第43話 俺は馬鹿にされて転んで
「それにしても、相変わらず馬鹿馬鹿しいほどの威力だな」
眼前に広がる氷原と、腕を振り下ろしている格好で動かないドラゴンの氷像をみて、俺はため息を吐く。まさか、魔法一発で自然環境が激変するとは思ってもみなかった。
「いやーすごいね、まさか核まで一瞬で凍らせちゃうなんて、よかったら少し研究させてほしいほどだよ。これだけの魔法を撃ってもまだ魔力が大量に余ってるみたいだし、本当に底が見えないね」
そんなことを言いながらラッセがシャルへと視線を送るが、シャルは明らかに嫌そうな顔でラッセを睨みつける。
「研究対象なんてごめんよ、どうせ研究するならそこのバカな男二人のどっちかにして頂戴」
そんなシャルの言葉を聞いて、ラッセは笑いながら答える。
「それは残念だなー、彼らが魔王になってくれれば喜んで研究するけれど今はそれほど興味はないや」
根っからの研究者だなこいつは、まあ実力行使に走らないあたりまだまともな方か。
「どうせなら、俺とソルドのどっちかが無事に魔王になれるように旅の同行してくれてもいいんだぞ?」
「悪いけれど長旅は嫌いなんだー、ゆっくり休めるベッドとちゃんとした食事があるなら話は別だけどねー」
「そうか、そいつは残念だが、なんにせよ今回は助かった」
そう言って俺は頭を下げる。
「いやいや、大事な未来の研究対象が僕のすぐ行ける範囲で危険にさらされてるなら助けるのは当然さー。それに、あれが出てくるの注意し忘れたのは僕だしね」
そう言いながらラッセは凍った龍の石像へと目を向ける。
やっぱり、おれとソルドは研究対象なんだな、出来ることなら魔王なんてならないで済ましたいもんだが、まあそれは難しいか。
そんなことを考えている俺の後頭部に衝撃が走った。
後ろを振り向いてみると氷の塊がすぐ足元に落ちていて、その延長線上には腹を抱えて笑っているソルドがいた。
「おい、ソルドそこから動くなよ」
俺がそう言いながら足元の氷を割って手に取ると、ソルドはあわてて走り出した。
「逃がすと思うなよ!」
俺は手に持った氷の塊を全力でソルドに向かって投げつける、当然ソルドはその射線上から避けて足元の氷を割って手に取る。本来ならそれで何の問題もなかったのだろうが、今回ばかりは俺も手加減などはしない。
ソルドの横を通り過ぎ、すでに当たるはずのない氷の塊は俺の魔法により方向転換し、そのままソルドの後頭部へ吸い込まれていった。
ぐぇ、と変な声を上げたソルドは後頭部を押さえたままの涙目を俺の方へ向け睨みつけてくる。
「魔法使うのはずるいだろうが!」
「不意打ちしたやつに言われたくない!」
お互いに手に氷を持ち投げようとしたところで、頭の倍の大きさはあろうかと言う氷の塊が高速で俺たち二人に鼻先をかすめて行った。
飛んできた方向を見ると呆れ顔のエルザが、両手に先ほど飛んできたものと同じほどの大きさの氷の塊を持っていた。
「二人とも、毎回子どもみたいなことしてると本気で怒るよ?」
もう、十分に怒っている気がするけれど、これは怒っているうちに入らないのだろうか?
「エルザ、バカには何を言っても無駄よ」
シャルまで便乗して馬鹿にしてきやがった。
「うーん、こんなののどっちかが魔王になるのかー、なんだか無理そうだなー」
「ドウカン、デス」
ついにはラッセとスティナまで馬鹿にしてきたか。普段からソルドのことをバカにしてきたが、もしかして俺も周りから見たら同類なのか?
「ははは、カインのバーカ」
「おい、ソルド。なんで、お前まで俺のことをバカ呼ばわりしてんだ?」
「そりゃあ、お前がバカだからだろ」
バカなソルドに馬鹿にされるとなんだか呆れてくるな。まあ、これ以上反論してもどうにもならなそうだし、ここらで話を切り替えるか。
「それにしても、今回も最後はシャルの活躍だったなー」
こうやってシャルを褒めておけば、シャルが乗ってくるはずだ。
「まあね、それに比べてどっかの誰かさんは一切活躍しなかったけど」
この返しは予想してなかった。
「そう言えば、カインは役立ってねぇな」
やばい、このままだと俺だけが攻撃対象に。てか、俺だって少しは役に立ってるだろ!?
「待て、お前ら俺はまだ本気を出していないだけで……」
「カイン、別に戦闘が出来なくても気にすることはないよ? ほら、カインは他のところで頑張ってくれてるんだし」
エルザさんそれ励ましになってないです、簡単に言うと戦闘じゃ役立たずじゃないですか。
「いや、だから俺は――」
「一対一でなら勝てるとか言うなよー、そんなの多数相手じゃ役立たないんだから」
ソルドがそうやってニヤつく。
流石よくわかってやがる、これを言われたら俺ができることなんてほとんどない。まあ、一応ある事も知っているんだろうが。
「なら、今度見せてやるよ、俺の本気、多数相手でも役立てるところをさ」
言い返したはいいが、あれは久しぶり過ぎてまともにできる気がしないなー、空中での移動も最近ようやく勘を取り戻してきた感じだし、少し練習しておくか。
「俺だって、もう少しまともに戦ってた時は戦ってたんだ、舐めるなよ」
「あー、確かに昔はあんまり逃げるの上手くなかったもんな、お前」
いやまあ、確かに逃げるの上手くなかったけど別にそんな理由だけじゃないんですよソルドさん。
「へー、カインって空飛ぶのと相手の動きの邪魔以外もできるんだ」
「エルザ、俺のこと今までそれぐらいしかできないと思ってたの?」
あれ、おかしいな俺今までもナイフとか盾とかそれなりに使ってたよね? 結構、魔物も倒してたつもりだったんだけどなー。
「いや、そういうわけで言ったんじゃないよ!」
そんな慌てて否定しなくても、すでに十分過ぎるほどに俺の心は傷ついてます。
もういいや、さっさと行こう。
「もう、行くぞ……」
俺が若干落ち込みながらそんなことを言うとラッセが伸びをしながら、疲れたーとか言い始める。別にお前は何もしてないんじゃないのか?
「じゃあ、僕らも帰るよ、こんなところいつまでも居たくないからねー」
そう言うと、スティナがしゃがみラッセはしがみついた、いわゆるおんぶというやつだ。
「じゃあ、みんな頑張ってねー」
そんなラッセの一言とともに、巻き上がる砂煙。
その砂煙に咳き込み、気が付いたときには遥か彼方に砂埃が巻き上がっているのが見えるだけであった。一体どれほどの速度なのだろうか?
「じゃあ、俺らも行くか。なんだか、凍ってて歩きにくそうになってるが」
さっき馬鹿にされたお返しと言わんばかりにシャルの方を軽く見てそう言う。
明らかにシャルの眉間に皺が寄ったが、そんなことは知らないとばかりに俺は無視して歩きだす。だが、三歩ほど歩いたところで視界が回転する、足を滑らせたと気が付いたときにはすでに時遅し。顔面から見事なダイブしてしまった。俺の鼻から血が流れていく。
「いってー……」
鼻を押さえながらそうつぶやく俺の横をなんだか自慢げにシャルが歩いていく。
「カイン、もう少し気をつけて歩――」
何かを言いかけながらシャルが足を滑らせる、そのまま後ろや前に転べばいいところ変な抵抗をした結果まだうつ伏せのままの俺の背中にシャルの肘が迫ってくる。なぜその体制で倒れてくるのだろうか?
ああ、これは痛そうだなそう思っていると俺の背中に鈍痛が走った。
俺は苦悶の表情を浮かべながらうめき声をあげる。もはや、俺の上のシャルのことなど気にしてはいられなかった。
「シャ、シャル……俺を殺す気か?」
「ち、違うわよ!」
俺がクッション代わりになったことで、シャルのやつは怪我一つしていないようだが、出来れば今すぐどいてほしい。
そんな、俺の心を読み取ったのかどうだかはわからないがシャルが焦ったように立ち上がろうとする。
ああ、そんなに慌てて立ち上がろうとしたら、そう思うが早いか転ぶが早かったかはわからないが、再び俺の上に盛大なしりもちをついたシャルに対して、文句を言うだけの元気すらその時の俺には残されていなかった。