第37話 俺は解らなくて色々知って
あの後、ラッセの好意により泊めてもらえることになり、食卓のテーブルをみんなで囲んでいた。俺は魔動人形、つまり無機物質の疑似生物化の魔法に関しての資料を読ませてもらっていた。
「全く解らない」
俺はそう言って、無駄に厚い紙の束をラッセの方へと差し出す。魔法は使えなくても、それなりに理解はできる方だと自負していたが、この魔法の内容は全くと言って程理解できない。
「そんなに難しくないんだけどなー」
そう言ってラッセは俺から資料を受け取ると、軽く目を通してスティナに渡し、片付けてくる様に頼んだ。スティナはそれに応じて、部屋の奥へと消えていく。
言葉を理解してそれに答える、ここまで人間のような行動が行えると、もはや中に誰か入っているのではないかと疑いたくなってくる。それにしても、簡単に資料を見せてきてくれた辺り、もともと俺たちに理解できるなどとは思ってもいないのだろう。
「どこが難しくないんだよ、大体魔力の供給も自動で行っているって時点で、俺の知っている技術をはるかに超えてる」
「まあ、それができないと始まらないね。他の力を魔力に変換するのが主な魔力の供給方法だけど、魔法を受けたときに吸収もできるから、魔法使いにとっては天敵ってところだね」
吸収まで、できるのかあの時魔法で弾いたのが俺の体で本当によかった、そうじゃなかったら今頃そこらへんに血だまりができてたな。
俺が軽く戦慄して冷や汗を垂らしながら苦笑を浮かべると、今度はラッセが質問を投げかけてきた。
「ところでそこの、シャルだっけか?」
「ん、なに?」
「君の魔力、一体どうなってるの? まるで底が見えない、そんな魔力を人間が体内に留めておけるなんてとても信じられない、本当に人間なの?」
そう言いながらラッセは首をかしげる。それに対してシャルは心外だと言わんばかりの表情でそれに答える。
「間違いなく人間よ、魔力が多いからって変なこと言わないでよね。というか、なんで私の魔力の量なんてわかるのよ?」
「ああ、ごめんごめん。長年魔法に関わってるから、魔力はなんとなくだけど感じられるんだよ」
魔力なんて感じられるようになるものなのか、俺には全く分からないが。
「まあ、シャルの場合は魔法の発動が遅いけどな」
「そんなの当然じゃないか」
俺がふっと口にした一言に、ラッセが一体何を言ってるんだとでも言いたげな表情をしながらそう答えた。
「どういうことだ?」
「いいかい、彼女の魔力は君たちとはまるで量が違う、それだというのに体の大きさは君たちと何ら変わらない、つまりいつでも魔力は外に飛び出そうとしてる状態なんだよ。そんな彼女が術式を組むときに少しずつ魔力を体から放出するのは、君たちがそれをする難易度とは比べものになら無い」
まさか、シャルの魔法の発動が遅い理由がそんなものだったとは。いや、でも待てよ。
「シャル、ちなみにここに火をつける術式考えるのに、どれくらいの時間でできる? 考えるだけでいい」
そう言って俺は一本の薪をシャルに見せる。
「え、そうね。一分かからない位かしら」
シャルがそう言った瞬間、俺の表情は固まり、ラッセは苦笑いを浮かべる。
「単純に魔法の才能もないみたいだねー。いやー驚いた、火つけるだけなら術式なんて子どもでも数秒で考えられるのが普通なのに」
そんなラッセの言葉に対して、シャルは文句を言い続けること約十分、ようやくシャルも静かになった。ソルドとエルザはスティナと仲良さそうに話しをしているが、スティナには話を楽しむだけの思考回路もあるのだろうか?
「そう言えば、この辺りは特に資源もないようだがどうやって生活してるんだ?」
見渡す限り砂しかなかったこの砂漠で作物が作れるとは思わないが、生活ができている以上何かあるのだろう。
「ああ、近くにオアシスがあるからそこの土壌をよくして農作物を作ってるんだよ。あとは、時々来る旅商人にいろいろ物々交換でもらってるね」
こんな僻地まで商人はやってくるのか、随分と見上げた商売根性の持ち主のようだな、その商人は。
「まあ、久しぶりの客人だ、大したこともできないが精一杯もてなさせてもらうよ」
「そんな、申し訳ない。強盗まがいのことをしたのにもてなしてもらうなんて、部屋を貸していただけるだけで十分」
俺は慌てて、断るがラッセは笑いながら言葉を続ける。
「なに、君らはこれから有名になるかもしれないんだ、今のうちに恩を売っておいて損はないよ。だから、ここは僕のためだと思ってもてなさせてはもらえないかな?」
ここまで言われたのを断るのも逆に無礼だろと思い、感謝の意を述べるとラッセがスティナに料理を用意するように声をかけるとスティナは台所へと姿を消していった。
ラッセに言われたが、今俺たちがやっていることがもし成功したのなら魔王後継者となる条件のうちの一つ『人間との共存関係を作り出した者』を満たすこととなるだろう。俺はできることなら街の外れの我が家でのんびりと暮らして行きたいのだが、ソルドも魔王になりたくて旅をしているわけではないだろう。権利を誰かに譲渡することはできないであろうし、元々わかっていたとはいえ面倒なことだ……まあ、先のことを考えても仕方がない。
そう自分に言い聞かせながら魔王になるなどという思考をどこかに追いやり、久しく人と話してないせいか無性にしゃべりたがるラッセとの会話を続けた。