第19話 俺はぶつかってそいつは何か隠していて
「それじゃあ、いくよっ」
エルザはそういうと同時に、剣を横に倒しながら俺に向かって走り出す。馬鹿でかい剣を持っているというのにかなりの速度である。まあ、おそらくは横なぎであろうから、近くの木の後ろにでも隠れれば大丈夫だろう。
俺は近くの木の背後に隠れ、エルザの様子を伺う。
「隠れても、無駄だよ」
木の背後にいるというのに、エルザはまるでお構いなしに剣を振るう。予想通り横に薙ぐ一太刀だがこのままじゃ、木に阻まれて……あ、そういえばエルザ、木も切り倒してたような
俺がそんなことを思い出した時には、すでに時遅し、エルザの振るう剣を避けるだけの余裕はない状態だった。
俺は、左手の盾を使い、剣を上に受け流そうとする。剣は予想通り、地面と水平な状態で俺に迫る。
次の瞬間、剣が盾と衝突し、大きな音を立てる。エルザの振るった剣から盾を通して伝わる衝撃を殺しきれず俺は体勢を崩してしまった。だが、エルザも剣が上に逸らされたことによって体勢を崩した様で、俺はその隙に体勢を立て直し、再び距離をとる。
エルザによって切られた木はゆっくりと傾き、大きな音を立てて倒れる。
それにしてもさすが親方自慢の盾、あんな攻撃受けても傷一つつかない。
「あっぶねー、木ごと俺のことを切ろうとするってどんだけ無茶苦茶だよ」
「よかったー、避けれなかったらどうしようかって思ってたんだよー」
いくら力が強くても、あんなに易々と木を切り倒せるとは思えない、だとしたら……
「魔法か」
「さすがに木なんて切り倒せば、分かっちゃうか」
「魔法はせこいだろ?」
「誰も魔法が禁止なんていってないよ。それに、武器の属性付加は許容範囲内でしょ」
俺は属性付加なんて、できねーっての。
「風属性かよ、面倒くさいな。なあ、俺も少しくらい魔法使ってもいいんだよな?」
「魔法での直接の攻撃はやめてよ?」
「了解」
さて、最近使ってないけどうまくいくかなー。
俺は右ひざを抱えるような姿勢で立ち、エルザが攻撃してくるのを待つ。
「片足で立って、避けられるの?」
「まあ、見てなって」
「どうなっても知らないよ」
そういいながら、エルザはこちらに走り出す剣の持ち方からして、おそらくは斜めから振り下ろすように切りかかってくるのだろう。それにしても、エルザは次の手を事前に読まれるような動きをしてくるな。まあ、対人ならともかく、魔物相手ならそれでも十分だが。
俺はぎりぎりまで、エルザを引き付けたところで、上げていた右足を一気に地面へと降ろす。
エルザの剣は空を切り、俺の体はエルザの遥か上へと上がる。
「すごいジャンプだけど、空中じゃ避けれないでしょ」
そういってエルザは、剣を下に構え、落ちてくる俺に狙いを定める。避けれないとか言うぐらいなら、攻撃してこなければいいのに。
「ここからが、俺の本気だよ」
俺はエルザが剣を振り上げる瞬間を狙って、空中を蹴る。すると俺の体は蹴った方向とは逆の方向に一気に移動し。エルザの剣は空振りとなる。
俺はさらに空中を蹴り、空振りをして隙のできたエルザの背後へと向かう。本来ならここからうまく着地して、エルザの首元にナイフを添えて終了のはず、だったのだが。久しぶりなこともあって、俺は着地に失敗、そのまま地面を転がり、木に衝突して動かなくなる。木にぶつかったときに肺の中の空気が一気に吐き出されたような感覚を味わった。
いろいろと驚いた様子のエルザが、俺の元へと駆け寄ってくる。
「ちょっと、大丈夫?」
「お、おう」
俺は立ち上がれずに、弱弱しく手を上げて答える。そんな俺にシャルも近づいてきて口を開く。
「カインって、あんまり強くないんだ」
「ひ、久しぶりだったから、少し失敗しただけだ」
そう言い返してみるが、俺は倒れたままなのでどうも締りが悪い。
「はいはい、言い訳はいいから」
だから、こうやってシャルに馬鹿にされる。あとで、練習しておかないとなぁ……
「とりあえず、エルザには悪いが少し休ませてくれ」
「わかった、じゃあソルドにでも……あれ、ソルドいないの?」
エルザは周りを見渡すが、ソルドはどこかに行ってしまって今はいない。
「さっきどこかに行ったぞ」
「そっかー、じゃあ私も休憩にしようかな」
そういって、エルザは近くの木陰に座り、シャルもそのすぐそばに座る。
しばらくして、俺も動けるようになり、そのまま木下に寝転がる。そんな俺の様子を見て、思い出したようにエルザが口を開く。
「そういえば、さっき空中で方向転換したのって何?」
「あれはね、ちょっと手広げてこっち向けて」
「こう?」
エルザは俺に言われた通り右手を広げてこちらに向ける。
「そうそう」
俺はそういって、エルザのほうに手を向ける。次の瞬間、エルザの手は何かに弾かれたように後ろに動く。
「あれ? これってカインの魔法だよね?」
「そう、これを足の裏に応用しただけ」
まあ、簡単そうに言ってるけど、実は結構難しいんだよねー。
「へー、じゃあ空まで跳ぼうと思えば跳べるんだ」
「跳べるけど、着地失敗したら死ぬぞ」
俺は苦笑いを浮かべながらそう答える。
「ねぇ、じゃあ私とかほかの人も跳ばせられるの?」
「上手くは跳ばせないな、たぶん吹き飛ばす感じになる。ほら、前にエルザのこと飛ばしたみたいに」
「ああー……あれはもういいや、結構痛いし」
よほど痛かったのだろうか、エルザは俺のことをジト目で睨みつける。
「そう睨むなって、あれはしょうがなかっただろ?」
「わかってるよ」
それにしてもあのときのエルザは怖かったなぁ、なんかこう親の仇でも目の前にいるかのような気迫だった。
「私も、あの時はちょっと冷静じゃなかったし」
「なんかあったのか?」
俺がそう聞くと、エルザは俯いて少し考え込む。
もしかして、聞いちゃいけないことだっただろうか?
「ああ、言いたくないなら別にいいぞ」
「うん、ごめん……」
「謝るなよ、別に悪いことしたわけじゃないだろ」
そういって、俺は笑ってみせると、エルザも笑顔で返してくれた。
言いたくないことを、無理やり言わせてもどうしようもない。旅はまだ長いんだし話したくなったらそのうち話してくれるだろ。
それから、数分が経ち、大量の薪と果物を持ったソルドが帰ってきたので、休憩を終わりにして、俺たちはまた、歩き出した。