第44話 こいつは食べて俺は練習して
歩きつづけること数刻、日が沈むかという頃になると砂しかなかった地面にはちらほらと草が生えだし、砂ではなく土へと変わっている。さらに、砂漠の終わりを告げるかのようにはるか遠くには森の影が見え始めていた。
こんな栄養のなさそうな土質の場所でも草が生えるという事は近くに水源もしくは地下に水脈が流れているという事でもあろう、もう砂漠の終わりも近いな。
「ここらへんで野営の準備しておくか」
そんな俺の提案はすんなりと受け入れられ野営の準備を皆が始める。野営の準備が終わり適当に干し肉や乾パンをかじって食事を済ますとエルザが話し始めた。
「そういえば、シャルも最近は体力付いて来たよね」
「そう? 自分じゃあんまりわからないんだけど」
まあ、すこし前のシャルならこの砂漠をこえるのにどれだけの時間がかかったかなんて想像すらつかないほどに体力がなかったが、今はなんとか俺たちのペースに合わせて歩けるようにはなってきている。
それでも、戦闘の訓練中には疲れで動きが鈍るから慢心は禁物だと、思っていたのだが残念なことにエルザの一言で変な自信をつけてしまったような、どことなくシャルの顔が誇らしげだ。
「エルザ、あんまりシャルを褒めないでやってくれよ調子に乗るだろ」
「体力が付いたのは本当だしこれぐらいいじゃない」
「そりゃ、そうなんだが、別に褒めたくないとかじゃなくてさ、シャルのためも考えたらさ。ほら、いまにも油断して足元すくわれそうな顔してる」
そんな俺の言葉に明らかに不満げな顔をこちらへと向けるシャル。文句言ってうるさくなる前に対処しておくか。
「まあ、それでもがんばってることは事実だからそこは褒められると思うがな」
先ほどまで不満の色で満たされていたシャルの顔は突如として驚きに染まる。
「まさか、カインが私を褒めるなんて。昼に転んだ時、頭の打ちどころでも悪かったの?」
そんなに俺が褒めたことが意外だったのだろうか? 確かに褒めた記憶なんて数えるほどしかないが、そもそも褒められるようなところが数えるほどもないのが原因なのだが。
「調子にはのるなよ、ろくなことにならないから。そう言えば昼といえば気になっていたんだが強化ってのはなんだ?」
そう言ってエルザへと話を振る。
「強化は何って言われても、強化は強化だよ。魔法で体を強くするだけだよ」
「そんなことしてるのか人間たちは、道理でそんなでかい剣背負って歩けるわけだ」
一人合点が言ったといった感じに頷いていると、そこにエルザが口をはさむ。
「普段は強化なんて使ってないよー、魔力の無駄だもの」
つまり普段から馬鹿力ではあると、それがさらに強くなるとはそれで殴られたら生きてられないな。
一人、心の中で出来るだけ逆らわないようにしなければと固く誓う。
「魔人たちは強化は使わないの?」
「うん、そんなことが出来るとは思ってなかったしな。ちなみに、その魔法結構簡単なのか?」
「簡単だったらもっと多用してるよー、強化するぐらいなら魔法で直接攻撃したほうが効率はいいくらい。魔力の消費だってひどいんだから」
「なんだ、簡単なら俺らも使えるかと思ったんだが残念だ」
そんな魔法がつかえたなら、戦闘もだいぶ楽になるかと思ったがそうも簡単な事ではないらしい。
そこで俺はふっと思い出す。
「そういえば、ソルドはゴーレム倒すのに強化使ったのか?」
突然話を振られたソルドが、焦ったように干し肉を口に詰め込む。あんまり食料もないんだからつまみ食いするなよという小言を俺は飲み込む。
ソルドは急いで干し肉を飲み込んで口を開く。
「おう、強化だかどうだかはわかんねーけどなんか強くなってみた」
もうこいつの魔法に関しての話をするのはよそうかと思ってくるほどにいい加減すぎて付いていけない。
「ほんとにお前はどうやって、魔法使ってるんだよ」
「そりゃ、イメージして発動するだけだろ」
いや、魔法ってそう言うもんじゃないからな? そんな言葉を心の中でつぶやき俺はカバンから地図を取り出し独り言を呟く。
「そろそろ、町で補給か」
「こんなところに町があるの?」
俺の独り言に反応したのはシャルだった。
「ああ、だいぶ先に森が見えただろ? あの中に入って少しすると町があるらしい、といってもあまり長居もできなし、一晩で補給は終わらせないといけないが」
「確かに最近食料も少なくなってきたしねー、特にソルドがこっそり食べてるせいで」
そんなエルザの言葉に、ソルドの肩が一瞬動き視線を俺たちから逸らす。さっきも食べていた癖に今更白々しい。
「そうだな、いくら余分に買っているとは言ってもこうも毎回つまみ食いされたんじゃ、今後大変だし、これからはもう少し厳しくしていこうかな。たとえば、つまみ食いしたら次の飯は抜きとか」
飯抜き発言に反応して一瞬でソルドが視線をこちらへ移す。ほんと、飯の話になると必死だな。
「それはひどすぎないか!? これでも我慢してるほうなんだぞ?」
「これで我慢してるって、お前の胃袋はどんな構造してんだよ!」
ソルドのせいで、一日の食料の減りが予定より二人分は多いというのにこれ以上食べられたらそれこそやってられない。
「次の街での補給は結構多めにしないといけなさそうだねー」
エルザも、なんだか呆れたような笑いをしながらそんなことを言ってくる。まあ、金はあるからいいんだけどさ。補給は次の町と大きな街がその後に一つだけの予定だしもしものことも考えてたくさん買い込んでおくのは悪いことではないが、買ったら買った分だけ食べられたらたまったものじゃない。
「とりあえず、ソルドはもう少し我慢しろ!」
その後、ソルドの文句は夜空へと数十分の間響き渡っていた。
それを見事に聞き流したあと、最初の見張りは俺とソルドという事になりシャルとエルザはテントで、すでに眠っていた。
周りに魔物の影がないことを確認し、俺はナイフを二本持ち腰を上げる。
「さて、じゃあ俺は練習してくるから、見張りはまかせた」
「あー、ほんとにやるんだあの曲芸」
「曲芸とかっていうけど、あれ、かなり大変なんだからな! 戦闘で使ったことないけど……」
「なんだよやっぱり曲芸じゃねーか、そんなんで大丈夫なのか?」
「発動する時間さえあれば、他の方法の方がだいぶ楽なんだが、瞬時に組むのだとあれ以外でまともに仕留めれる気がしないしなー」
加圧魔法だって、本気で使えば上級魔法なのだからかなりの威力と範囲を殲滅できる。もっとも、俺が普段使ってる威力と範囲じゃせいぜい中の下程度だが。本気で使ったら魔力はそこ尽きるし、周りに被害は出るしでろくなこともないしな。
「とりあえず、練習してくる。危ないからこっち来るなよ」
「頼まれても行かねーよ、下手に近づいて間違って殺されたじゃ笑い話にもならねーし」
笑い話になればいいのだろうか? などと変なことを考えつつ、俺はテントからかなりの距離を置いた位置まで行き一人、練習を始めた。