第38話 俺たちは旅立って砂は飛んで
久しぶりのまともな食事と睡眠をとれた俺たちは、次の日の早朝、日がようやく登り始めた頃にはラッセ宅の玄関先にいた。
「それじゃあ、四人とも頑張ってね」
「まあ、頑張るさ、さすがにそこらへんで野垂れ死にたくはないしな」
俺がそう言って、肩をすくめると、ラッセがこちらへ手を差し出し、俺はその手を握り返す。
手を離して、いざ出発しようとした時、ラッセに腕を引かれて、俺は体勢が低くなる。そんな俺の耳元で笑いの混ざったような声でラッセが小さく呟く。
「魔王になったら研究させてね」
俺は、苦笑いを浮かべながら体勢を立て直す。
「その時になったら考えるよ」
そう言って俺たちはラッセ達に別れを告げ、砂漠を進み始めた。ラッセの話だとこの先は建物も建っておらず、ずっと砂丘が続くばかりだとの話だ。吹く風の強さに砂煙が舞い上がり続け、それはまるで火事の煙のようにも見え、空気も茶褐色に染まって見えるという。
実際に進んでみて、その言葉に嘘偽りなど一切なかったことがよくわかった。ラッセの言う通りの現状が目の前には広がっていた。飛んで来る砂塵を防ぐためにフードを深くかぶり目を細め、口と鼻は布で覆わなければ進むことなど出来はしない。
自然と会話は少なくなり、風の轟音が支配する中を時々お互いがいることを確認しては、前へと進む。こんな環境の中にも魔物はいるのだろうが、出来ることなら出会いたくなどない。
そんな望みが神様にでも届いたのかどうかはともかくとして、奇跡的に魔物と出会うこともなく二日が過ぎ去った。
「なあ、カイン。いつになったらここ抜けるんだ?」
風で揺れるテントの中、そんなことを横になったまま疲れたような声でソルドが尋ねてきた。今まで、特に文句なども言ってこなかったソルドにしても、この砂嵐はつらいものがあるのだろう。
「そうだな、どのくらい進んだのか、よくわかってないが早ければ明日、そうでなくても明後日ってところかな」
「そんなもんなのか。なら、肉も我慢できっかな」
どうやらソルドの気がかりな点は、砂嵐自体というよりも食事の方だったようだが、一体どれほど食い意地が張っているんだこいつは? 最もここを抜けたからと言って、肉が食えるわけではないのだが。
実際のところ、シャルやエルザも少なからず精神的疲労を覚えているに違いない。かといって何かができる訳でもないので、これ以上は考えないでおこう。
思考を投げだして横になった数分後、俺は眠ってしまっていた。
朝になっても相変わらず風は強く、相も変わらず砂埃は宙を舞い続けている。いい加減俺もこれには飽き飽きしてきた。ラッセ曰く、もう少し行けば谷がありそこからは風も収まるという話だったが。その谷へ向かって真っすぐに進んでいるのかどうかも怪しい。これで戻ったりしていたら笑い話にもならないな
一応、日差しと時間から方角を計りながら進んでいるから大丈夫だと思うが、ここまで何も見えないと不安になってくる。
そんな俺の不安が消えたのは、その日の午後のことだった先ほどまで黄色に染まっていた目の前は別の色が埋め尽くしていた。一面の赤褐色、その真ん中に開いたまっすぐな一本の道、確かに谷と呼ぶにふさわしく、谷の形が特殊なのか風も谷の中へは吹き込んでいない。
とりあえず進む道が一つしか見当たらないので、俺たちはそこを進み砂埃の入ってこない位置まで行き休憩をとる。
「ねえ、カインこの谷本当に大丈夫なの?」
シャルは砂にまみれたマントを振って砂を落としながら、そう言って周りを見渡す。
「大丈夫だと思うぞ、多分」
実際のところ、大丈夫かどうかなど分かりやしないがここしか道がないのだからここを進むしかないだろう。
「何よ、多分って!? カインが選んだ道なんだから責任持ちなさいよ」
「責任って言われてもなー、俺だって来たことないんだからどうしようもないだろ」
どうも、疲れからかシャルは気が立っているらしいが、それは俺たちだって同じことだ。だからといって仲間割れなどしている場合でないこともよくわかっている。俺はエルザへと視線で助けを求め、エルザが軽くうなずく。
「ほらシャル、心配なのはみんな一緒なんだから。あんまり無理言ったらカインがかわいそうだよ」
エルザさんや、シャルを宥めるためとはいえ、かわいそうとはどういう事だ。それじゃあ、なんだか俺が残念な奴みたいじゃないか。
「そうね、カインにそんな無理言ってもダメよね。ごめんね、カイン」
おいおい、シャルさんやそんな申し訳なさそうな顔で言ったら本当に俺が残念みたいになるからやめてくれないか? いや、まあ場が収まりそうだから何も言わないけど結構傷ついちゃったりするよ?
「ははは、カインは残念な奴だからしょうがないな」
「待てや、ソルドお前がそれを言うか!? 残念な奴ならむしろおまえだろ、地図もろくに読めない癖に何言ってやがる」
ソルドだけには残念な奴とか言われたくない、馬鹿に残念な奴って言われるって残念すぎて泣けてくるわ!
「地図なんか読めなくても、生きてけるからいいんだよ」
「いや、確かに生きてはいけるけど今はそう言う話じゃなくてだな――」
それから、しばらくの間ソルドと言い合いをしていたが結局のところわかったことは、馬鹿になに言っても無駄だってことくらいだった。