第29話 色々降って来てこいつは倒れて
ワイバーンと戦った日から三日が経った。あれ以降は魔物の大群と出会うこともなく、ワイバーンなどのような大型の魔物にも出会っていない。おそらく、あのワイバーンは群れからはぐれたか何かしてこの草原にいたのだろう。
魔物に出会いにくくなってきたことには、明確な理由があった。今俺たちが歩いている場所に生えている草はやや少なく、草の生えていない場所もいくらかに見受けられ、そこから黄土色の多少乾いた地面が見えている。
草食の魔物は草が豊富な場所へと移り、その魔物を餌とする肉食の魔物も自然とこのような場所からは離れていく。だからと言って全く魔物がいないわけではないので、注意をしておくに越したことはない。
「カイン、ボーっとしてると置いてくわよ」
「悪い悪い、ちょっと考え事してた」
気が付いたらいつの間にかみんなすごい前にいて、シャルがこちらを睨んで立ち止っている。怒らせるのも面倒だから少し急ぐとするか。
俺は、小走りでみんなに追いつき、空を見上げる。どんよりとした雲が頭上を覆い尽くしている。
こりゃ、一雨きそうだな。
それから数分後予想通りに雨が降り出す、最初は軽く振っていただけだったのだが、気が付けばバケツをひっくり返したかのようなどしゃ降りになっていた。
そんな中を俺たちは歩き続ける。そもそも雨宿りできる場所などないのだから当然だが、地面はぬかるみ、雨は衣服に染み込み体力と体温を奪っていく。服を乾かすのはソルドに任せれば一瞬だが、雨がやまないことにはどうしようもない。
「あー、もうなんで雨が降ってくるのよ」
シャルが訳の分からないことを言っているが、機嫌が悪そうだし放っておくとするか。まあ、こんな雨今まで降ってなかったからその気持ちはわかるが、この先に言ったら今度は雲がないとかって騒ぎだすんだろうな。なんたって、この先には雨なんてほとんど降らない砂漠が広がっているんだから。
今後は魔物もより強くなるだろうし、砂の上で動きづらい上に暑い、何一ついいことがない。まあ、水には苦労しないが、それでも砂漠なんてできることなら行きたくない。
そんなことを考えながらも進んでいると、近くの地面に小さな盛り上がりが出来る。
「なんなのこれ?」
そう言ってシャルが土のこぶに近づいていくとこぶの中から体長五十センチほどの黒い蛙がもぞもぞと這い出して来る。魔物ではあるだろうが、危険なのだろうか?
「おい、シャル危険かもしれないから離れておけよ」
俺が声をかけるとシャルはこっちを振り向く。
「わかってるわよ、私だってこんな気持ち悪いのなんて嫌だもの」
そう言ってシャルが、こちらに歩き出した瞬間にシャルの後方に先ほどのこぶがいくつも出来始め、それと同時に先ほど這い出してきた蛙が鳴き始める。
それに気づきシャルが蛙の方を振り向くと同時に、地中から大量の蛙が飛び出してかなりの高さまで跳び上がった。一瞬呆然とそれを見上げていたが、よく考えれば蛙に翼は無いのだから跳んだものは落ちてくる。
六十はいようかという蛙たちが一斉に俺たちの頭上から降り注ぎ始める。もはやあの魔物が危険かどうかなど関係なくあんな物体が頭上から降ってくるということが危険だ。
「ソルド焼き払え」
「おし、任せろ」
そう言ってソルドは頭上に向けて手のひらを向けるが、その手のひらからは小さな炎が一瞬出ただけだった。
「あ、雨降ってるから使えないんだった」
そう言って、ソルドは頭を掻く。
「どういう理屈だよ!?」
普通なら雨など無視して魔法は発動するというのに、なぜか知らないが使えないようだ。本当に役に立つんだか立たないんだかわからない奴だな。
そんなことをしている間にも蛙たちは迫ってくる。なんだか体を丸めているようだ。
「逃げるぞ!」
俺はその一言を発すると同時に走り出す。三人も俺に一瞬遅れて走り出した。それから数秒後背後で蛙の墜落した音が響く。まるで大きな石でも落としたかのような低く大きな音に俺は恐怖を感じながら頭上を見るとまだまだたくさんの蛙がいる。さっきの音から判断するに直撃したらやばいだろうな。
俺は走りながら大量に降ってくる蛙を避けていく。だが避けたところで蛙は再び跳び上がるのであまり意味がない、どうやら倒さないといけないようだ。
俺は盾を呼び出し、ナイフを右手に、地上に落ちまだ跳び上がる前の蛙に突き刺す。蛙は気味の悪い声を上げ動かなくなるが、一匹をやっつけたところでまだまだ数はいる上に雨で足元がぬかるんで動きづらい。
ソルドやエルザも逃げることを諦めて、蛙を仕留めにかかっているがシャルは避けるだけで必死な様子だ。
俺はシャルに向かって落ちていく蛙を魔法でずらす等してシャルの補助をしながら少しずつ蛙を仕留めていく。
だが、いくら殺しても地面から湧き出てきて一向に数が減らない、むしろ増えているような気すらする。このままでは埒があかないが俺の魔法では多数を同時に仕留めることなどできやしない。エルザは魔法を時々使っているようだが俺たちに魔法が当たることを恐れてあまり強力なものは使えていない。結局こうやって少しずつ片づけるしかなさそうだ。
それからしばらくの間戦っていると地面からはもう蛙は出てこなくなり、もう蛙の残りも少なくなってきた。当たれば大変な事になるがただ落ちてくるだけだから避けるのはそれほど大変ではなかった最初こそ一斉に跳び上がったから逃げなかったらやばかっただろうが。ばらばらに飛んだなら大したことはなかった。
もう大丈夫だなと思い油断したとき、視界の端にエルザに向かって落ちていく蛙が映った。当然避けるのだろうと思っていたのだが、どうやら気づいていないようだ。俺が魔法で起動をずらそうと思った時、蛙が横に吹き飛ぶ。
いつの間にかソルドがエルザの傍まで来ていて、蛙を槍で横から殴ったようだが、槍はもう少し優しく扱うべきではないだろうか?
そのあと、蛙を殲滅したことを確認して俺たちは集まる。
「全員、怪我はないか?」
「大丈夫よ」
「俺も大丈夫だぞ」
「私も大丈夫、ソルドさっきはありがとねー」
そう言ってソルドに向ってエルザは笑顔を向ける。
「おう、エルザは小さいから、ぶつかる前に間に合っ――」
ソルドが最後まで言い終える前にエルザの拳によってソルドは沈黙し地面に倒れた。どうやら鳩尾に決まったらしい。全くソルドはいい加減学習しろよ、いくらほんとのことでも小さいって言ったら殴られるのはわかってるだろうが
そんなことを思いながらため息を吐くと、エルザがこちらに振り向く。その顔は笑顔なのだがなぜだか恐怖しか感じない。
「ねえ、カイン今何か失礼なこと考えてなかった」
俺は心を読まれたかと思いながら、慌てて答える。
「ま、まさかそんなわけないだろ」
「ふーん、まあいいや」
そう言って、エルザは俺からソルドに視線を移すが、ソルドは一向に立ち上がらない。
そんなソルドを見ながら俺は殴られた時のことを想像して恐怖に体を震わせた。