第25話 俺達は走ってあいつは落ち込んで
魔物たちの群れはすでに、肉眼でもはっきりと確認できる位置まで近づいてきていた。
体長は1.7メートルほどで、黒い体毛をしている。森の中で出会った狼のような魔物よりはおそらく強いだろう。
「そろそろ行くよ」
そう言って、エルザが大剣を振り上げる。どうやら、エルザの魔法は武器を用いて発動するもののようだ。昼間の時も、剣を使って発動していたので、そう言う魔法を主体としているのだろうか?
そんなことを俺が思っている間に、エルザは剣を地面へと振り下ろす。すると、エルザの前方から魔物の群れに向けて、三つの風が地面を抉って線を作りながら伸びていく。それを見た魔物たちは、危険を察知したのか横に避けるが数匹がその線上から逃げることができずに、切断される。
「おし、じゃあ次俺だな」
そう言って、ソルドが右手を地面につける。次の瞬間魔物たちの群れの中心が一瞬膨れ上がり、爆発するように火柱が吹き上がる。
この調子なら楽に行けるだろうと思った次の瞬間に、シャルが口を開く。
「じゃあ、私も」
そう言いながら、シャルが手を振り下ろすと魔物たちの上空から大量の水の塊が落ちてくる。だがその先には、まださっきソルドが放った火柱が残っていた。
「全員逃げろ」
俺はその二つの魔法がぶつかることが避けられないと悟るや否やそう口にしていた。
エルザは一瞬で理解したようで、恐らく風の魔法で加速でもしたのだろう何も理解できていないであろうシャルを抱えて逃げ出す。ソルドも訳が分かっていないようで俺の方を向いて驚いているが、逃げろという言葉は聞こえたようで、魔物たちから離れるように走り出す。
俺が指示を出してから数秒後、俺たちの背後で火柱と水の塊が接触し、爆発が起こる。その爆発は周囲にいた魔物たちを吹き飛ばし、次第にその衝撃は俺たちへと迫ってくる。
ソルドは何かの魔法を使ったのか、かなりの距離を逃げているので大丈夫だろうが、エルザはシャルを抱えているせいであまり速度が出ていない、おそらくこのまま爆風に飲まれるだろう。
「エルザ、俺の後ろに」
俺はそう言って盾を構え、エルザは俺の後ろに伏せる。次の瞬間、盾をとてつもない衝撃が襲う。俺はそれに抗うように魔法で盾を押し返すが、一瞬で体制を崩すが、自分の体も魔法で押し、吹き飛びそうになるのをなんとか耐える。
盾を押される力が収まると同時に、俺は膝をつく。周囲は俺の後ろ以外まるで何かに食われたかのように削り取られていた。
「カイン、大丈夫!?」
俺の後ろにいた、エルザが俺のことを心配して声をかけてくる。俺は心配させまいとして手を挙げて答えようとするが、左肩にひどい痛みを覚える。おそらくは肩でも外れたのだろう。他にも体中痛いがさすが親方自慢の盾、あんな爆風受けても壊れないとはたいしたもんだ
「大丈夫だ、ちょっとソルド呼んできてくれ」
「うん、わかった」
そう言うと同時にエルザはソルドのもとへと走っていく。ソルドのやつ、よく見たらすごい遠くにいるな、いったいどんな魔法使ったんだ?
「カイン、本当に大丈夫なの?」
そんなことを言いながらシャルが俺のもとへと寄ってくる。正直な話、肩は痛いし、体ごと無理やり押してたから大丈夫じゃないが、そんなことは言う必要もないだろ。
「大丈夫だって、ほらお前もエルザの方いってこい」
俺はそう言ってみるが、額から汗が流れてくるのがわかる。シャルは渋々といった感じでエルザのほうに歩いていく。
それからすぐにソルドは俺のもとまでやってきた。
「ソルド、お前どんだけ逃げ足速いんだよ」
俺はそう言って笑ってみせるが、もう笑っているのもつらい。こりゃかなりやばいかも。
「とりあえず、肩外れたみたいだからはめてくれ」
「なんだよ、結構重症だな」
そう言って、ソルドは俺の左手の盾を外して、俺の腕を上げたりして肩の様子を見始める。
「ちょっと、持ち上げるなよ、痛いだろが」
「我慢しろ、そうしないとわかんねぇから。まあ、一気に戻しても魔法でほとんど戻せるし大丈夫だろ」
そう言って、ソルドは俺の肩を押す。その瞬間に何かがはまったような音がし、激痛が走る。
「いってぇ!」
「後は、魔法で治療するからまかしとけ」
「頼んだ」
俺はその一言を聞くと安心したのか、意識を手放してしまった。
次に、俺が目を覚ました時、俺は草の上に寝転がっていた。太陽の光がまぶしく、目を細めながら周囲を見渡し、3人の姿を確認する。
そんな俺に、いち早く気付いたソルドが声をかけてきた。
「起きたか」
俺は左手をついて上半身を起こすが、もう左肩の痛みはほとんどない。
「おう、よく眠れたよ」
「もう、大丈夫なの?」
エルザが心配そうな顔をして、そんなことを聞木ながらこちらへ歩いてくる。
「ソルドの魔法は、訳は解らないけど、効果は確かだからな」
そう言って、笑って見せる俺の後ろから草を踏む足音が聞こえてきた。
「カイン、その……ごめん」
俺が振り向くと、そこには申し訳なさそうな顔をして俯いたシャルがいた。
「なんだ、聞いたのか」
「うん、私があそこで水の魔法を使ったせいで爆発が起こったんでしょ」
まあ、実際そうなんだが。まあ、水蒸気爆発を知らないならしょうがないか? でも、普通に考えたら相殺するように火の魔法の上に水は落とさないよな。
「まあ、次から気をつけてくれればいいよ。結果的に魔物は倒せたんだし」
「うん……」
シャルは返事こそするが俯いたままである。
「こんな事いちいち気にしてたら、きりがないぞ。ほら、さっさと行くぞ」
「そうだよシャル、次から気を付ければいいんだから」
「う、うん」
シャルは頷いたが、やはり多少気にしているようだ。
まあ、時間が解決してくれるだろ。俺はそんなことを考えながら立ち上がり歩き出す。