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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
101/914

21 崩落の砂城 壱


 甘寧side──


━━尋陽


城の中を慌ただしく人々が行き来する中、私は侍女の衣装に身を包み謁見の間の清掃と飾り付けを十数名の侍女に混じり行っている。

息を吐く暇も無い程、とはこういう状況かと思う。

まあ、子和様との鍛練等と比べれば楽だが。

一般的に、しかも他家では侍女の質も違うからか一つ一つの手際にも無駄が多い様に感じてしまう。



(…私自身に侍女の経験が有る訳では無いがな…)



言い換えるなら初体験。

──と言っても、家事等は子和様や華琳様から必要な技能だと身に付けさせられ問題は無い。


さて、城が慌ただしい事に付いてだが…

その理由は単純。

廬江の太守である周異殿の急遽の来訪が先触れにより報されたのが一刻程前。

故に歓待の準備を大急ぎで行っているからだ。



(滑稽だな…)



表に出す事は無く、胸中で呆れて溜め息を吐く。


城主は県令の張遉。

私達の標的の一人だ。

つまり、張遉は自分を裁く事になる者を歓迎する為の準備をしているのだから。


汝南を落とし豫州の平定が完了した後、私は子和様の命により単身先行して城内へと潜入している。

正確には、潜入して張遉の監視をしていた隠密の者と入れ替わった、だ。


私が此処に居るのは張遉の逃げ道を内側から断つ為。


隠密が広めた張遉の不正と疑惑の噂によって無関係の官吏や兵達は張遉に対して不信感を抱いている。

後は決定打が有れば簡単に見限るだろう。

態々沈み行く船に同乗する理由──忠義も恩義も利も無いのだから。



「し、失礼します!」



一人の文官が必死に指示を出している張遉に近寄り、こそこそと耳打ちする。

平静を装っている様だが、此方には内心で焦っている事が丸判りだ。


文官の言葉を聞いて即座に張遉の顔が驚愕に変わり、苦虫を噛み潰したかの様に険しい表情になる。

その様子から“開演”だと察して、自分の持ち場へと移動する。



「…判っ……ぐに…」


「……へ……す…」



後ろから聞こえる張遉達の会話は途切れ途切れだが、もう聞く必要は無い。


言い方は悪いのだろうが、これは“茶番劇”だ。

曹家が、その威光を民草に示す為の幕間劇に過ぎず、始まる前から既に結末まで完結している暇潰し。



(だが、子和様の仰有った様に戯れに興じてみるのも一興かもしれないな…)



そんな風に、小さく口元に笑みを浮かべながら思う。

ならば、自ら舞台に上がり戯れてみようと。



──side out



劉寛のリサイクル方法──それは端的に言えば餌。


ただ殺しても今の劉寛には民衆の“的”になれる程の価値は無い。

抜け殻でさえなければ十分務まったのだが…

まあ、終わった事だ。

今更どうこう言った所で、遣り直しは利かない。


其処で、新たに思い付いた利用方法が餌。

但し、釣る為の餌ではなく罪を肯定させる為の餌。


前振りは単純。

護送中の劉寛が逃れていた部下によって奪還されて、“伝手”を頼って廬江郡は尋陽の張遉の元へ逃げ込み助けを求める、と。


勿論、そんな忠義に優れた部下なんて居ない。

俺と選抜した興覇の部隊の兵士達の偽装だ。

しかし、一部は本物。

劉寛と共に捕らえられて、護送されていた兵士達。

当然“黒”の連中のみ。

どの道始末する事に変わりないからな。


そして、止めに子魚による急遽の来訪だ。

既に皖県を拠点としていた都尉の高禅は攻略済み。

正直、豫州の時とは違って油断しまくって隙だらけ、楽勝過ぎて欠伸が出る位に面白味も無かった。


其処で、この茶番劇。

この劇には参加していない文若と漢升に皖は任せて、公瑾・興覇・仲謀・伯寧と俺と子魚の参加。


要は、まだ何も知らない、自分の身を守ろうと必死の張遉達を使って“遊ぼう”という訳だ。

尤も、俺は黒子と傍観者に配して楽しむだけ。

主演は皆に任せた。



「おい…本当に張遉の所は大丈夫なんだろうな?」


「大丈夫って

奴も俺達と同じなんだ

“出るとこ出て、何もかも全部ぶちまけるぞ!?”とか言えば心配ねぇよ」



耳に入る会話に意識が現実へと引き戻される。

劉寛の部下達の物だが…

いや、馬鹿だろ。

そんな事したら、口封じに殺されて御終いだって。

あと、同じ穴の狢なんだが立場は向こうが上だ。

それ位は弁えろよ。

…無駄だろうけどな。

エキストラの質が悪いのはどうしようもないか。


胸中で呆れながらこっそり溜め息を吐く。


連中がこうも無警戒に会話している理由は助け出した際の説明で劉寛が“自分が捕まった場合には部下達を助ける様に…”なんて事を言っていたとした為。

そんな事は毛先程も思ってなかっただろうがな。

我が身可愛さに人質取って戦わせる様な奴だ。

お前等もそれ位は理解して怪しめよな。

間抜け過ぎだろ。


胸中で愚痴りながら視線を戻って来た伝令役に向け、次の行動へと移った。




人形も同然の劉寛を連れて張遉に謁見しに向かう際、“万が一に備え”と言って一部は外で待機するという案を出して置く。

当然、面が割れていない、偽装してる兵士達が対象で実質的な離脱。

既に城内から移動しているだろう興覇に合流して後に再登場の予定だ。


張遉の部下の手引きで城の中へと裏から入る。

遠目に見える人影の往来は歓待の準備の者達だろう。

彼等まで欺き、騙す事には罪悪感は多少有る。

しかし、篩に掛けて関係を見極めておかないと遺恨を残す事にもなる。

そうなれば犠牲となるのは民に他ならない。

避けられる犠牲なら避けて然るべきだ。



「…此方です」



張遉の部下に通されたのは窓の無い部屋。

しかも場所は城内の奥。

密談や密会の為──或いは始末する為の部屋だ。

その証拠に一見壁に見える衝立の向こうには十数人の武器を持った男達。



(あざと過ぎるだろ…

もう少し“捻り”の利いた趣向を凝らせよ…

美学の無い悪党ってのは、面白くなくて嫌だねぇ…)



“悪の美学”を学んでから悪党しろって言いたい。

…ああでも、学んだら悪に走らないかもなぁ。

だって、下手な正義の味方なんかよりも明確な思想や覚悟が有るしな。

“その場凌ぎ”の正義とか要らないもんね。

自己満足と欺瞞と矛盾しか存在しない正義は無用。


必要なのは、結果を含めて背負い続けられる覚悟。

歩み続ける覚悟。

己が悪を悪として受け止め肯定出来る清廉さだ。



「おお、劉寛殿…

此度の一件、何と申したら良いのか…」



態とらしい、演技掛かった張遉の態度と台詞に思考を現実へと移す。

三文芝居を観覧しながら、俺は気配を絶ち室内に居る全ての者の意識から外れて存在を消していく。



「…劉寛…殿?」


「…曹操めに捕まったのが悔しかったのか、物言わぬ生きた人形の様に…」


「物言わぬ…なんと…」



口惜しそうな振りをしつつ張遉側に取り入ろうとする部下が居れば、それを聞き目の奥に鈍く薄暗い輝きを宿す張遉が居る。

狸と狐の化かし合い。

いや、狸と狸か。

何方らにも狐の気高さなど微塵も無いのだから。



「それはそれは…

実に好都合な事だ」


「…は?、な、何を──」


「──殺れっ!」



張遉の一言で衝立の裏から突き出される多数の槍。

無防備だった劉寛を始め、部下達を貫き床を血で染め容易く絶命させた。




 張遉side──


家は貧しくはなかったが、裕福でもなかった。

だからと言って特別憧れる様な事も無かった。


今は亡き父が県令の文官をしていた事も有り読み書きする機会に恵まれ、自分もその道へと進んだ。


特筆する功績も無かったが殊更不満も無かった。


だが、転機──と呼ぶ事が正しいかは判らないが──となったのは約三年前。

江東に強い影響力と威光を持っていた孫文台が存命の時代に味わった贅沢。

その贅沢に魅せられた。

たった一度だけの事だが、忘れられなかった。

気付けば、孫文台が死去し自分は県令に任じられた。


そう、自分に贅沢を教えた揚州の刺史である王範殿の謀略によって。


最初は無辜の民を食い物にする事に心が痛まなかった訳ではなかった。

しかし、他者も遣っている事だと思うと自分がしない理由が浮かば無かった。

寧ろ、自分だけしないのは損だと思った程だ。


そして、月日が経つに連れ慣れて行き、自分の懐へと入る利益に欲が眩み感覚が麻痺していたのだろう。


豫州の刺史の曹操によって行われた“大摘発”は他州へも波紋を広げた。

揚州も例外ではない。

現に王範殿からは暫しの間“商い”を全停止する旨の指示が有った。

他州で有るから影響は直ぐ無くなるだろうとの事。


正直、気が気ではない。

罪悪感など遥か昔に消え、有るのは焦燥感と危機感が心を騒付かせるのみ。


そんな中で、太守の突然の来訪が有れば焦るのは当然ではないだろうか。

しかも、厳格な事で有名な相手ともなれば下手をして勘繰られれば終わりだ。


其処へ続け様に来たのが、豫州の州牧で此方側だった劉寛殿となれば…

一瞬、気絶してしまいそうだった程だ。

今、彼を匿う事は此方には害しか無い。

だが、突き出せば繋がりを喋られてしまう。

いや、抑、此方との関係は曹操に知られてはいないのだろうか。

知られたとしたら此方まで累が及ぶかもしれない。

そう考えながらも劉寛殿を城の奥の秘室に通した。


いざ、対面してみると…

劉寛殿の様子が可笑しい。

聞けば、物言わぬ人形との事実に北叟笑む。

つまりは、此処に居る者を殺せば漏れない訳だ。

念の為にと手の者を衝立の向こうに待機させて置いた事が功を奏した。



「始末は後回しだ

直ぐ太守殿が見えられる

粗相の無い様にな」


「ははっ…」



露見する可能性が無くなり安堵と共に、自然と笑みを浮かべた。



──side out



張遉と部下達が部屋去り、死んだ劉寛達を見下ろして熟思い知らされる。


因果応報。

全ての事象には必ず起因が存在している。

そして、起因は必ず結果を齎す事になる。

それが良いのか、悪いのか他愛も無い事なのか。

結果からしか判らないが。



「…まあ、好きな事をして相応の報いを受けたんだ

有る意味、本望だろう?」



返る事の無い問い。

煙草でも有れば火を付けて線香の代わりに血溜まりに落とす所だが…生憎とまだ此処は舞台の一部。

その屍も役者──小道具の役目が残っている。



「最後に道連れが出来るし今までの己が罪を償うには足りないが、後の民の為に役立てるんだ

光栄に思うんだな」



そう言って部屋を出る。

気配を殺して向かうのは、子魚達が迎えられる予定の謁見の間だ。


その準備が整う前に役者は舞台に上がり、無駄な事に終わってしまうが。

仕方が無い事だろう。



(このまま行くと立ち回る場面は来る…かな?…)



先程の張遉の様子を見ると子魚の問いにはしらを切り言い逃れ様とするだろうが問い詰められれば…

逆ギレする可能性は高い。

そうすれば、立ち回る事も出来るだろう。

ただ、周囲への被害を考え場所を変えたい所だな。

…最初っから“人払い”で退場させとくのも有りか。

…いや、無理か。

怪しまれ過ぎるな。



「子和様」


「よっ、似合ってるな

将から転職してみるか?」



侍女衣装姿の興覇が合流の前に報告に来た様だ。

真面目な性格だな。

普段──というか、滅多に見れない格好だけに新鮮に感じるな。



「子和様の専属、という事であれば喜んで」



…前言撤回。

実に良い笑顔で、何て事を言い切るのか。

昔の初々しいお前は何処に行ったんだ。



「少女は恋をして女になるとの華琳様の御言葉です」



華琳…余計な事を。

というか、思考を読まれる事が当たり前過ぎて慣れた自分が怖いよ。



「はぁ…兵は予定通りだ

あと、劉寛達は──」


「──奥の突き当たり

無窓の部屋ですね?」


「流石に判るか…」


「はい、二日も居れば…」



互いに苦笑。

予定より順調に進み過ぎて猶予を作った結果だ。



「楽しませて貰うよ」


「お手柔らかに…」



そう言って興覇を見送り、謁見の間へと歩く。

小さく笑みを浮かべて。




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