第13話
イラホン様のお仕事を見学させていただいてから、また数日が経っていた。
神としての仕事もそれなりに手伝えるようになったということで、今日は私一人で教会に来ている。
イラホン様は、父親に一応結婚について報告してくるということで不在だ。
一人で仕事をするのは初めてで少し緊張するけれど、せっかくイラホン様に信頼していただけたのだから……その信頼に応えられるように、懸命に参拝者の願いを聞いてパワーを分け与える。
そうして少しだけ人の出入りが落ち着いてきた頃、ふぅ……と一息ついていると、一人の青年と目があった。
黒髪短髪、茶色の瞳……特に目立ったところはない普通の青年に見えるが、きれいなシャツとズボン、質の良さそうな革靴を履いていて、農民の多いこの土地ではあまり見ないタイプの身綺麗さだった。
そんな青年が、まっすぐにこちらを見ている気がする。
……いや、気のせいだろう。
神の姿は人間には見えていないから、私のことも見えていないはず……目があうなんてありえない。
おそらくは気のせいだろうと思いながらも、なんだか落ち着かなくて目をそらして青年が去るのを待っていると、カツカツっとこちらに近付いてくる足音がした。
質の良い靴が地面を蹴る音。
嫌な予感がしながらも恐る恐る音のする方に目を向けると、やはり目の前に先程の青年が立っていた。
祈りに来たのだろうか、それとも見えているのだろうか……どちらか分からず、何も言えずに戸惑っていると、青年が深呼吸をしてから口を開いた。
「あ、あの。俺、神父の息子で、カーフィンって言うんだ。普段は学校に通ってて、休日だけ教会の手伝いをしてるんだけど、君のことよく見かけてて……良かったら名前、教えてくれないかな?」
カーフィンと名乗った彼は少しだけ頬を染め、まっすぐこちらを見つめながら緊張している様子で懸命に話しかけてくる。
こ、これは……私に話しかけているわよね?
「ア、アルサ……です」
私が半信半疑でそう答えると、カーフィンはぱぁっと明るい顔をして喜んでいる。
「アルサっていうんだ! ずっと話しかけたかったんだけど、なかなか声が掛けられなくてさ……今日、声かけられて良かった!」
彼は実に嬉しそうに笑っている。
やっぱり、彼には私のことが見えているらしい。
こんなこともあるのか……?
イラホン様がいらっしゃれば、すぐに教えてもらえるんだけど……今日は不在、後で行くとは言っていたけど、いつ来られるかは分からない。
自分でできるだけ、探ってみよう。
なぜ私のことが見えるのか尋ねようとした時、カーフィンの方が先に疑問を投げかけてきた。
「……ところで、今日は十字架の前で何しているの? いつもは祈ったら、ベンチの方で座っているのに」
確かにただの参拝者が、ずっと十字架の前に立っていたら不審だよね……。
かといって、神の仕事をしてますと言って理解してもらえるだろうか……私が何も言えずに困惑していると、思わぬところから声が転がり込んできた。
「……おい、カーフィン。誰と話している?」
二人揃って声のした方を見てみると、そこには怪訝そうな顔をした神父様がいた。
つまりはカーフィンの父親だ。
「……? 誰って、この子だよ」
「……さっきから、誰もいないぞ」
カーフィンが不思議そうに、さも当たり前のようにそう言うけれど……神父様は息子のことを心配しているのだろう、さらに訝しげな顔をしている。
そりゃそうだよね、神父様には私の姿が見えていないんだもの。
息子が突然、十字架の前で話し始めたら何事だと心配にもなるわよね。
チラリとカーフィンの方を見てみると、彼は彼で事態が理解できずに困惑しているようだった。
このまま放置しておくのはあまりにも不憫だったので、つい声を掛けてしまう。
「あの……神父様には私の姿は見えていません。私の姿が見えているのは、その……カーフィンだけだと思います」
必要ないかも知れないけれど小声で、こそっとカーフィンにだけそう告げる。
カーフィンは見るからに、訳がわからないという顔をしていた。
ただとりあえず、このまま私と話していると父親が不審がるということだけは分かってくれたらしい。
「あー……今度学校で劇があってさ。その練習をしていたんだけど、集中しすぎたみたい。ごめん」
カーフィンがそう言うと、神父様は少しだけほっとした様子を見せていた。
「そうだったのか。ただそこは参拝者様たちのお邪魔になる。他でやりなさい」
神父様がそう言うと、カーフィンははいと答えつつ、しれっと私の手を掴んで移動していく。
「ちょ……あの……」
強引に引っ張られる私が何か言ってもカーフィンが答えてくれることはなく、そのまま教会に備え付けられている別室に連れて行かれた。




