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とんがり帽子

作者: トニー
掲載日:2006/11/10



ドアをノックする音がしてから、女性の声がした。

「あのー、

 すみません」

「はい、

 何ですか」

 俺はドア越しに声をかける。

 六畳で家賃二万五千円のアパートの一室に住んでいた俺は、本当にたまにきた客、しかも女性に驚いたが、一応、用件をきかなくてはいけない。

「そのぅ。

 セールスなんですよぉ」

 合格だった。

 このような媚びを含んだものの言い方をする女性に、俺は滅茶苦茶、惹かれるのだ。

「何」

といって開けると、芸能人のような目鼻の整った、前髪が特徴的にくるりと反っている、おしゃれな栗色の髪をした女性が現れる。どこかの事務員みたいなピンク系のスーツを着ていた。

「あの〜。

 セールスなんですが、きいてもらえますか」

「いくらでもきくよ。

 ただし、買うかどうかは知らないけれどもね」

「アハハハハハ。

 お客さん、面白い」

「そうかなあ。

 で、何なの? 」

「これです」

 その女性は鞄から、黒いとんがり帽子を出してきた。

「えっ」

「これなんです」

「こんなのを売るの」

「はい」

「これ、何? 」

「とんがり帽子です」

「ふ〜ん、で、どんな意味があるの」

「幸運になれますよ」

「だって、こんなのつけて、外に歩けないじゃない」

「あっ、これは家の中で、一日、十分間、被ればいいんです」

「それだけでいいの」

「はい。これみてください」

帽子の裏地には、小さな光る石がはめ込まれていた。

「これ、タキオンです」

「ああ、よく雑誌とかで見る幸運の石みたいなやつね」

「はい」

「この帽子はタキオンの力が出てくるの」

「はい。そうですね。

 普通よりも45倍くらい出ますから」

「どうやって測ったのよ」

「アメリカの大学で実験結果が出ているんです」

「ふーん。

 正直、興味ないや」

「あ、そんなこといわないで買ってくださいよ。

 どうですか? 」

「いくらなんだい」

「500円です」

「安いなあ。

 ホントにそんな安いの」

「はい、慈善事業ですから」

「へええ。

 それで、いいんだったら、買うよ」

「それじゃあ」

 というと、女性はとんがり帽子を渡す。

 そして、お金を受け取ると、潤んだ目をして、こちらに顔を近づけてきた。

「すみません。

 あたし、一目惚れしちゃったかもしれません」

「えええ。

 俺に」

「そうです。

 電話番号が、ここですんで、電話してくださいね」

「わかった」

「あの〜。

 あなたの携帯も教えてよ」

「あ、そうだね」 



 そして、俺は彼女が去ったあとに、とんがり帽子をつけてみた。

 すると、タキオンの力が働いたのか。

「キュイイイイイン!

 ウィイイイイイン! 」

 という音がする。

「あれ?」

 帽子を外すと音がやむ。

 気になるのでまた、つける。

「キュイイイイン!

 ウィイイイイン!」

 と音が鳴って、しばらくすると声がする。

「夢の人生。

 夢の人生」

 俺は帽子を脱ぐ。

 するとその声はやんだ。

「何だこれ」

 俺は気持ちが悪くなって、帽子をゴミ箱に捨てる。

 しかし、そのままというのも気味が悪いので、調べると、帽子にはセンサーがついていて、被ると、音声を発するようになっていたのである。

 明らかに、元値の500円は越している。

 どうしてこんな嫌がらせみたいな仕掛けをしたのか、わけがわからない。

 


 それから数日後に電話がかかってきた。

「あの〜、帽子の方はどうですか」

「あれかい。

 捨てちゃったよ」

「そうですか」

「うん。

 だってさ、あれ、被ると何か、変な声がしたから」

「えっ!

 何て言っていましたか? 」

「夢の人生、と言っていたなあ」

「わ〜、

 ごめんなさい。

 会ってくれませんか」

「ああ、いいよ」



 というわけで、俺は彼女と、近くの喫茶店で会うことになった。

 今度は彼女はカジュアルな服装をしていた。

 やはり、何度みても綺麗だ。

 これは、俺が女性に飢えているからかもしれないが、いや、そういう状況でなくても、掛け値なしに綺麗だった。

 目に特徴があった。

 まるで吸い込まれるような目なのだ。

 情熱的であり、優しくもあり、どこかに聡明さと、育ちの良さを感じさせる多面的な輝きをもつ目であった。

  


「夢の人生、って言っていましたか」

「うん、

 言っていたねえ」

「そうですか」

 というと彼女は俯いて、頬がほのかな赤みを帯びていた。

「どうしたんですか」

「いや、何でもないんです」

 とハンカチを出すと彼女は涙を拭いた。

「事情を説明してください」

「わかりました。

 実はあの帽子は、私の亡き夫が作った最後の作品だったのです」

「えええっ、そうなの」

「主人は、小さな帽子屋をやっていたんですよ」

「帽子だけ売っていたのか」

「はい。

 彼は最高の帽子を求めて、世界中を旅して、ようやく巡り合ったのが、あのとんがり帽子の製法だったのです」 

「そうなのか。

 俺、捨てちゃったよ」

「いいんですよ。

 主人は、言っていました。

『こんな帽子は売れないだろう。

 ただし、俺は、この帽子に、ある妖精を宿らせたんだ。

 もし、ちゃんと宿ったのなら、

『夢の人生』

 と言うことだろう』

 なんて言うんですよ。

 おかしくなったのか、って思ったら、本当だったのねって」

「そうなんですか。

 けれども、後で調べたら、センサーがついていて、変な音と音声が出るようになっていたよ」

「じゃあ、主人がそんなことをしたんですね」

「一体、どうして? 」

「どうしてって、その、それは、主人の趣味ですよ」

「悪戯好きだったのか」

「そうなんです」

「って、おかしいだろう」

「はい、そうですね」

「さっきの、妖精の話はどうなったんだい」

「ごめんなさい」

「えっ」

「すべては、あなたに近づくために、ついた嘘だったの!」

「いや、嘘をつくにしても意味がわからないよ」

「お願い、私を見捨てないで」

「ちょっと、ちょっと」

 彼女はいきなり抱きついてきた。

「待ってくれ。

 待ってくれ。

 一体、あの帽子は何だったんだ? 」 



 しかし、彼女は俺の胸に顔を埋めて泣いたまま、答えを言おうとはしなかった。

 俺はそんな彼女を受け入れることにした。



 そのまま俺と彼女は結婚をして、三十年の時が過ぎたのであった。

 もちろんのこと、結婚してからは、良いこと悪いこと、様々なことがあったが、何とか二人で潜り抜けてきたのである。

 幸福な家庭ということはできたであろう。

 三人の子供を作り、子供たちはすべて、巣立って行った。

 そして、二人でゆっくり余生を過ごそうと思ったときに、俺は彼女に、どうしても気になるあの、とんがり帽子のことをきいてみたのだった。


「お前は三十年間、いつだってこの質問をすると答えなかったが、今回だけは教えてくれ。

 あの帽子は何だったんだ? 」

「あれ?

 あれは、だから前の夫の発明品よ」

「発明品」

「あの人は、帽子屋なんていうのは、本当は嘘で、発明家だったのよ」

「そうなのか」

「で、この発明は、最高の作品だ、というのね」

「うん」

「この帽子を被ると、三十年間分の擬似人生を体験できる、というのよ」

「へ〜〜、

 って、これって、じゃあ、何? 」

「もう気付いたかな?」

「本当に、待ってくれよ。嘘〜」 

「そうそう。

 この三十年間って、とんがり帽子を被ったあなたの見た夢だったのよ」

 というと、彼女の姿は消える。

 あたりの空間が白くなったり、青くなったり、様々な色が混じったりして、絵の具を溶かしたようになる。その多くの色の混沌の中で、俺は意識を失った。



 気がつくと、三十年前の部屋に俺はいて、とんがり帽子を頭に被っていた。

「うぎゃあああ」 

 あわてて、とんがり帽子をぶん投げると、ゴミ箱に捨てる。

 時計を見ると、前に、とんがり帽子を被ってから、十分しかたっていなかった。

「うわああああ!!

 あの三十年間は何だったんだぁ」

 と俺は叫ぶ。

 それから小一時間くらい、俺は茫然自失の状態であったが、急に電話がかかってきた。

「はい?」

「あのー、さっきの者ですが」

「あの帽子なんなんだよ!」

「あれは、亡き主人の発明品だったんです」

「それは本当なのか」

「本当です」

「それでどうですか?」

「何がだ」

「私ともう一回、三十年間を過ごしてくれますか?」



 電話の向うの彼女の声は少し震えているようであった。

「そうだなあ……」

 俺はわざとひと間隔おくと、答えた。

「また、お願いします」





                  完

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― 新着の感想 ―
[一言] オチはちゃんと落ちてはいると思うが、平凡の域を出ないなあ。
2007/01/21 14:05 通りすがり
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