第34話 あいつは勉強して俺は教えて
エルザをテントで休ませ、俺たち三人はテントを使って日陰を作りそこで見張りをしていた。日差しがないだけで大分ましだが、それでも暑いことには変わりない。シャルなど、さっきからうなだれてろくに見張りなどしていない、ソルドはなぜか居眠りを始めるし結局のところ俺一人で見張りをしているようなものだ。
魔物は現れる気配もないし、何かいい暇つぶしはないだろうか。そう思い俺はシャルに話しかける。
「シャル、少し訓練でもするか?」
俺の言葉を聞いたシャルは、こちらを向いてあからさまに嫌そうな顔をする。
「あんた馬鹿なの? こんな暑いところで訓練なんてやってたら、それこそ倒れるわよ」
「もっともな意見だな」
確かに炎天下で訓練なんてできればしたくはない、じゃあ代わりに何をしようかと思い俺はあることを思い出す。
「ああ、じゃあこれはどうだ?」
そう言って、俺が取り出したのは一冊の無駄に分厚い本だった。分厚いといっても普段は小さくしているので邪魔にはならない。
「何よ、それ?」
「魔道書だよ、このまま何もしないでいるよりは、こいつでも読んで魔法の一つでも学んだ方が利口だろ」
そう俺が言うと、シャルがため息を吐く。
「私があんた達の文字読めないこと知っていってるの?」
「大丈夫、俺がこの本の中身は教えるから、シャルはこの本読めなくても問題ないよ」
大体、ただ本読ませるだけじゃ俺の暇つぶしにならないし。
「じゃあ、見張りはだれがやるのよ? カインが見張りしてなかったら見張りがいなくなるじゃない」
「それなら大丈夫だ」
俺はそう言い、寝ているソルドの方を向く。
「おい、ソルド」
俺の言葉に対してソルドからの返事はない。
「見張りやんなかったら飯抜くぞ」
「さぁー、魔物どもかかってきやがれ」
まるで、さっきまで寝ていたのが嘘のような機敏な動きで起き上がり、ソルドは周囲を見渡し始める。俺はそれを確認してシャルに向き直る。
「よしじゃあ、さっさと勉強始めるぞ」
シャルはなんとなく呆れたような顔で俺のことを見ていた。
それからどれほどの時間がたったのだろうか、気が付けば日は傾き空の色も変わり始めてきたというのに……
「……ということだが、なんとなくは理解できたか?」
「わかんないわよ! なんなのその変な魔法は、考えた人頭おかしいんじゃない?」
全くと言っていいほどシャルの勉強ははかどっていなかった。確かに訳の分からない原理ではあるが俺が理解できたのだからなんとかなると思っていたが、どうやら、そうもいかないらしい
「知るか、そもそもこんなのを誰かがつかえると思って考えてないんだろうけどさ」
「なによ、それ?」
シャルは訝しげな眼で俺のことを睨みつけてくる。
「大丈夫、実際に使おうと思えばちゃんと使えるから」
「だったら、カインが使って見せてよ」
「いや、それは無理だな」
俺の言葉を聞き、シャルは余計訝しげに俺のことを睨んでくる。
「なんでよ、使えるのなら大丈夫でしょ」
「俺の場合はさ、魔力が足りなくて……」
この魔法の問題点はそこにあった、まるで一人で使うということを考えていないであろう程の必要魔力量。しかも大規模魔法と違い大人数でこの魔法を扱うには難解すぎて不可能と来ていやがる、いったい誰がつかえるんだよと思いながらもこの魔法を理解したのもいい思い出だ。
「じゃあ、何で使えるって言いきれるのよ?」
「うーん、勘かな?」
「なによそれ?」
そう言いつつシャルは半眼で俺のことを睨んでくる。
「しょうがないだろ、試せないんだから」
そう言った俺をしばらく半眼のまま見ていたシャルはため息を一つ吐いて口を開いた。
「わかったわよ、とりあえずやってみるだけやってみるわ。まあ、まったくわからないんだけどね」
シャルがそう言うとほぼ同時にエルザのいるテントの入り口が開く。
「おう、エルザよく眠れたか?」
「眠ってたんだけど、シャルの声で目がさめちゃった」
そう言ってエルザは苦笑を浮かべ、対してシャルはあわてて口を開いた。
「エルザごめん」
「ううん大丈夫、気にしないで。それより、二人は何やってるの?」
そう言って俺の持っている本をエルザが覗き込んでくるが、眉間にしわを寄せて首をかしげるだけであった。
「読めないだろ、一応魔道書だよ。シャルならどんな魔法でも魔力があるから使えると思って」
「ああ、なるほどね。それでソルドの姿が見当たらないけどどこ行ったの?」
そう言いながらエルザはきょろきょろと周囲を見渡す。俺も周囲を見渡してみるがソルドの姿はない。
「あれ? さっきまでそこらへんで見張りしてたはずなんだが」
その直後、遠くの方で爆発が起こり、砂煙が巻き上がるしばらくそこを見ていると砂煙の中からソルドが姿を現した。
俺はその場に本を置きソルドへと駆け寄る。
「おい、どうしたんだ?」
「おお、昨日のサソリと同じ奴がいたから軽く吹き飛ばしてきた」
ああ、それであの爆発か、こいつ一人で倒せるなら昨日も最初っから倒しといてくれればいいのに。
「とりあえず、何も言わずにいなくなるなよ、心配だ」
「おっ、なんだ心配してくれんのか?」
そう言って、ソルドは茶化したように笑う。
「ああ、また変なものを引き連れてくるんじゃないかと心配でたまらん」
そういって俺は肩をすくめる。それを聞いてソルドが何か喚いていたが、俺はそれを無視してそのままテントへと帰って行った。