第6話 ここは敵地で、あいつは金持ちで
街の中の様子は俺たちの街に似ているが、すべてにおいて質が向上しているように見える。石畳一つ一つの大きさも等しく並べ方も均等である、石造りの家屋も皆綺麗に作られており、建築技術の高さがうかがえる。
俺とソルドは魔人の街とは比べ物にならないくらいに綺麗な街並みに見とれて、あっちこっちを見てしまう、フードをかぶっていることもあって余計に目立ってしまう。当然街には多くの人がいるので、俺とソルドを不思議な目で見る人もいる。そんな様子を見てシャルが顔をしかめて耳打ちしてくる。
「ちょっと、あんまり目立たないようにしてよ」
「ああ、悪い悪い、あんまりにもすごかったもんで、つい」
「もう、気を付けてよね」
それでも、ついキョロキョロしてしまい、なんどもシャルに怒られた。
街は3段構造になっているようで、次の段に行くには街の中心にある階段を上ってしか行けないようになってるみたいだな。上の段に行けばいくほど街の作りはより繊細になっていき、建物一つ一つが大きくなっていく。
3段目のところまで登ってくると、すでに建物一つ一つが芸術品のようで、かなりの大きさである、あんなものをどうやって立てるのだろうか本当に人間たちの建設技術はすごいな。
「ところで、お前の家ってどこだ?」
「もう着いたわ」
そう言ってシャルが立ち止まったところは、これまたかなりでかい家の門の前だった。
「シャル、お前って金持ちだったんだな」
「まあ、一応貴族だしね」
「きぞく?」
「そう、貴族よ」
きぞくってなんだ? 人間たちは金持ちのことをそう呼ぶのか? なぜだかシャルが少し誇らしげな顔をしてるが理由がわからない。
ソルドもわからなかったようで、俺に耳打ちで聞いてくる。
「なあ、きぞくってなんだ?」
「わからないが、たぶん金持ちのことじゃないか?」
「なるほどな、シャルは金持ちだったのか」
よく考えれば、それらしい言動はしてたな。
俺たちが二人がこそこそ話してるのを訝しげにシャルが見ている。
「何の話してるのよ?」
「「いや、なんでもない」」
シャルは釈然としていないよう顔をしていたが諦めたのか、ため息をつき門へと近づき、門の横につけられているボタンを押した。
「シャルです、今戻りました」
なるほど、あれは通信魔法の起動スイッチか。
門はすぐに開き、先に門の中に入っていったシャルについていく。
「なあ、シャル」
「なに?」
「俺たちも入ってよかったのか?」
正直な話いつばれるかもわからない、むしろすぐにばれると思う。
「あんなところで放っておくよりはましよ」
確かに、あんなところでフード被ってる男が二人いたらかなり怪しいな。
無駄に長い門から玄関までの距離を歩き切り、扉の前にたどり着き、シャルが扉を開く。
「おかえりなさいませ、お嬢様」
家の中では左右に一列に並んだ使用人が頭を下げて一斉に挨拶をする。家の外観もすごかったが内装も豪華なもので、細かいところまで手が行き届いている。
そんなことを考えながら家の中を見回していると、シャルが肘で小突いてくる。
「シャル、よく戻った」
「お父様」
家の赤絨毯のつづく先には階段があり、その上から金髪碧眼の男性が下りてくる、今のシャルの反応からすればシャルの親父さんなのだろう。
シャルは前へと進んでいくが俺たちはどうしていいのか分からず、とりあえず入口で立ち往生していた。
「シャル、そちらの二人は?」
シャルも後ろを振り向き、俺たちがついてきてないことに気付き、こちらへ戻ってくる。
「この二人は、旅の途中で出会った旅の仲間です」
「ほお、うちの娘が世話になりましたな」
「いえ、とんでもない」
実際のところはかなり迷惑をかけられたが、とてもそんなことを言えるような空気ではない。
「誰か、この二人を客人用の部屋へ案内してくれ」
シャルの親父さんがそういうと、女性の使用人が俺たちの前にやってくる。
「どうぞこちらへ」
俺たちは促されるままその女性についていき、一つの部屋へと案内され、俺とソルドの二人だけになる。
「あー、なんかつかれた」
そう言いながら、ソルドはソファーに座りこむ。俺もそれに続くように、隣のソファーに座る。
「ああ、俺もなんか疲れた」
それにしても、この客人用の部屋だけで暮らせるのではと思うくらいに広いな。
「なあ、ソルド、俺たちここでばれたら間違いなく死ぬよな?」
「怖いこと言うなよ」
ああ、なんで俺はこんなところに来ちまったんだろう。もう帰りたい。
そんなことを考えていると、扉がノックされる。つい、おどろいて姿勢を正してしまった。
「失礼するよ」
扉を開けシャルの親父さんとシャルが入ってきたので、俺たちは立ち上がろうと腰を浮かせる。
「ああ、掛けたままでいてくれ」
「あ、はい」
俺たちが掛けなおすと、目の前のソファーにシャルと親父さんが座る。
面と向かっているというのにフードを脱がない俺たちは、不審すぎやしないか? とりあえず何か言い訳をしとかないと。
「少々顔を見られたくないもので、このままで失礼します」
「いや、気にしないでくれ」
よし、なんとかこのまま行けそうだ。
「今回は娘が世話になったようで」
「いえいえ、ただ付いて来ただけですよ」
「ご謙遜なさらずに」
いやいや、あなたの娘さんが付いて来ただけ、だから何の間違いでも謙遜でもないですよ。
「名乗り送れました自分はカイン、こちらのものはソルドと申します」
「おお、これは私としたことが名乗り遅れてしまいました、シャルの父親でジャイルと申します」
本当にこれがあのわがまま娘の親なのだろうか? 礼儀もなってるし、この親からこの子が生まれる訳がわからない。
とりあえずこれ以上長居する理由もない、適当に切り上げて帰るとするか。
帰るというその一言を言おうとした時、ジャイルさんが口を開く。
「今日は泊まっていきますよな」
「いえ、旅の途中ですので」
敵地に泊まるなんてとんでもない、そんなことしたら朝には死体になってそうで怖くて眠れやしない。
「しかし、ここから近隣の街までは半日以上かかりますし、野宿よりは泊まっていった方が良いですよ」
「いや、ご迷惑でしょうし」
「とんでもない、娘が世話になったのにご迷惑だなんてありえません」
今から急いで帰れば俺たちの街まで、せいぜい7時間だが魔人の街に行くなどといえるわけがない。
俺はソルドに視線を向け、助けを求める。
(おい、どうする)
(俺に聞くなよ、お前がなんとかしろって)
くそ、この馬鹿に助けを求めたのが悪かった、こうなったらシャルに頼るしかない。
シャルに視線で語りかけるが気づきやしない、これだから素人は!
俺が諦めようとした時、部屋の扉が突然開かれた。