第3話 裏ルートと、『脱色薬』
ダンジョンの出現は、そのまま、『周囲の土地を開発する動機』になりうる。
ゲートをくぐったら別世界となるモンスターの巣窟だが、そこからアイテムを持ち帰ってくる探索者の稼ぎをうまく取り込むことができれば、活性化にもつながるからだ。
もちろん、活用できるダンジョンとできないダンジョンがあり、それらも時代によって移り変わるもの。
七瀬が住んでいるボロアパートから最寄りの地下鉄駅。
そこからしばらく乗っていると、寂れた駅にたどり着く。
(マナシリコンが登場するまでは、魔法よりも身体強化の方が簡単に使えた。その影響で、魔法よりも剣術で戦いやすいダンジョンが『当たり』だった)
七瀬は寂れた駅で降りる。
かつては活気があったと思われるが、今では寂れている。
(でも、マナシリコンの登場で、身体強化よりも魔法の方が簡単になって、『当たり』は、剣術よりも魔法の方が戦いやすいダンジョンの方に移り変わってる。その名残か)
七瀬は寂れて、無駄に広い地下鉄駅を歩く。
こんな場所の中でも、さらに『裏』といえる区画に、その店はある。
ハシェルブ。という名前の、コインランドリーだ。
店内を見ると、客は誰もいない。
「……いらっしゃいませー」
覇気のない初老の店員が、店に入った七瀬を出迎える。
「……で、アイテムの換金か? それとも何か買いに来たのか?」
「随分、直球だな」
「ここ十年くらい、洗濯目的で来る人はいないからよぉ。で、アンタ、虹川七瀬だな?」
「っ!」
言い当てられたことに、本当に驚いた様子の七瀬。
「計測だと生成ランクSなのに、実際は魔力欠乏。話題にならんわけがない。で、どうした? 荷物持ちをしてるって噂だったが、仕事の途中で、採取スポットから何かくすねてきたのか?」
「……頭の回転、速すぎませんか?」
「綺麗な店の新人バイトじゃねえんだ。この店に来る荷物持ちなんて、大体そんなもんだよ」
目の前にいる店主が、特別、頭の回転が速いわけではない。
ただ、『魔力欠乏』というレベルではないにしても、社会からあぶれて、荷物持ちをするしかないような人間は、珍しくはないということなのだろう。
「買取ですよ」
鞄から、魔石が入った袋を取り出して、中身を見せる。
「……鑑定レンズはスタッフルームにあるんだ。こっちにこい」
そういって、男性は七瀬を裏に招いた。
誰かから盗んできたのか? とは聞いてこない。
七瀬がそういう雰囲気ではなかったということもあるだろうが、そもそも『事情を聴きだす』というのは、裏の仕事ではないということなのだろう。
スタッフルームに入ると、かなり、ごちゃっとした雰囲気だ。
主に近接武器だろうか。
近年では使われなくなったそれらが、手入れされた状態で、かなりの量が保管されている。
「んじゃ、鑑定するから、その袋をこっちに」
店員に言われて、七瀬は袋を渡した。
鑑定が終わるまでの間、スタッフルームと言う名の、『裏の店』を眺めていて……。
「えっ……」
「ん? どうした?」
「いや、近接武器だけかと思ってたら、遠距離武器が……」
銃だ。
片手で扱う物なのはわかるが、全体的に少し大型で、『銃型ガジェット』という印象を受ける。
「それか。『アクアマグナム』と言ってな。一発撃つのに莫大な魔力が必要になるが、かなり威力が強い代物だ」
「ほう……」
「ただ、魔力の消費量が本当に多くてな。俺は生成ランクC……『中級上位』と言われるランクだが、2発撃つのが限界だ。しかも、大量に魔力を入れるために集中する必要があって、戦闘じゃ使い物にならん」
「……」
「魔力欠乏のアンタじゃぁ、持ってても文鎮にしかならんぞ」
「……威力と弾速は、確かなんですか?」
「……」
鑑定していた男性だが、瞬きした後、七瀬を見る。
「合理的に考えるなら、確かな魔力量を手に入れたのではないか。なんて推測も成り立つが、どうなんだ?」
「……この業界、運が良ければ、何が起こるかわからないはずです」
「確かにな」
鑑定と計算が終わったのか、封筒を手に取ると、現金を入れ始める。
「ほい、魔石は相場の七掛けだ。銃の代金は引いてる」
「ありがとうございます」
現金が入った封筒を受け取った。
「……あと、最後に一つ、聞いて良いですか?」
「なんだ?」
「なんか、距離感とか、話し方とか、初対面っぽくないですよね?」
「六割はキャラ付けだ。四割はアンタに合わせただけ」
「……そうですか」
人によって対応を変えるのなんて、当然のこと。
(……俺って、こんな風に接するのが適してるって、思われてるんだろうか)
用は済んだ。
滞りなくやりたいことは全て済ませた。
ただ、滞りなく進むということは、『相手がこちらの事情を深く理解している』ということでもある。
虹川七瀬は、計測器では生成ランクSだが、実際は魔力欠乏と言う、類を見ない事例を抱えているが。
裏のプロからすれば、一人の子供でしかないらしい。
「……次、来るときは、洗濯物も持ってきますよ」
「嵩張るもんをわざわざ持ってくんのもめんどくさいだろ。まぁ、無理はするなよ」
「はい。それじゃ」
七瀬は店を出て行った。
(……プロの目利きってやつか)
明らかに、客に対する距離感ではなかった。
しかし、七瀬としては、あの態度が悪いとは思わなかった。
(ただ……名前、聞いておけばよかったな。あの顔、どこかで見たような気がするけど……次の機会でいいか。電車が来るまで時間があるし、トイレに寄っとこう)
七瀬は地下鉄駅のトイレに入っていく。
そこで……人の気配がした。
(こんな寂れた駅のトイレに先客……珍しいな)
そう思った時だった。
「なぁ、強い『脱色薬』。あるはずだろ。出してくれよ」
「あー、あれは希少でなぁ。一本、五万円だ」
「ご……ふざけんな!」
明らかに、入ったらやばそうな会話だ。
(……取引現場か。しかたがない。退散しようか)
七瀬はため息を我慢しつつ、静かにトイレを後にした。
脱色薬。と呼ばれる薬がある。
現状、魔法デバイスは『マナシリコン』が重要になるわけだが、これは『魔石の魔力』を使って作成される。
魔石の魔力は全てが同質のため、工業の規格として管理しやすいからだ。
対して、個人の魔力には個性があり、個性が強ければ強いほど、市販デバイスを使った際の『ノイズ』が多くなり、発動する魔法の質に影響がでる。
(脱色と言う技術を磨く。または、高額の脱色フィルターが備わったデバイスを使う。多くの探索者は、そうして、デバイスに自分の魔力を合わせている。だが……それらを用意できない人が手を出すのが、脱色薬だ)
服用することで、体内の魔力を脱色する。
技術的なコントロールではなく、自分の体を作り替えるようなものだ。
もちろん、それに何の副作用もないなら、あんな怪しい取引などしていない。
(魔力の生成が、一時的に魔石の魔力に近いものになる。だが、副作用は出るし、不可逆的だ)
きっと、薬を買おうとしていた先ほどの人は、近いうちに、何かしらの試験や、重要なクエストがあるのだろう。
その成功率を高めるために、デバイスに合わせた白い魔力を使うために、脱色薬に手を出す。
(長期的には、諦めた方が絶対に良い)
七瀬は内心で断ずる。
魔力を体に流すことで、身体能力を上げることができる。
言い換えると、『魔力をうまく流すと、体の質が良くなる』のだ。
これによって、昔のトップ探索者は、剣術で人間がドラゴンを両断するようなことが現実としてあった。
ただし、脱色薬は、マナトランジスタにとっては適合だが、体にとっては質が悪い。
(神経が制御できる魔力と、体内で生成される魔力に大きな差ができて、制御できなくなる。制御できなくなれば、質が悪くなった魔力が体内に流れ出す。そうなれば……『身体弱化』が待っている)
身体強化の逆。身体弱化。
その先で待っているのは、衰弱死だ。
(これが、裏ってやつか。表に出ない魔石の取引も、意味わからん武器も……脱色薬もある)
別に、珍しい話ではない。
魔法を使うのに才能が必要な時代であろうと、機械に適した魔力が必要な時代であろうと。
正解ではない抜け道が、裏で横行する。
正しさの前では、命や安い。それだけのことだ。




