかも、そんな速度を出し駆けたにも関わらず平気な自分達が居るのだから。

慣れというのは怖いわね。


苦笑する私を見て、絶影が顔を擦り寄せる。

“何でもないわ”と言って撫でながら隣の馬房に居る雷華を見る。

因みに馬房は尚草庵の物。

絶影は兎も角、烈紅の姿は目立ち過ぎる。

雷華と一緒なら毛色とかを誤魔化せるが、離れた時に万が一の場合も有る。

それを考慮してだ。



「勿論、日帰りよね?」


「まあ、当然だな

態々、敵の縄張りに残って刺激する必要は無いし」



そうは言っているが必要が有れば平然と遣る癖に。

挑発行為をさせたら天下に並ぶ者は無いでしょうね。



「それで…本当に遣っても大丈夫なのね?」


「…何を心配してるんだ?

俺が死ぬと思うのか?」


「其処らの三下程度の輩が殺せる様なら私達は貴男を“手込め”に出来てるわ」


「どういう認識だよ…」



そういう認識よ。

泣き落としや色仕掛け等は通じない、押し倒そうにも先ず無理でしょうからね。

どんな難攻不落よ。

結局は此方が落とされてる訳だし…って、それは今は関係無い事ね。



「私が心配してるのは民の貴男への印象の事よ」


「それこそ無用な心配だ

噂や風評なんて一度自分で見定めれば簡単に変わる

寧ろ、悪印象でも強く認識されるなら好材料だ

印象の良し悪しなんて後で如何様にも出来るからな」


「…熟、人誑しね」



一目惚れした私が言うのも何だけれど、何時の間にか心を操られていそうだわ。

…ああ、一目惚れだから、関係無いわね。



「…気のせいなのか

さっきから、妙に擽ったい感じがするんだが…」


「気のせいでしょ」


「…気のせいか」



しれっと誤魔化す。

雷華の唯一の苦手と言えば私達の“女の勘”だけど、最近慣れて来ている。

加えて、隠した惚気に対し感付く始末。

実に厄介だわ。



「さあ、何時までも此処で話してる暇は無いでしょ?

さっさと行って、第一部を閉幕しましょう」


「そうだな

さっさと終わらせて折角の新婚生活をゆっくり楽しみたいしな」


「ええ、そうね」



全く…態とか、天然なのか判り難いのよ。

然り気無いし、嬉しいし、照れ臭いのよ…本当に。



──side out



華琳と共に久し振りになる洛陽の城へと赴く。

形式上──将来的な義父に会いに来た様な物だ。

事実でも有るが。


取り敢えず最終確認だけはしておくかね。



(あー、テステス…

水黽赤いなあいうえお…)


(…それ、私以外には何の事か判らないわよ?)


(現時点じゃ華琳以外には無理だから良いんだよ)


(………)


(華琳?、もしもーし?

華琳さーん?

起きてますかー?)


(…聞こえてるわよ)


(何で不機嫌なんだよ…)


(私の勝手でしょっ!)



隣に居る華琳に目を遣るが外方を向いている。

…ったく、変な所で機嫌を損ねるなぁ…このままだと支障を来す可能性が有るし直して置くか。


左手を伸ばし華琳の右手を掴んで握り締める。

一瞬、驚愕した様な反応を見せるが、しっかりと握り返してくる。



(……卑怯よ)


(卑怯で結構

誰彼構わずにしてる訳じゃないからな)


(…本当、狡いわ)



きゅっ…と、一度だけ強く握って暗に“赦す”という意思表示をしてくる。

まあ、これ以上遣って変に拗れても困るので終える。

結果は良好だし。


試していたのは氣を用いて行う精神感応術。

一種のテレパシーだ。


まだ近距離で、俺との間に絶対的な信頼関係が無いと無理な事だが。

というか、氣という媒体の関係上信頼は絶対条件。

“特殊な媒介”でもないと不特定多数間では不可能。

其処が最重要課題か。



(まあ、トランシーバーや携帯電話も無い時代だから遠距離通信が出来るだけで戦況・戦略等を一変させる訳なんだけどな…)



俺と華琳の間に限っても、遠距離が可能になるだけで精密な二面作戦が出来る。

反則気味の技術だよな。


尤も、術者の性質というか研究・開発は性分。

其処に可能性が有れば追究したくなるのが悪癖。

“マッド”になる可能性を内包するが故に、術者には自制と自重が必須。

道を外さぬ為に。



(…あれ?、こういう思考久し振りな気が…)



ふと考える。

最近、皆の鍛練が順調だしマイナス思考は無かった。

いや、少々図に乗っていたというか、楽観視し過ぎて居たかもしれないな。



(偉そうに指導出来る立場じゃなかったな…)



自分の間抜け加減に苦笑を浮かべて再認識する。


初心、忘るるべからず。

勝って兜の緒を締めよ。


恐怖し、警戒し、考える事が生き抜く基本だと。




城に着くと門兵が気付いて槍を交差させ、此方の行く手を阻む。

職務に忠実だね。

ただ、俺は兎も角、華琳の顔は覚えとこうな。



「私は豫州刺史の曹孟徳

至急、陛下への御目通りを願いたい」



顔を見合わせ、どうするか思案し合う。

俺が後押ししても良いが、でしゃばると目的に支障が出兼ねない。

此処は沈黙、だな。



「…此処で悩む前に陛下へ取り次ぎして貰える?

遊びに来ている訳ではないのだけれど?」


「た、直ちにっ!」


「ええ、宜しくね」



軽く脅した後に一変させて営業スマイル。

門兵達、照れてるな。

残念だが、俺の妻だ。

…手、出したら殺すぜ?



「──っ!?」



残った門兵が顔を青くして挙動不審になる。

おっと…いかんいかん。

殺気が漏れたか。


華琳も気付いた様で此方を睨み付けてくる。

…悪かったって。

門兵には気付かれない様に苦笑して見せる。


華琳の口の端が緩んでいた事には突っ込まない。

今は言う時ではないしな。


暫く待つと門兵が戻る。

だが、一緒に初見になるが宦官っぽい男が居る。

氣の感じから判る。

歳の頃は三十半ば位か。



「これはこれは曹操殿

御久し振りですな」


「ええ、久しいわね張恭」



張恭──正史での十常侍。その十二人の内の一人。

将来的な標的、か。



「陛下への謁見を御希望と御訊きしましたが…」


「その通りよ

至急、取り次いで頂戴」


「残念ですが、現在陛下は会議の最中ですので…」



張恭は端から取り次ぐ気が無い様で、適当な言い訳を口にするが──甘い。

その程度では無意味だ。



「そう、丁度良いわ

張恭、案内しなさい」


「……は?」


「聞こえなかったの?

陛下の元に案内しなさいと言ったのよ

その耳は飾りなのかしら?

なら、切り捨てた方が良く聞こえるかしら…」


「ひぃっ!?」



華琳の冷笑に対して張恭は怯えて腰が引ける。

何だろうな、脅し方が俺に似てきた様な…

俺が教えてるから当然か。



「私は陛下に取り次ぐ様に言ったのよ?

張恭、貴方は何時から皇帝陛下に成ったのかしら?

それとも──謀叛を?」


「──っ、わ、判りました

此方へどうぞ…」



張恭、弱過ぎだろ。

所詮は虎の威を借る狐──いや、豚か。

肥えるしか能が無い。

価値の無い家畜だな。




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