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雑に扱われた令嬢タッグ。幼馴染に婚約者を取られた令嬢と、病弱な妹に婚約者を取られた令嬢が手を組んだ

掲載日:2026/08/14

誤字報告ありがとうございます!

大変助かっております!


「すまない!

 リリアがまた熱を出したんだ!

 食事はまた今度にしてくれ!!」


婚約者にデートの約束をすっぽかされた。


彼の幼馴染の女の子が、また熱を出したらしい。


彼の病弱な幼馴染は、私とのデートの度に熱を出す。


彼に約束をすっぽかされるのは、これで十回目だ。


王族主催のパーティーのエスコートをすっぽかされ、入手困難な劇団の舞台鑑賞をすっぽかされ、予約を取るのに一年かかるレストランでの食事の約束をすっぽかされ、百年に一度の流星群の鑑賞をすっぽかされ、誕生パーティーのエスコートをすっぽかされ、プレゼントすらない。


彼を責めれば、「病人を優先して何が悪い! お前には人の心がないのか! 悪魔!!」と逆ギレされた。


いい加減、デートを邪魔する彼の幼馴染に頭にきていた。


その病弱な幼馴染に一言文句を言わなくては、私の気が収まらない。


というわけで、彼の幼馴染の家にやってきた。


彼の幼馴染はディーメ伯爵家の次女でリリアという名前だ。


ディーメ伯爵家は、歴史と伝統のある家だ。

当主が優秀なのか、領地経営も上手くいっているようだ。


リリア嬢は、高熱を出して寝込んでいるので、対応出来ないという。 


代わりに私を出迎えたのは、彼女の姉のクラーラという女性だった。


男を手玉にとっているリリア嬢の姉だから、彼女も似たり寄ったりの性格に違いないと思っていたのだが……。


クラーラと名乗った女性は、酷くやつれた顔をした、気の弱そうな令嬢だった。


謝罪が面倒で、メイドを令嬢に仕立て上げたのかと一瞬疑ってしまった。


しかし、彼女の所作や話し方は洗練されていて、とても平民には思えない。


ということは、彼女は本当にリリア嬢の姉で、クラーラ伯爵家の後継ぎなのだろう。


それにしても、クラーラ様はとても顔色が悪い。

妹ではなく、彼女が病気なんじゃないかと疑ってしまう。


玄関での立ち話も何なのでということで、私は応接室に案内されることになった。


クラーラ様の後に続いて廊下を歩いてると、背後からズカズカという足音と共に若い男が現れた。 

男の顔は整っていたが、あまり賢そうには見えなかった。


「ブラッツ様……今日のお約束は……。

 それに、今は来客の対応中でして……」


「そんなことはどうでもいい!!

 クラーラ、お前はまたリリアを虐めたそうだな!!

 彼女が僕に泣きついてきたぞ!!」


「ブラッツ様、来客中です。

 どうか声のトーンを控えてください。

 お叱りは後で受けますから……」


「そんな嘘には騙されないぞ!

 お前は本当に酷い女だ!

 なぜ、病弱な妹を虐めるんだ!!

 お前には人の心がないのか!!

 君みたいな女が僕の婚約者なんて最低だ!!」


どうやら、このガミガミ男はクラーラさんの婚約者らしい。


こうやって婚約者を一方的に責める男を見てると、嫌悪感が湧いてくる。


私の婚約者のアンゼルも彼と同じタイプだ。それもあって、私は出会って数分でこの男が大嫌いになった。


クラーラさんは、「申し訳ございませんでした。ブラッツ様を不快にさせてしまったことをお詫びいたします」と言って頭を下げていた。


きっと、彼に正論をぶつけても無駄だと諦めてしまっているのだろう。


「この件は君の親にも報告する! うんと酷い罰を受けるがいい!!」


自分の気持ちを吐き出して、気が済んだのか、ガミガミ男は帰っていった。


第三者である私がいるのに、あれだけ怒鳴っていたのだ。


彼と二人きりの時、彼女はどんな酷い言葉を浴びせられているのだろう?


考えただけで、背筋が寒くなりました。


なんだか、クラーラ様に怒る気がしなくなってきたわ。


「失礼いたしました。 

 私の婚約者がご不快な思いをおかけしまして、申し訳ございません。

 遅くなりましたが、応接室にご案内いたします」

 

クラーラ様は私に謝罪し、応接室への案内を続けようとした。


その時……。


「ちょっと、あなたの妹はどうなっているの!」

 

新客が現れた。


「あなたの妹のリリア嬢は、当家のお茶会をめちゃくちゃにしたのよ!!」


次に現れたのは髪を縦ロールにした令嬢だった。


「リリア嬢を今すぐここに呼んできなさい!!」


縦ロール令嬢は、額に青筋を浮かべクラーラ様に命令した。


「申し訳ございません。

 妹は熱を出して寝込んでおりまして、ご用件は姉の私がお伺いいたします」


「なら、あなたで構わないわ!

 あなたの妹は、私の婚約者に色目を使い、私のドレスにわざと水をかけ、私が注意すれば私に虐められたと嘘泣きを始め……」


縦ロール令嬢のお説教は十分以上に及んだ。


その間クラーラ様は、ひたすら頭を下げ続けていた。


「妹をしっかり教育しなさいよね!」


縦ロール令嬢は、そう言ってドスドスと音を立てて帰って行った。


来客の訪問時間が被るように、設定する人間はいない。


おそらく、先ほどのガミガミ男も縦ロール令嬢も、先触れもなくやってきたのだろう。


クラーラ様は「お見苦しいところをお見せしました。大変、お待たせして申し訳ございません。どうぞ応接室へ」と申し訳なさそうに頭を下げた。


これだけ酷い言葉を立て続けに浴びせられても、彼女は泣き言ひとつ言わず、私への謝罪をきちんと行っている。


自分のしでかしたことで頭を下げるならまだしも、妹の不始末の為に謝罪するなんて、相当ストレスを感じているだろうに……。


もしかしたら、心が折れそうになっているかもしれないのに……。


それでも彼女は、自分の役割をきちんと、果たそうとしている。


そんな彼女を見ていたら、怒りはどこかへ消えていた。


「いえ結構です。

 私が言いたかったことは、彼女たちが言ってくれましたから。

 これ以上あなたを責める気持ちはありません。

 お忙しいところお邪魔いたしました。

 どうかお大事になさってください」


「お大事に」と言ったのは、リリア嬢にではなく、クラーラ様にだ。


クラーラさんはポカンとした表情をしていた。






「お待ちください! ショルツ伯爵令嬢!」


玄関まで戻った時、クラーラ様に呼び止められた。


彼女の息は上がっていた。どうやら走って追いかけてきたようだ。


「お呼び止めして申し訳ございません!」


「いえ、構わないわ。

 私に何かご用でも?」


「ショルツ伯爵令嬢は、どうして私を責めないのですか?」


「あなたは、婚約者と見知らぬ令嬢に叱られていました。

 あれだけ他の方に責められているのを見たら、あなたを責める気にはなりません」


私はそう答えた。


彼女は、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしていた。


私、そんなにおかしなこと言ったかしら?


「あなたの婚約者を見ていたら、自分の婚約者を見ているような気分になったのです。

 彼に幼馴染を優先しないように注意したことがあるのですが、酷く責められました。

 『病弱な幼馴染を優先するのは当たり前だ! 君には人の心がないのか!』と。

 そのせいか、あなたには親近感を覚えてしまって、そんな方を怒ることはできません」


彼女とは初対面なのに、他人のような気がしない。


「クラーラ様、もしよろしければあなたを当家にご招待したいのですが」


クラーラ様は困惑の表情を浮かべていた。


「別に謝罪を要求したり、責めるために呼びつける訳ではありません。

 あなたと、楽しくお茶を飲みたいと思ったのです」


クラーラ様は、日々、あのようなストレスに晒されているのだ。

彼女には憩いの場が必要だ。


「そういう心配はしていません。

 ショルツ伯爵令嬢は、今までの方とは違いましたから」

 

私は、ガミガミ男やヒステリック縦ロール令嬢と同列にされなかったことに、ほっとしていた。


「そうではなく……単純に時間がないのです。

 両親の代わりに領地経営をしなくてはいけませんし、来客の対応もしなくてはいけません」


領地経営は当主がすることだ。

そして、リリア嬢が外で問題を起こしたのなら、その責任は親が取るべきだ。


彼女の両親は、仕事をクラーラ様に押し付けて暇なはずなのに、何をやっているのかしら?


「家族は、私が私用で外出することを許可しないでしょう」


そう言った彼女の表情は暗い。


「ではご家族にこう伝えてください。

『ショルツ伯爵家の令嬢に呼び出されました。呼び出しに応じなければ、慰謝料を請求すると脅されています』と」


クラーラさんは目を丸くしていました。


「あ、大丈夫です。

 本当に慰謝料を請求したりしませんから。

 これはあなたを呼び出すための口実です。

 私が言ったとおりに伝えれば、ご家族はあなたの外出を止めないはずです」


クラーラ様は「伝えてみます」と言った。


少しだけ、彼女の表情が明るくなった気がした。




◆◆◆◆◆◆




――数日後、ショルツ伯爵家――





彼女は、私との約束の時間ぴったりに現れた。


「どうやら、ご家族は納得してくれたようですね」


「はい、ショルツ伯爵令嬢の助言の通りの言葉を両親に伝えたら、『すぐに行ってこい!』と言われました」


「よかったですね」


「ええ。

 ですがこうも言われたんです。

 もし謝罪に失敗したら、私の結婚式の費用から慰謝料を捻出しろ……と」


もはや、それは虐待を通り越して搾取だ。


彼女が実家でどのような扱いを受けているのか、手に取るようにわかった。


毒親と毒家族に怒りが湧いてくる。


それよりも、今は彼女をリラックスさせるのが先決だわ。


私は庭園にあるガゼボに、彼女を案内した。


彼女はガゼボの周りに咲く色とりどりの花に、目を細めていた。


「このような空間で、ゆっくりお茶をいただくのは久しぶりです」


お茶を一口飲み、彼女は穏やかに微笑んだ。

 

心なしか、彼女の顔色が回復したような気がする。


「いつもあのように、リリア嬢の代わりに謝罪をしているのですか?」


私の質問に、彼女は顔を曇らせた。


「妹は昔から病弱で……両親は妹につきっきりでした。

 あの家は、私が幼い頃から妹を中心に回っていました。

 私のものは全部妹に譲るように言われ、

 妹の要望を受け入れるように強要されました」


それは一言で言うと地獄ね。


「私が十五歳になると家の仕事を任されるようになり、

 妹が外で面倒を起こす度に、謝罪に行くように命じられました。

 婚約者のブラッツ様も、妹のことが好きなようで……。

 妹の言葉を鵜呑みにし、私に辛く当たるのです……」


説明を聞いただけで、悪寒がしてきました。

彼女の周りには、彼女から搾取する人間しかいなかったのね。


「私の婚約者のアンゼル様も、私に酷い言葉を投げつけてきます。

 私はそれだけでも、心に大きな傷を負っています。

 あなたは、婚約者だけでなく、妹や、ご両親にも心無い言葉を浴びせられているのですね。

 その上、他人にまで怒鳴られ……。

 本当に、なんて言葉をかけていいのか……」


可哀想なんて言葉では足りないくらい、彼女の人生は悲惨だわ。

 

「そんなふうに、私に同情してくださるのは、ショルツ伯爵令嬢だけですわ」


彼女がやっと明るい表情を見せた。


「今日あなたをここに呼んだのは他でもありません。

 私と手を組んで欲しいからです」


「手を組むとは?」


クラーラさんが困惑の表情を浮かべる。


「私、婚約者のアンゼル様の女癖の悪さと暴言には辟易しておりましたの。

 ですが、相手は格上の侯爵家の次男。

 なので簡単に婚約を破棄できなくて困っておりました」


「そうなんですね。

 私の婚約者のブラッツ様も侯爵家の次男です」


「私はショルツ伯爵家の長女として、家を継ぐ身。

 あなたもそうなのではありませんか?」


「はい、私もディーメ伯爵家の長女で後継ぎです」


私もクラーラ様も伯爵家の長女で、婿を取る立場だ。

婚約者は侯爵家のポンコツな次男坊。

婿養子に入る身なのに、横柄で傲慢で女癖が悪い。

共通点が多い。


「私、アンゼル様との婚約破棄を考えています。

 あなたの協力があれば可能なんです」


クラーラさんは目をぱちくりさせた。


「もちろんあなたに損をさせませんわ。

 あなたはいいのですか?

 問題ばかり起こす妹、妹ばかり可愛がる両親、妹の肩を持つ婚約者。

 彼らに一生こき使われ、彼らの為に人に頭を下げ続ける人生でも」


「それは……」


きっと彼女は、今までそんなことを考える余裕がないくらい、こき使われ、搾取されてきたのだ。

 

もしかしたら、あえて最悪な未来を考えないようにしていたのかもしれない。


「言い難いのですが、あなたの立場は私よりも悪いですわ。

 私の両親は私を可愛がってくれていますし、私には病弱な妹もいません。

 だから私がこの家を継ぐのは確定事項です」


私は一度、言葉を区切った。


「だけどあなたは違う。

 両親との仲は悪く、病弱とはいえ妹がいる。

 想像したことはありませんか?

 ご両親が病弱な妹さんに家を継がせる未来を。

 あなたの婚約者を、妹のリリア様に譲るように言われる瞬間を。

 そうなったら最後、あなたは一生あの家で召使いのようにこき使われ、休みなく仕事をさせられ、手柄は横取りされ、不始末を押し付けられのですよ」


クラーラさんの顔色がみるみる青ざめていく。


彼女の手にしていたティーカップが、カタカタと震えていた。


少し気の毒なことをしてしまったわね。


だけど、膿を取り除く為には、血を流す必要があるのよ。


「私が当主になれば……、結婚すれば…み、みんな変わってくれると思っていました。

 でも、そんなのは……自分をごまかすための言い訳に過ぎなかったのですね!」


堪えていたものが一度に溢れたのだろう。

彼女は手を顔に当てて泣き出してしまった。


私はポケットからハンカチを取り出し、彼女の涙を拭った。


「大丈夫です。

 取り返せばいいのです。

 あなたの人生は、あなたのものなのだから」


「取り返す……!

 そんなこと、可能なのでしょうか?」


私は、クラーラさんの目に希望の光が宿ったのを見逃さなかった。


「あなたには私がついています。

 一人ではありません」

 

「ショルツ伯爵令嬢……!」


「あなたが私に協力してくれれば、あなたはご両親からも妹からも婚約者からも解放されます」


「あの人たちから解放される……!」


彼女の瞳に宿った光は、みるみる輝きを増していく。

 

私は彼女に希望を与えた。

希望を知ってしまった彼女は、もう元の生活には戻れないだろう。


私は心強い協力者を得たのだ。


「念のためにお聞きしますが、今の婚約者との婚約を続けたいと思ってますか?」


「いいえ」


彼女は間髪入れず答え、首を横に振った。


「私、本当はずっと腹が立っていたんです。

 妹だけを可愛がる両親にも、妹の言うことだけを信じる婚約者にも、妹の肩を持ち私をぞんざいに扱う使用人にも……。

 でも一番嫌いなのは、私のものを当然のように奪っていく妹です!」


彼女は拳を握りしめ、一気に言葉を吐き出した。


感情を吐き出してすっきりしたのか、クラーラさんは先ほどより穏やかな顔をしている。


「私……こんな醜い感情持っていて」


「いいんですよクラーラさん。

 今まで散々虐げられてきたんです。

 自分を虐げてきた人たちを、聖女のように皆を慈しむなんて不可能です。

 恨んで当然、憎んで当然です。

 それが人間というものです大丈夫です」


私は彼女の肩に手をおき、彼女の瞳を見つめ、優しく語りかけた。


「さあ、不要になったものを切り捨てましょう。

 そして、新しい人生をスタートさせるのです。

 私は浮気者の婚約者を捨てます。

 あなたは病弱な妹と、あなたを愛さなかった両親と、あなたを邪険に扱う婚約者から解放されるのです」


「はい!」


彼女は私の手を取り、力強く頷いた。




◆◆◆◆◆





「お伺いしたいのですが、あなたの妹さん本当にご病気なのですか?」


私はリリアさんに直接会ったことはない。

だが、リリアさんはローレン侯爵家のお茶会で粗相し、侯爵家令嬢を激怒させている。

少なくとも、茶会に出席するだけの体力はあるということだ。


「私にもよく分からないんです。

 でも……妹の顔色はとてもいいんです」


姉のクラーラさんすら、病状を正確に把握していないのね。


「だけど両親も、ブラッツ様も『リリアは病気なんだ!』と決めつけて譲らないんです。

 妹も『私は病気なのよ!』と言い張って、問い詰めると癇癪を起こして手に負えません」


クラーラさんは目を伏せ、静かに首を横に振った。


「そのくせ、私のところに招待状が来ると『私も行きたい!』と言って駄々をこねるんです。

 私が、あなたは病気なのだから、家で大人しく休んでいなさいと言っても聞かなくて……」


クラーラさんは、深く息を吐いた。


典型的な自称病弱娘の症状ね。


「お医者様は何とおっしゃっているの?」


「お医者様も、リリアは子供の頃から珍しい病にかかっていて、治療が必要だと……」


「主治医の先生のお名前は?」


「ゲロン・マーロウ先生です」


ゲロン・マーロウと言ったら藪医者で有名だ。そんなやつに診せていたのね。


「妹は先生に診てもらう時、私にも使用人にも席を外すように言うんです。

 両親さえ、その場に立ち会えません」


ほうほう、診察するときはゲロン先生とリリア嬢の二人きりなのね。


「それから先生が帰った後、妹のアクセサリーがなくなっていることがあって……。

 その度に、私が盗んだと疑いをかけられるんです。

 時には私のアクセサリーがなくなっていることもあります」 


なるほど、なるほど。


「他の先生に診てもらったことは?」


「ありません。

 妹が『ゲロン先生じゃないと嫌だ』と言ってきかなくて……」


主治医は薮医者で有名なゲロン・マーロウ。

診察の時は医者とリリア嬢の二人きり。

診察後に無くなるアクセサリー。

やたら元気な患者。

これらの情報を統合すると……。


「おそらくですが、リリア嬢はゲロン先生に賄賂を渡し、偽の診断書を書かせているのでしょう。

 賄賂に使ったのはリリア嬢やクラーラ様のアクセサリー」


「そんなっ!?」


「ゲロン・マーロウといえば藪医者で有名ですからね。

 そのくらいのことをしていても、おかしくありません」


薮医者とわがまま娘が手を組んでいるのね。


「リリア嬢は、病弱なままでいられます。

 ゲロン先生は賄賂で懐が潤う。

 お二人はwin-winの関係なのでしょう」


「何ていうことを……!

 病気をそんなことに使うなんて!

 許せません!」


クラーラ様は憤りを顕にしていた。


「落ち着いてくださいクラーラ様。

 病名を偽り、家族の関心を得ていたリリア嬢に腹が立つのもわかります。

 ですがいいこともあります。

 これで、リリア嬢を遠慮なく切り捨てることが出来ます」


「確かに、そうですわね」


クラーラ様は、ご自分の胸に手を当て深呼吸をしていた。

そうすることで、湧き上がってくる怒りを抑えているのでしょう。


「妹とゲロン先生の悪事を暴いてやりますわ!」


「落ち着いてくださいクラーラ様。

 ゲロン先生には、利用価値があります」


「利用価値?」


「ゲロン先生はリリア嬢に買収されています。

 あの手の人間は、もっと金を払えばそちらになびくでしょう。

 叩けばほこりが山ほど出てくるでしょうから、弱みを握って言いなりにするという手もあります」


「そんなことが可能なのですか!?」


貴族家の当主ともなれば、闇から闇に人を葬ることもある。

伯爵家の後継ぎである私は、そういう闇の部分にも深く関わっている。


薮医者の弱みを握って懐柔するなど朝飯前だ。


「やってみるだけの価値はあります」


「でも妹が本当に病気だったら……」


「リリア嬢が本当に病気なら、そんな薮医者に任せていては駄目ですわ。

 専門の施設に入れて、名医にしっかり診てもらうべきです」


「クラーラ様のおっしゃる通りだわ」


私だって鬼ではない。

リリア嬢が本当に重い病を患っているというのなら、ちゃんとした医者に診てもらい、適切な治療を施してもらうつもりだ。


「では決まりですね

 ゲロン先生は私が攻略しておきます」


「よろしくお願いします。

 それで、私は何をすればよろしいのですか?」


「お屋敷で今まで通りお過ごしください」


今まで通りに過ごすのが一番辛いかもしれないが、耐えてもらうしかない。


「時が来たらこちらから連絡します。

 私の指示通りに動いてください」


「分かりました」


クラーラ様は私の目を見て、力強く頷いた。

 

「ショルツ伯爵令嬢に、全部やらせてしまって……すみません」


「そんなかしこまる必要はありませんわ。

 私たちには共通の敵がいる。

 その敵を協力してそれを倒すだけです」


適材適所。

私は裏で動き、クラーラ様には表で動いていただく。


「あなたの協力なしでは敵を倒せないのです。

 私たちは協力関係にあります。

 上でも下でもありません」


「そう言っていただけると、心が楽になりますわ」


クラーラ様は私をキラキラと瞳で眺めてきた。


おそらく彼女には、このように話を聞いてくれる人も、味方になってくれる人もいなかったのだろう。


「私たちは家の跡継ぎとして、領民を守る義務があります。

 その障害になるものは、徹底的に排除しなくてはなりません」


「はい」


そう返事をしたとき、彼女の瞳にゆらぎはなかった。

彼女が裏切ることはないでしょう。


あとは準備を整えるだけね。




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆





――クラーラ視点――



子供の頃から「姉なんだから我慢しなさい!」、「妹は病弱なんだから優しくしなさい!」と両親に言われ続けた。


両親はずっと妹の味方。

彼らは、妹の話を鵜呑みにして、私を悪者だと決めつけた。


妹が外で問題を起こしたら、「姉のあなたが謝りに行きなさい!」と私に命じた。


「それでは親のあなたは何をするのですか? 妹の製造責任を果たさないのですか?」と疑問に思ったことは一度や二度ではない。


婚約者のブラッツ様は、「病弱な妹をいじめるなんて、君は冷たい!」と私を責めた。


両親も婚約者も可愛らしい妹を愛した。


病弱なはずの妹は、なぜか私の元にお茶会の招待状が届くと私にくっついてきた。


私が「あなたは体が弱いのだから家で休んでいて」と諭すと、妹は「お姉様が意地悪する」と癇癪を起こし、両親は「病弱な妹を虐げるなんてお前は悪魔か!」と私を責めた。


仕方なく妹と一緒にお茶会に出席すれば、妹は必ず問題を起こした。


両親は「連れて行ったのに面倒見なかったお前が悪い!」と言って、私に謝罪に行かせた。


なぜ私は、いつも妹の尻拭いをしなくてはいけないの?


私には幸せになる権利はないというの?


年頃になった妹は、あちこちの男性に声をかけて侍らせるようになった。


妹が気に入るような見た目のいい男性には、当然婚約者がいた。

婚約者の令嬢たちから、呼び出しを受けては、謝罪をする日々が始まった。


……疲れていた。とても疲れていた。




ある日、妹が幼馴染のアンゼル様に手を出し、その婚約者に謝罪することになった。


妹は、『高熱が出た』と言って部屋で休んでいる。

都合の悪いとき、妹はいつも体調を崩す。


アンゼル様の婚約者は、ショルツ伯爵家のご令嬢だった。

ショルツ伯爵令嬢は、きっと烈火のごとく怒っているだろう。

お茶をかけられたり、引っ叩かれるくらいは覚悟しておかなければならない。


だがショルツ伯爵令嬢は、今までの方とは違った。


自分を屋敷に呼びつけるのではなく、当家にやって来るという。

それも、ちゃんと先触れを出してから会いに来るという。


今までにも当家に訪ねてくる人はいた。

だがそのほとんどが、先触れもなくやってきて、怒鳴り散らしていった。

物を投げつけられたり、叩かれたりすることもあった。


ショルツ伯爵令嬢は、上等な馬車でやって来て、優雅に降り立った。

彼女の所作は、まるで白鳥のように美しかった。


彼女は、出迎えた私を睨みつけることも、罵倒することもなかった。

優雅に自分の名前を名乗り、上品にカーテシーをした。

私もカーテシーを返し名前を名乗った。

彼女は妹ではなく、姉の私が対応していることに少し驚いた様子だった。


ショルツ伯爵令嬢は、他の人たちとは違うのかもしれない。


彼女を応接室に案内するために、廊下を歩いていると……。


ブラッツ様がやってきて、「またリリアを虐めたな!」と罵られた。


彼がようやく帰ったと思ったら……、今度はローレンツ侯爵令嬢がやってきた。


彼女は、お茶会でリリアが恥をかかせた女性だ。

ローレンツ侯爵令嬢は、額に青筋立て私を罵倒し、気が済むと帰って行った。


なんて日なの。

一日に三人に謝罪しなくてはいけないなんて……。


ブラッツ様もローレンツ侯爵令嬢に謝罪している間、ショルツ伯爵令嬢を廊下で待たせてしまった。


この件についても謝罪しなくてはいけない。

ショルツ伯爵令嬢はとても怒っていて、酷い言葉を浴びせられると覚悟していた。


だが、彼女はとても冷静で、怒るどころか、私に対して憐れみの表情を浮かべていた。


彼女は私を叱責することはなく、「あなたを見ていたら、なんだか怒る気がしなくなったわ」そう言って踵を返した。


呆然と彼女の後ろ姿を眺めていた。


しばらくして、我に返った私は、彼女の後を追いかけていた。


彼女ともう少し話がしたかったのだ。


いくつか言葉を交わした後、私は彼女の屋敷に招待されることになった。


私が「私用で家を出られるかわからない」と伝えると。


彼女は「でしたら『ショルツ伯爵令嬢に呼びつけられた。来なかったら慰謝料を請求すると脅された』と、説明すればいいのよ」と言ってくれた。


何だか不思議な人だった。

このような方に会ったのは初めてだ。


私は、ショルツ伯爵令嬢に教わった言葉を両親に伝えた。


両親は「さっさと謝罪に行け! もし慰謝料を請求されることになったら、お前の結婚式の費用から出してもらうからな!」と私を怒鳴り、理不尽な要求をした。


なぜ妹の不始末のために、私の費用が減らされるの?


苛立ちと憎しみと焦燥感が私の心の奥でとぐろを巻き、どす黒い闇の波動を放っていた。




◆◆◆◆◆




後日、ショルツ伯爵家に伺うと、執事が丁寧に迎えてくれた。

私は庭園にあるガゼボに案内された。


ショルツ伯爵令嬢は、相変わらず素敵で、私に優しい言葉をかけてくれた。


それから、お茶を勧めてくれた。


久しぶりにお茶をゆっくりと味わった。

ひと時でも家族から解放され、張り詰めていたものが解れたのか、私の目から涙が溢れていた。


ショルツ伯爵令嬢は、甘い香りのするハンカチで私の涙を拭ってくれた。


それから彼女は言った。「私とあなたは同じ立場」だと。


私は最初その言葉の意味が理解できなかった。


彼女は「家を継ぐ立場でありながら、婿養子に入る婚約者に邪険に扱われている。相手が格上の貴族なので文句も言えない」と続けた。


ショルツ伯爵令嬢は、「二人で力を合わせれば、彼らとの婚約を破棄し、自分の人生を取り戻すことができるわ」と私の目を見て言った。


私は彼女の言葉に、静かに、しかし力強く頷いた。


私は心底うんざりしていたのだ。


横暴な婚約者にも、病弱でわがままな妹にも、妹ばかりを可愛がる両親にも……!


心の奥底で大蛇のようにとぐろを巻いていたどす黒い感情が、力を得て、身体中に広がって行くのを感じた。


彼女の言葉は、悪魔のささやきだったのかもしれない。


だが、あの四人から解放されるのなら、それでも構わないと思った。


神様も天使も私を助けてくれなかった。


甘い言葉を囁いたのが悪魔でも、私は従うと決めた。





◆◆◆◆◆




――一カ月後――



ショルツ伯爵令嬢からの知らせが届いた。

待ちかねていた知らせに胸が高鳴った。


ショルツ伯爵令嬢の使いから、手紙と二種類の薬を預かった。


手紙は読んだら燃やすように書かれていた。


手紙には、ゲロン先生の弱みを握り懐柔出来たこと、ターゲットを闇に葬る薬が完成したことが書かれていた。


読んだとき、心底がドクンドクンと音を立てていた。


恐怖からではない。

嬉しさからだ。

やっと、彼らから解放されるのだ。


それが猛毒でも、彼らに飲ませる覚悟はあった。


だが、私の予想に反してそれは毒薬ではなかった。


ある植物から抽出したエキスで、飲むと一時的に体に発疹が現れる薬だった。

解毒剤もあり、ちゃんと治療すれば数日で治るという。


ただ、それを知らない人間が見たら、体中に謎の発疹が出来たように見える。


顔中に不気味な吹き出物が現れ、それが一生治らないと医師から告げられたら……彼らは発狂するかもしれない。


ショルツ伯爵令嬢の使いから手渡されたのは、発疹が出る薬と、その解毒剤だった。


決行日の前日、私は妹と両親のお茶に発疹が出る薬を混ぜた。

私は、解毒剤をしっかりと飲んでおいた。


ゾクゾクするわ。

明日が楽しみだわ。





◆◆◆◆◆





その日の朝は、妹の大音量の悲鳴から始まった。

私が部屋に駆けつけたとき、すでに両親と何人かの使用人がいた。


妹の顔や手には赤い斑点のような、吹き出物が多数出来ていた。


妹は、「私の顔が! 美しい顔が!!」と泣きわめいていた。


妹に入れる薬の量だけ、他のターゲットより多くしたので、症状が重く出たのだろう。


妹が泣いているのを見ても、私の心は何も反応しなかった。


私が泣いているとき、妹は私を見下し嘲笑っていた。そんな子に同情する気持ちにはなれない。


「お姉様のせいよ! お姉様に連れて行かれた場所で、きっと病気を移されたのよ!!」


妹は私に気づくと、ベッド脇のテーブルにあった櫛やペンを投げつけてきた。


「よくもリリアをそんな場所に連れて行ったな!! クラーラ、お前は最低だ!!」


「そんな娘を持って私は恥ずかしいわ!!」


両親は鬼のような形相で私を責めた。


いつものことだ。妹に何かあれば私の責任にされる。


いつもと違うのは、今回は、本当に私が原因だということだ。


だが、彼らに謝罪する気にはなれなかった。


両親はいつも私を鬼だ、悪魔だと責めた。なら、本物の悪魔になってあげるわ。


私は彼らの惨状を見ながら、腹の中で笑っていた。


「そんなことよりも、先生に診てもらうのが先だわ!

 ちょうどゲロン先生が往診にいらしているの!

 診てもらいましょう!」


私が「騒いでるだけでは治らないわ!」と伝えると、彼らはおとなしく往診に応じた。


ゲロン先生はいつも一人で来るのだが、今日は若くてハンサムな助手が二人もついていた。


妹は、見目麗しい青年を見ると黄色い声を上げるのだが、今日ばかりは他人の容姿を気にしている余裕はないらしい。


ゲロン先生は、妹の症状を見て顔色を変えた。


彼は「これは伝染する病だ! 飛沫感染する! すでにご両親にも移っているかもしれない!」ともっともらしい嘘をついた。


両親の顔色が見る見る青ざめていく。


父が「腕が痒い」と言って、服を捲ると、腕に妹と同じ発疹ができていた。


母が同じように腕を捲ると、彼女の腕にも発疹が出来ていた。


両親と妹はゲロン先生に、「治るんですよね!? 助かるんですよね?!」と迫った。


三人ともいつもの澄ました顔が台無し。潰れたカエルのような顔をしていた。


私は笑いを堪えるのに必死だった。


「もちろん治る病気だ。

 だが後遺症を残さないためには、初期段階で、適切な治療を施さなくてはならない!

 そのためには専門の病院への入院が必要だ!」


ゲロン先生は鬼気迫る表情でそう告げた。


迫真の演技だわ。

先生はそうやって、妹や他の患者を病人に仕立てていたのね。


両親と妹の顔に希望の光が宿る。


ゲロン先生は「だがこの治療には危険が伴う! なので同意書を書いてもらう!」と続けた。


“同意書”という言葉に、両親と妹は焦りの表情を浮かべる。


「そんなものを書いて大丈夫なのか?」と父が不安げに呟いた。


「同意書を書かなくても、別にかまわん。

 ただ、このままここにいても病が進行するだけだぞ」


ゲロン先生は眉間に皺を寄せ、脅すように告げる。


「事態は一刻を争う!

 早く治療しなければ、症状が固定化してしまうぞ!

 そうなっては手遅れだ!

 薬を飲んでも治らないぞ!」 


ゲロン先生がまくし立てると、両親と妹は肩をビクリと震わせた。

彼らの顔色は青を通り越して土気色だ。


「書く! 同意書を書くわ!

 早く紙とペンを持ってきて!!」


妹が叫ぶように命じた。


「わしも同意書に署名する!」

「私も書くわ!」


両親も同意書を書く意思を示した。


先生が鞄から同意書を取り出し、決められた箇所にサインするように促した。


三人は、書類に目を通すことなく署名した。


サインする書類が複数枚に及ぶことに、何の疑いも持たなかった。


「同意書にサインしたわ!

 私たちを早く病院に連れて行ってよ!」


妹がゲロン先生を急かした。


「待ちなさい! 書類に不備がないか確認するのが先だ!」


ゲロン先生は三人から書類を受け取り、サインを確認していた。


ゲロン先生は、「最近は老眼が進んでよく見えん。助手よ、お前が書類に不備がないか確認しなさい」と言って、助手に書類を手渡した。


助手は素早く書類を確認し、「不備はございません」と告げた。


先生の助手は「控えはご家族が保管してください」と言って書類を私に手渡した。


「伯爵家で馬車を用意していたので間に合わない! わしが乗ってきた馬車に乗りなさい!」


両親と妹はパジャマだったが、先生は「着替えている時間などない! 顔に跡が残ってもいいのか!」と脅し、三人を部屋から連れ出した。 


三人はゲロン先生が乗ってきた馬車に乗せられ、病院へと連れて行かれた。


この家に二度と戻れないとも知らずに、哀れね。




◆◆◆◆◆



ゲロン先生は今まで妹に買収され、妹の病をでっち上げてきた。

私が理不尽に虐待されたのは、半分は彼のせいだ。


だけどゲロン先生は今、ショルツ伯爵令嬢に過去の罪を洗いざらい暴かれ、彼女に首根っこを掴まれてる状態だ。


彼は一生、ショルツ伯爵令嬢の言いなりなんだと思うと、少しだけ気が晴れた。


それに、ゲロン先生にはもうひと仕事してもらわなくてはいけない。

それまでは自由を謳歌してもらう。

私も妹に負けず相当に性格が悪い。


両親がサインをした書類は、四枚。

一枚目は、私にこの家の全ての権利を譲るという書類だ。

二枚目は、ディーメ伯爵家から籍を抜き平民になるという書類。

三枚目は、治療方針について私に一任し、例え病状が改善しなくても私を訴えないという書類。

四枚目は、今後は私の監視下に入り、私の許可がなければ退院出来ないという書類。


そんな書類に読みもせずにサインをするなんて、愚かな人たちだ。

その書類を私が保管することに疑問を持たないなんて、病だと聞かされて、相当焦っていたのね。


彼らは今後、病院から一歩も外に出ることはない。


さようなら、私を傷つけた家族。

二度と会うことはないでしょう。





◆◆◆◆





翌日、ゲロン先生は再び当家を訪れた。今回も、助手の二人と一緒だった。


ゲロン先生は、リリアを世話していたメイドを集めこう告げた。


「伯爵夫妻とリリア様の病状は思ったよりも悪かった。

 もしかしたらリリア様の世話をしていたメイドにも移っているかもしれない」


彼女たちは自分の腕に発疹が出ているのを見て、青ざめていた。


妹を持ち上げ、私を軽んじていたメイドたちにも同じ薬を飲ませていた。


存分に恐怖を味わうといいわ。


「理由はともかく、病にかかったメイドを屋敷に置くわけにはいかないわ。

 もしかしたら妹が使用人に病を移したのではなく、使用人が妹に病を移したのかもしれない。

 もしそうだった場合、あなた方に慰謝料を請求するわ」


私が冷酷にそう告げると、彼らは真っ青になって泣きついてきた。


「お嬢様、どうか助けてください!!」と。


私をぞんざいに扱っていたくせに、よくもそんな厚かましいお願いができるわね。


「今日のことを誰にも言わなければ慰謝料は請求せず、病院で治療してあげる」


私がそう伝えると、彼らは「ありがとうございます!」と言って内容を読まずに書類にサインをした。


誰のせいでそんな発疹が出てきているのかも知らずに、私に感謝するなんて愚かな人たちだわ。


私は笑わないように、指で身体の一部をつねりながら、彼女たちの対応にあたった。


昨日と同じように、ゲロン先生は助手に書類を確認させ、確認した書類を私に手渡した。


彼らがサインした書類は三つ。

一つ目は、今回の発疹について、ディーメ伯爵家に責任を問わないというもの。

二つ目は、今後の治療方針については私に一任し、症状が改善しなくても訴えないというもの。

三つ目は、退院には私が許可が必要というもの


彼女たちにも、病院行きの片道馬車に乗ってもらった。




◆◆◆◆◆




さらにその翌日。


妹の病に関する重大なお知らせがあると言って、ブラッツ様とアンゼル様を呼び出しました。


アンゼル様の婚約者であるショルツ伯爵令嬢にも来ていただいた。


ショルツ伯爵令嬢にお会いするのはあの日以来だわ。

相変わらず気高く美しいお方。


だけど、再会を喜んではいられない。

戦いはまだ終わっていないのだから。

ショルツ伯爵令嬢に取っての戦いはこれから、気を引き締めていかなくては。


「リリアが入院したらしいな!

 お前がリリアを連れて行った場所で、彼女は病を移されたに違いない!

 お前のせいでリリアは入院したんだ!

 この疫病神!」


私の婚約者のブラッツ様が、私を責めた。


「君がちゃんとリリア嬢を見ていないから、こんなことになったんだ!!

 姉としての自覚が足りないんじゃないのか!」


ショルツ伯爵令嬢の婚約者のアンゼル様が、憎しみの籠もった目で私を睨みつけた。


ショルツ伯爵令嬢が言うように、アンゼル様とブラッツ様と同じ種類の人間のようです。


婚約者の前で、婚約者以外の令嬢のために、よくもそこまで怒れるものだわ。


でも今日でそれも終わりだと思うと、いつもより腹が立ちません。


私がぞんざいに扱われるのは構いませんが、ショルツ伯爵令嬢がそのような扱いを受けるのは耐えられません。


ショルツ伯爵令嬢は、私と違って気遣いができて、優しくて、自信に満ちていて、賢くて、凛々しい方なのです。


アンゼル様はショルツ伯爵令嬢という婚約者がいながら、妹と浮気したのよね。

私は、自分の婚約者であるブラッツ様より、アンゼル様に腹が立っていた。

 

アンゼル様には絶対に、酷い目に合ってもらいます。


私は改めてそう決意しました。


「この度は、本当にご迷惑おかけして申し訳ございません。

 私の管理が行き届かぬばかりに、このような事態を招いてしまいました」


まずは彼らを落ち着かせるために、妹が病にかかったことを謝罪しました。


それからゲロン先生を呼び、妹の病について説明をしてもらった。

今日も先生は、二人の助手を連れていた。


誰にも聞かれたくない話なので、使用人には退出を命じた。

 

盗み聞きを防ぐため、ゲロン先生の助手の一人を扉の外へ立たせました。


もう一人の助手は、ゲロン先生と一緒に応接室にいます。


「リリア様のかかった病は大変な難病で、すぐに専門の病院に入院し、治療しなくてはならなかった。

 治療が遅れれば遅れるほど、治療は困難になり、跡が残る」


ゲロン先生が病について説明しました。


ブラッツ様は「かわいそうなリリア!」と叫び、アンゼル様は「リリア嬢、早く良くなってくれ!」と天に祈りを捧げていました。


「そしてここからが大事なんだが……」、ゲロン先生は声のトーンを落とし、眉間に皺を寄せ、ブラッツ様とアンゼル様を見据えました。


「この病の感染ルートは性的な関わりを持つことだ!」


ゲロン先生が今話したことは嘘です。

先生が両親と妹にした説明とも違います。


この場には、両親も妹もいません。

あの日、妹の部屋にいたメイドは病院に送られました。


ゲロン先生の説明を、嘘だと見破れる人間はいないのです。


ゲロン先生の説明を聞いた途端、ブラッツ様とアンゼル様の顔から血の気が引いていきました。


二人は真っ青な顔でゲロン先生に詰め寄りました。


「それは本当なのか!」

「治療法は確立されてるんだろうな!?」


ゲロン先生は二人の顔を交互に見て、こう尋ねました。


「お二人は、リリア様と関係を持っていたのですか?

 クラーラ様とショルツ伯爵令嬢という婚約者がおりながら、婚約者でもない令嬢と性的な関係を持っていたのですか?」


ゲロン先生がジロリと二人を睨むと、彼らは無言のまま俯いてしまった。


「正直に話した方がいいですぞ!

 発疹はあっという間に体中に広がる!

 顔にできた発疹は治療しても治らず、跡が残る!

 跡が残るぐらいならまだ良い、早急に、適切な治療をしなければ命に関わりますぞ!」


ゲロン先生の説明を聞いて、ブラッツ様とアンゼル様は青い顔で震えていた。


「ちょっと失礼!」


ゲロン先生が二人の袖をまくり上げる。二人の腕には赤い発疹がいくつもできていた。


それを目にした瞬間、ブラッツ様とアンゼル様が「ぎゃーー!!」と悲鳴を上げた。


「頼む! 助けてくれ! 顔に発疹ができて、跡が残ったら僕は生きていけない!」

「俺はまだ死にたくない!」


二人は瞳に大粒の涙を浮かべ、ゲロン先生にすがりつきました。


ゲロン先生は深く息を吐き、深刻な表情でこう告げました。


「助けることも可能だ。病院に連れて行くこともできる。

 だが治療法には副作用を伴う。

 同意書無しでは、病院には連れていけない」

 

「「助かるなら同意書などいくらでも書く!!」」


ブラッツ様とアンゼル様は、ゲロン先生が鞄から取り出した書類を奪い取り、内容を確認せずにサインしました。


同意書が複数枚に及ぶことに、疑問すら抱いていないようです。


ゲロン先生の助手は書類に目を通し、書類に不備がないことを確認すると、一部の書類をゲロン先生に、残りの書類を私とショルツ伯爵令嬢に手渡しました。


ゲロン先生の助手を名乗っていた方たちは、ショルツ伯爵令嬢が雇った弁護士。

屋敷のものに怪しまれないように、ゲロン先生の助手ということにして、屋敷に来てもらいました。


「同意書は受け取った。

 二人を病院に連れて行く」


ゲロン先生は、そう言って弁護士の先生と共に退室しました。


部屋には、私とショルツ伯爵令嬢だけが残されました。


全てが終わった後、私は彼女と顔を見合わせて笑いました。


「愚かなアンゼル様。

 内容を確かめずに書類にサインするなんて、貴族失格ですわ」


ショルツ伯爵令嬢はそう言って口角を上げた。


彼らが署名したのは病院に入る同意書だけではない。


実家の侯爵家から籍を抜く書類。

不貞を働いたことを認め、自分たちの有責で婚約破棄に応じる書類。

ゲロン先生が許可を出すまで、退院できないという書類だ。


実家から籍を抜いた瞬間、あの人たちは平民。

永久に病院に入っていたとしても、誰も問題にしない。


ショルツ伯爵令嬢は、ゲロン先生の弱みをたっぷりと握っている。


ゲロン先生が、二人の退院許可を出すことはあり得ない。


長かった搾取と絶望の日々が、ようやく終わったのだ。





◆◆◆◆◆◆





――さらに、一カ月後――




私は両親と妹、横暴な婚約者と、反抗的な態度のメイドたちから解放され、清々しい日々を送っている。


あれほど忙しかった日々が嘘のように、今ではティータイムや読書の時間が取れる。


両親と妹の尻拭い、そして妹がやらかしたことへの謝罪、この二つに時間の大半を取られていたのだ。


今ではかつて趣味だったピアノや、バイオリンを演奏する時間まである。


そんな日々は、心にも余裕をもたらしてくれる。




◆◆◆◆◆




その日、私はショルツ伯爵家のお茶会に招かれていた。


かつてショルツ伯爵令嬢と密約を交わしたガゼボだ。


「お久しぶりですね、クラーラ様。

 ずいぶん顔色が良くなられたようですわね」


「全てショルツ伯爵令嬢のおかげです」


「私はちょっと背中を押しただけです。

 勇気をもって実行に移し、自分の人生を取り戻したのはあなたですわ」


「ありがとうございます。 

 そう言っていただけると嬉しいです。 

 そうそう、先日、劇を鑑賞したんです。

 ゆったりとした気分でお芝居を見るなんて、数年ぶりでしたわ」


「まあ楽しそうね。

 一人の時間を満喫するのに飽きたら、私も誘っていただけるかしら?」


「是非、ショルツ伯爵令嬢とご一緒したいわ!」


「ねえ、そのショルツ伯爵令嬢っていう呼び方やめてくださいらない?

 堅苦しくていけないわ」


「では何とお呼びすれば?」


「私たちは同じ苦労を味わった仲、いわば戦友。

 エルマと呼び捨てにしてくださいな」


「まあ、よろしいのですか!」


「もちろんですわ」


「では、私のこともクラーラと呼び捨てしてください」


「ええ、そうさせていただくわ」


エルマ様が優雅に微笑む。


「私、お友達ができたの初めてなんです」


「まあ、そうなの?

 あなたの初めてになれて嬉しいわ」


妹の謝罪に追われ、お友達を作るどころではなかった。


「もしよろしければ、親友になっていただけませんか?」


「よろしくてよ」


「まぁ、素敵!

 エルマ様と親友になれるなんて!」


今日は人生最良の日だわ!


「ところで、クラーラは新しい婚約者を探しているの?」


私は首を横に振った。


「いいえ。

 ブラッツ様のことがあって、男性が苦手なんです。

 だからしばらくはこのままでいいかと……」


どこからか婚約破棄の話を聞きつけた者がいるようで、時折釣書が届く。

でもお見合いする気にはならない。


「そうなの、私もよ。

 アンゼル様のおかげで男性にはもうこりごり、女主人として切り盛りする方が向いているみたい」


「まあ奇遇ですわね、私もなんです。

 もう殿方に振り回されるのはこりごり」


「養子を取ろうか、真剣に検討しているところよ」


「まぁ、素敵ですね。

 手間のかかる大人の世話にはうんざりしていました。

 それなら、吸収力があり、素直な子供の世話だけしていた方が良いですわ」


両親、妹、婚約者と、大きな子供の世話をしてきた。

もう、教育に失敗した大きな子供の世話をするのはうんざりだ。


「私たち悟りの境地にいるみたいですわね」


「本当に」


私たちは顔を見合わせて笑った。



◆◆◆◆◆



その後、私たちは結婚を諦め、親戚から養子をもらった。

 

通常、十歳ぐらいの子を養子に貰う家が多いが、私たちはもっと幼い子を養子にもらった。


幼いうちから教育しないと、手遅れになる。


そのことを、妹を見て痛感した。


エルマ様とは、必ず月に一度のお茶会を開き、

子供たちの成長について情報交換している。


私とエルマの友情は、これからも不滅だ。







――終わり――



読んで下さりありがとうございます。

少しでも、面白い、続きが気になる、と思っていただけたら、広告の下にある【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にして応援していただけると嬉しいです。執筆の励みになります。


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   ★✩★ 【お知らせ】 ★✩★


「モブ王女に転生したら義兄に溺愛されました! 前世の推しを闇堕ちなんてさせない!」

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原作連載中のこちらの作品もよろしくお願いします!


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    ◆◇◆  【お知らせ】 ◆◇◆

『妹に全てを奪われた元最高聖女は隣国の皇太子に溺愛される』


コミカライズ版の第9話が8月21日に配信されます!

茶賀未あと先生による美麗な作画が目印です。

コミカライズでも、リアーナとアルドリックの物語をお楽しみいただければ幸いです。


・作画:茶賀未あと先生

・原作:まほりろ

・配信先:コミックシーモア(先行配信)


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薮医者やメイドを含め全員奴隷として他国にでも売り飛ばして欲しいですね。病棟幽閉如きじゃ生易しいわ。
逆にゲロカス医師にも弱みを握られたようなもんやからな どう始末をつけることやら……
他の家の息子の籍が自分でとはいえ抜けるのか 当主の契約じゃないとダメじゃないかな……w
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