第3話 こいつはバカで、腐れ縁で
燦々(さんさん)と降り注ぐ火の光の中、俺は一人くわをふるう。魔王軍にいた三ヶ月間は家に帰ることもなかったので、俺の家の畑は雑草だらけでとてもそのままじゃ使えそうな代物じゃなかった。
ちなみにどこぞのへっぽこ勇者は、もうすぐ昼だっていうのに家の中でまだ寝ていやがる。あいつ野宿したら魔物に襲われてすぐにくたばるんじゃないだろうか?
「おし、取り合えずはきれいになったな」
一面をきれいに掘り起し、なんとか畑として再び使えそうにはなった、そもそも街から少し離れた位置に家を建てたのだって、ここの土質がいいからだったのだから、畑を作らなくては無駄になってしまう。
畑を掘り起こした時に、芋がいくつか出てきたので今日の食事はこれを使おうと思う。
俺はくわを納屋に戻し家の中へと戻るとシャルはまだ寝ていた、一体どれだけ寝れば気が済むんだ? 起こしてなんか文句言われても嫌なので俺はそのまま風呂に入り、昼食を作り始める。
昨日捕まえた魔物の肉なのだが、思っていたよりもうまかったのでこれから肉に関してはあまり困ることはなさそうだ。まあ、できればもっとまともな肉が食いたかったが。
薄く切った肉を焼いて、その上に卵を落とし塩、こしょうで味付け簡単だが、無職の俺には十分贅沢な食事だ。
「おい、飯出来たぞ」
布団の中で、もぞもぞと動くものの出てくる気配は一向にない。
「じゃあ、お前の飯はなしな」
「食べるー……」
そう言いながら、シャルは上半身を起こした。
「まず、顔洗ってこい」
「はーい……」
シャルはふらふらしながら洗面所へと向かい俺はその間にパンを切り、二人分の食事の用意をする。
「カイン、おはよー」
「ああ、おはよう、もう昼だけどな」
あいさつをしながら俺の正面の席に座り、手を合わせる。
「いただきます」
「どーぞ、召し上がれ」
こういうところはしっかりしてる所を見ると、一応それなりの躾は受けてきたのだろう。
「なあ、シャルお前どうやって帰るんだ?」
正直な話、そう何日も人を泊めてやるだけの金の余裕はない、できることなら自分で帰れるようになってもらいたいが、年間で数百人も遭難者を出しているあの樹海を通って人間の国のほうまで帰るのは森を熟知していないと、とてもできたもんじゃない。
「どうやっても何も、一人じゃ帰れないもん」
なぜこいつはこんなにも自信満々に帰れないことを言うのだろうか、せめて申しわけなさそうに言うぐらいのことはできないのだろうか?
「俺は送っていけねぇぞ、そんなことしたら俺がくたばっちまう」
「そのことなんだけど、私気付いたの」
いったい何に気付いたというんだ? あまり面倒でないことならいいんだが。
「私とあなたの違いってせいぜい耳の形くらいなのよ」
確かに俺たちの耳は横にとがってるけど、人間の耳はとがってない、そのほかにどんな違いがあるのかはパッと見わからないな。
「だから、フードでも被ってればばれないわ、それにばれたとしても捕虜だっていえば殺されることはないだろうし」
ああ、こいつは魔王城で暴れまわるあの勇者どもを見ていないんだな、むしろあれは強盗に近い。あんな奴らの前で魔人の捕虜なんて見せたら、一瞬で首をはねられておしまいだ。まあ、フード被ればばれないだろうってのには賛成だが。
「だからお願い、送っていって」
両手を合わせて、頼むその姿は必死そのもの、ここまでされて断れたら最初から家になんて連れてきてないっての。
「わかったよ」
俺のこの一言を聞きシャルの顔が輝く、全く分かりやすい奴だ。せっかく掘り起こした畑もまたしばらく使えないのか、まあ乗りかかった船だ最後まで付き合うとするか。
「ありがとー」
そう言ってテーブルを挟んで俺の手を握りぶんぶんとまるで子供のようにシャルは振り回す。
「じゃあ準備しないといけないな、お前は何か欲しいものあるか?」
「大丈夫よ、大抵のものは持ってるし」
「そうか、じゃあ俺は買い物行ってくるから留守番しといてくれ」
そう言って俺は、街へと向かった、あの森を抜けるのならついでに人間の街なども見てみたい、人間がどうやって生活しているのか。この前までは全く気にしてなどいなかったが、シャルに出会ってからは人間というものの解釈も変わってきた、もしかしたら俺たち魔人と人間は理解しあえるのではないだろうかなんてね、そんなうまくいくわけねぇな。
とりあえずフード付きのマントや、携帯食料を買い込み俺は家へと戻る。
「ただいまー」
あれ、返事がない、風呂も使ってないみたいだし。
そんなことを考えていると、森の方で爆発音がして鳥たちが騒ぎながら飛び立つ。
「なんだか面倒なことになってそうだな」
俺は荷物を置きすぐに走り出した。
森の中からは爆発の音が絶えず聞こえる、急がないとかなりやばいかもなこりゃ。馬鹿でかい音を鳴らしてくれるおかげでどこにいるのかはすぐにわかるので、俺は迷わずに走れる。
俺の予想だと、間違いなくあいつだ、こんな時に限って俺んところに来やがって。
走ること、数分ようやく逃げているシャルとそれを追う銀髪の男を見つける。
やっぱり、あいつだったか。
「ちょっと待ったー」
俺は大声で叫ぶが、爆発の音が大きすぎて声がかき消される。
ああ、もういいや、加圧魔法で……
俺が加圧魔法を使うと、銀髪の男は突然の上からの圧力に体勢を崩し地面にうつぶせになる。
「おい、ソルドお前は何やってんだ?」
俺はそう言いながら魔法を解除する。
「何すんだよ、俺はお前の家に侵入してたこそ泥勇者を退治してやろうと――」
大方そんなところだろうと思ったよ、今俺の目の前にいる銀髪に赤い目の、俺同様に安そうな麻の服を着た褐色の肌のこの魔人の名前はソルド。一応、ガキの頃からの知り合いだ。
「誰がこそ泥よ!」
シャルは木の陰から顔だけを出して反論する、できれば今は面倒なことになるからやめてもらいたい。
「ほらあいつだよ、任せとけ、今俺がやっつけてやる」
そう言いながらソルドは右手をシャルの方に向け手のひらから火弾を飛ばそうとする、それを見てシャルはおびえて木の後ろに隠れてしまった。
「だから、やめろっての」
とりあえず俺はやめさせるために、もう一度、加圧魔法を使い、ソルドを地面に張り付ける。
「なにすんだよ!?」
「いいからお前は手を出すな、おい、シャルもう出てきていいぞ」
「ほ、ほんと?」
おびえた小動物のように、シャルは木の陰から顔をのぞかせる。
「ほんとだから安心しろ。ソルドは手出すなよ」
「え? 知り合い?」
ソルドは状況が飲み込めていないのか、俺とシャルを交互に見つめる。
これから、この馬鹿に説明しないといけないのかと思うと、少し憂鬱になってくる、誰でもいいから助けてくれないかな……