第45話 俺は眠くて、叱られて
既に足もとの地面は草原と呼んでも過言でないほどに草が生え、目の前に見える森もすぐそこまで迫っている、ただうだるような暑さそれだけは変わっていなかった。
額に汗をかきながら、俺は一つ大きな欠伸をする。
「ちょっとカイン、もっとしっかり歩いてよ!」
前方で振り向いて立ち止まっているシャルがお怒りの様子でそう俺に叫ぶが、ねむい、疲れた、暑いの三拍子がそろって手を力なく上げて反応する程度しかできなかった。
昨日の夜、練習をしていたのはいいんだが久しぶり過ぎたせいもあり全くうまくいかず、魔力も使うので朝方まで練習した結果こうなってしまった。
あれを最後にやったのは、確か三年前だっけかにソルドにつれられて旅に出たときだっけか。あいつのせいで大量の魔物に合うし、食料は全然足らないしで大変だった記憶しかない。
とりあえず、魔力だけでも回復してくれればだいぶ楽になるんだがなー。
「カインも、もう少し考えてよねー。次の日に響いたら意味ないでしょ?」
ようやく追いついた俺にエルザからもお叱りの言葉が、全くをもってその通りだから反論などできない。
「わるい、なかなかできないもんだから、つい意地になっちまった」
明け方になってようやく少しは使えそうなくらいになったが、それでも昔みたいにうまくはできなかった。戦場いっても足止めぐらいしかしてなかったし、狩りもそんなもんだったし。
そこまで考えてまた一つ俺は欠伸をする。
それからしばらく歩き、森へと近づいてきて皆気が付いて来ただろうが暑さの種類が、からっとした暑さから身にまとわりつくような暑さへと変わってきている。気温自体は砂漠に比べれば低くなっているのだが、それとは別に不快感が足されてこれはこれできつい。まあ、俺に関していえば魔力が若干回復したおかげでいつもの調子で歩けてはいる。
「なんなのよ、砂漠を抜けたと思ったのに、まだ暑いしジトジトするし」
シャルの文句もわかるがここはそう言う場所だ、それに森に入ったらもっとひどいことになる。そんなこと言うとシャルの文句が止まらなくなるのでここは黙っておこうと思う。
「まあ、森に入れば一時間ぐらいで町だから我慢してくれ」
もっとも、町の中だからって暑いのは変わらないけど。それでも、宿なら部屋は別だし小言を聞かずにすむ。
休憩をはさみつつようやく森と呼べるほど木々の茂ったあたりまでたどり着く。俺の住んでいたあたりの森とは違って木は背が高く奇妙な形のものもある、所々につたなども生えていたりする、いわゆる熱帯雨林だ。
森に入ってから、一時間ほどもしたところで、予想通り木々の間に町を囲う塀が見えてくる、塀といっても丸太をつなげただけのものでせいぜい高さは四メートルといったところだろう。塀の周りには掘りもあるので大抵の魔物なら飛び越えての侵入はできないだろう。ついでに、こちらも予想通りだったのだが、シャルは暑さと湿気に盛大に文句を言っていた。
近くの木も伐採してあるようだし、せいぜい入ってこれるのは飛ぶ魔物ぐらいか。
それにしても人間たちの街はどうやってあんな塀というか壁を作ったのだろうか、想像がつかない。
塀があるという事は当然入口があるのだが、馬鹿正直に正面から入ればシャルとエルザがいる時点で捕まってしまう。
とりあえず、正面を避け見張り台からも見えない位置へと回り込む。
「さて、じゃあ町に潜り込むか、エルザとソルドはこれくらいなら跳び越えれるよな?」
エルザとソルドがお互いにうなずく、さて問題はシャルだ。
「エルザ、さすがにシャルかかえて飛び越えるのはきついか?」
「うーん、いけなくはないかもしれないけど少し不安かな」
となると、しょうがないな。
「それじゃあ、俺が連れてくよ」
「しょうがないわね、なんだかお荷物みたいな言われ方が気に食わないけど」
まあ実際、今はそうなわけだがそんなことを議論してもどうしようもない。
俺はしゃがみこんでシャルへと背を向ける。
「ほら、早く乗れよ」
俺に促されるとなんだかいやそうな顔をしながら俺の首にしがみついてくる。
俺はシャルの脚を両脇に抱え立ち上がる、いわゆるおんぶというやつだ。
装備もあるし思っていたよりは重いな。
「案外重いな」
そんな、俺の口からこぼれた独り言が聞こえてしまったのか、背後から殺気が感じられ、シャルの腕の力が強まり油断していた俺の頸動脈が締め上げられる。
頭絵と地が回らなくなり意識が少しずつ遠退いていく、このまま後ろに倒れる訳にはいかないと思い、再びしゃがみこむがシャルの腕の力は緩むことがない。
「シャル、ごめん……なさい」
俺がなんとかそれだけを言うとようやくシャルが俺の首を解放してくれる。
あー、気失うかと思った。
「カイン、ちょっとそこに正座しなさい?」
明らかにお怒りの様子のシャルが俺を見下しているし、エルザもなんだかお怒りのようでこちらへと寄ってくる。俺は素直に従い正座をし俯く。
「最低」
「クズ」
「ゴミ」
「男の風上にも置けない」
「虫以下」
シャルとエルザが冷たい目で見下しながら交互に俺のことを罵ってくる、その後ろで隠れるようにソルドも馬鹿とか何とか言ってるがあれは無視だ。
とりあえず正座させられ、女性の扱いに関して教授されること約三十分、痺れきった俺の足をシャルが踏むという形で終止符が打たれた。
今回のは確かに俺が悪かったから何も言い返せないが、ほんとに怖かった。途中口答えしようものならエルザの剣が眼前に突き立てられるし、生きた心地がしなかったほんと。
俺は再びしゃがみこみシャルへと背を向ける。
「どうぞ、シャルさん私めの背中にお乗りください」
「しょうがないわね」
そして、再び背負い立ち上がる。足も痺れてるせいもあり先ほどよりもつらいがそんなことは言えるわけがない。
「なんだ軽いな」
そんな心にもない言葉を吐き出す、ただそれだけであった。実際、装備さえなければ軽いのだろうけど。
「それでいいのよ、ほら早くいきなさい」
「はい、わかりました」
とりあえず今は逆らっちゃいけないとばかりにへりくだって対応しつつ。俺は魔法を使って軽々と塀を越えていく。
塀を越えた俺はシャルをすぐに降ろしエルザとソルドが来るのを待つ。まずはエルザ、次にソルドと軽く塀を飛び越え、静かに着地。
魔法使わなかったら、俺はあれが出来るだろうか? きっと出来るな、出来るといいな……
「今度は失礼なこと言わなかったんだろうねー、カイン?」
恐い笑顔でエルザがそう言いながらこちらへとやってくる。
「滅相もございません!」
シャルよりもエルザが恐い、俺はソルドみたいに頑丈じゃないからエルザに本気で殴られたら普通にしばらくは動けなくなる、なんでソルドが動けてるのか不思議でならん。
「そう、ならいいよー。じゃあ、案内よろしく」
そう言って、エルザはフードをかぶり、シャルも同じようにフードをかぶった。
さて、今いるところは路地裏なのはわかるがどこに宿があるかなんてよくわかってない、どう案内したものか。とりあえず、シャルとエルザはあまり人目に触れないほうがいいな。
「ちょっと待ってくれ、先に俺だけ言って宿だけ探してくる、三人はここにいてくれ」
「ああ、そうか。うん、わかったじゃあここで待ってるよー」
「ソルド、誰か来たらよろしくな」
ソルドに任せて大丈夫だろうか? という一抹の不安を感じながら。俺は、町の中へと一人、姿を消していった。