第33話 俺は見張りであいつは看病で
日が橙色に輝き始めた頃、俺は一人、野営の準備を始めていた。既に組み立てたテントの一つの中では、今頃ソルドによる治療が行われていることであろう。エルザを除いた俺たち三人のうちで解毒の魔法が扱えるのがソルドだけだったので必然的に、ソルドが治療にあたることになった。
エルザの症状は、神経毒による麻痺のようで、意識はあったようだが全身の筋肉が弛緩し、立っていることもままならない状態であった。即座にソルドが解毒に取り掛かり、その治療は約三十分経過した現在も続いている。
原因は、エルザの横を通り抜けたと思っていたサソリの尾が左腕をかすっていたことである。本当に小さな傷であったにもかかわらず、全身を麻痺させるほどの毒とは、何とも恐ろしいものである。
もうほとんど解毒は完了しているらしいのだが、毒によって起こった麻痺は治らず、傷口は腫れ上がってしまっているらしい。普通の人なら泣き喚くほどの激痛であろうとのことだが、流石は戦場に立つ勇者なだけのことはある、シャルたちの居るテントからは、小さなうめき声が時々聞こえてくる程度である。まあ、戦場に立っていたからといって俺では我慢できないだろうが。
そんなことを考えている間に、俺は手早くたき火を準備し、ほとんどの野営の準備を終らせる。
「さて、今のうちに食事の準備でもしておくか」
そんな独り言を口にして俺は鍋に水をため、そのまま火にかけて沸騰するのを待つ。
食事がしにくいだろうエルザのために流動食でも作ったやりたいと思うのだが、何を隠そう今手元にあるのは乾パンと燻製の干し肉といくつかの調味料だけ。こんなものでは、流動食どころかまともな食事すら作れない。さすがにあのサソリを食べる気にはなれないし。
とりあえず、これ以上悩んでいてもしょうがないと思い、俺は乾パンを砕きはじめる。砕いた乾パンをしばらくの間煮て、砂糖と少量の塩で味を調える。まあ、食えなかったらそれはそれでしょうがないが少しは食いやすくなったはずだ。
とりあえず俺は鍋にふたをして、ソルドがテントから出てくるのを待つ。今見張りは俺しかいないのだからしっかりしないといけないな、と自分に気合を入れつつ待つこと約十分。テントの中からようやくソルドが現われる。
「おう、エルザの調子はどうなんだ?」
俺はお茶を渡しながらソルドにそう尋ねる。ソルドはそのお茶を受け取ると、一口飲んでから腰を下ろし、口を開いた。
「とりあえずのところは大丈夫だが、解毒って言ってもそんなに完全にはできないし、明日一日は休んだ方がいいだろうな」
まあ、予想道理だな。
「そうか、わかった」
俺はそう言いながら、空を見上げた。空に太陽の姿はなく、濃紺の空が茜色の空を追い出そうとしていた。
その後、シャルにエルザの看病を任せ、俺は見張りに徹することにした。ソルドも一緒に見張りをすると最初は言っていたのだが、魔法を使って疲れがたまっていたのだろう、すぐに眠ってしまい結局俺がテントまで運ぶはめになった。
次の日の朝、エルザもある程度動けるようになり、腕の痛みもほぼ収まったということで、みんなで朝食をとっていた。その時に、今日はエルザの休養のために進まないことを俺が告げるが、当然のようにエルザがそれに反論をする。
「私なら大丈夫だから、ほら、もう問題ないよ」
そう言って、エルザは立ち上がり、自分は大丈夫だとアピールしてみせるが、俺は首を横に振って否定する。
「ダメなものはダメだ、今日は一日休んでいてくれ」
俺はエルザの顔を見据えて、意見を変える気はないということを主張する。しばらくの間沈黙が流れる。
「わかったよ……」
エルザは渋々といった感じでそう言うと、再びその場に座る。
実際のところ、今のエルザがどの程度回復しているのかは、俺には分からない。ソルドのように解毒の過程で毒の影響がわかるわけでもないし、シャルの様に看病をしていて様子がわかるわけでもない。だが、今が無理をさせるべき時ではないことくらいは解る。
シャルが予想していた以上に頑張ってくれているおかげで、今のところは予定よりも進んでいる。一日分の遅れくらいなら何とかなるだろう。
なんとなく気まずい空気が流れる中、その沈黙を破ったのはソルドだった。
「エルザはいちいち気にするなって、そもそも元の原因は俺があんなの連れてきたことにあるんだからよ。そんなに気にされたら、俺の立場がねーよ」
それを聞いて俺は思わず口を開く。
「それもそうだな、原因はソルドにあるな」
「ちょっと待てよ、カインここで俺のことを責めるか、普通?」
「確かに、よく考えたらソルドのせいよね。あとは、カインの魔法が弱かったことくらいが原因かしら」
ソルドを責めていたはずなのに、まさか俺にまで飛び火するとは思ってなかった。いや、確かに俺の魔法が、もう少し強ければ攻撃は当たらなかっただろうけどさ、とっさに発動できただけまだましじゃないか。
「そ、そんなこと言ったら、シャルがあの攻撃をよけられたら何の問題もなかったじゃないかよ」
「ふんっ、そんなの無理に決まってるじゃない、それは特訓相手のカインが一番わかってるんじゃないの?」
こいつ、開き直りやがった……まあ、避けられないのは確かによくわかってるけどさ。
「なんだよ、じゃあカインのせいじゃねーか」
「まて、なぜそこで俺のせいになる?」
こいつの頭の中はどうなってるんだ? ああ、馬鹿だったんだ。
俺たち三人がそんな、訳のわからない口げんかをしばらく続けているとエルザが手を二回叩き割り込んできた。
「はいはい、そこまで。私のこと休ませたいんだったら、無駄なことはさせないでよ」
そう言って、呆れた顔をエルザはする。
その時、場に流れていた空気は先ほどのようなものではなく、和やかなものであった。