第11話【理央SIDE】 投資を辞めた組織
アルビオンデバイス。
通称『アルデバ』は、魔法端末を開発する企業であり、白木理央はその御曹司だ。
本社は高層ビルであり、日々、多くの社員が勤務している。
「しっかし、あのジャスティスヒーローとかいうやつ、一体、どこが開発したんでしょうね」
「……少なくとも、どこかが開発しているという噂は全く聞かないな」
社長室に向かうエレベーターと通路。
理央は上島と話しながら、赤鬼と戦った時のスーツ男を思い出していた。
「どこかの固有デバイスですかね? わざわざスーツにする意味が分かんないけど」
「少なくとも、市販デバイスで該当するものはない。固有デバイスか……マナシリコンを精製する際、魔石の魔力ではなく、本人の魔力を練りこむことで、自分専用のデバイスを作れる。その場合、処理できる魔力量の許容限界が伸びるが……それでも不可能な威力だ」
魔石の魔力は、倒したモンスターによって含まれる魔力量は異なるが、質は同じである。
言い換えれば工業規格として使いやすいということであり、マナシリコンは一般的に、魔石の魔力を砂に練りこんでから精製して作る。
これが『市販デバイス』と呼ばれることもある。
それに対して、『固有デバイス』と呼ばれるものがある。
砂に練りこむ魔力を、魔石の魔力ではなく、探索者本人の魔力にしたものだ。
それで端末を作った際、扱えるのは練りこんだ本人のみとなるが、処理できる魔力量の許容限界が市販デバイスと比べて跳ね上がる。
魔力の生成ランクB以上から固有デバイスを作ることが可能であり、『高ランク探索者』というのは、基本的に固有デバイスを持っているのだ。
「あれほどの技術力。どこかの大手ですよねぇ。この会社の端末でもいずれ、あんな銃弾を飛ばせるようになると良いですね」
「……それは、そうだな」
赤鬼を圧倒的に、一方的に倒した銃撃。
アレがよほど羨ましかったのか、上島は自分のスマホを見ながら言った。
理央としては、軽く頷くだけである。
「さてと……」
扉の前に来た。
理央はノックする。
「父さん。理央です。入りますよ」
そのまま、扉を開けた。
……返事を待たずに、躊躇いなく開けているところを見ると、普段からこうなのだろう。
中では……。
「社長! 新型チップの開発予算を認めていただきたい! このままでは、市販デバイスの技術すら、他社に追い抜かれます!」
「バカなことを。アルデバの市販デバイスは、現状のチップの無駄をさらに省けると言っていただろう。いまさら投資など必要ない」
デスクに座る男と、白衣の男性。
二人が良い争いの真っ最中だ。
「何度も言っている。アルデバは、生成ランクC以下の、大多数の探索者にとって使いやすい市販デバイスの販売が主な収益だ。現状、Cランク探索者の中で多くのシェアを獲得している。それで十分だろう」
「ユーザーの意見を見ていないのですか!? 脱色フィルターの性能が不十分で、思うような成果を得られないというケースが実際に増えているのです!」
市販デバイスは魔石の魔力を使うが、人間の魔力は、そのままだと『個性』がノイズになる。
そのため、俗に『脱色』と呼ばれる技術を使い、市販デバイスに適した魔力にして端末に流すことで、魔法の威力が上がるのだ。
探索者本人が持っている脱色技術を当てにするのではなく、デバイス側に『フィルター』を物理的に組み込んで、探索者が便利に扱えるようにする技術もある。
しかし……。
「フィルターか、あんなものは甘えだろう。そこにいる理央を見ろ」
初老の男性、白木良哲は、入室してきた息子を手で示した。
「市販デバイスの最新モデルで、Aランクモンスターを討伐しているのだ。新型など不要だろう」
「それは理央様の脱色技術が優れているからです!」
「ならば、それをほかのユーザーにも求めればいい。魔法がアプリで使える時代だからと言って、努力が足らんのだよ」
「し、しかし……」
「第一、フィルターの性能が低くとも、それによる『事故』は一つも起きていない。『安く、高品質な市販デバイスを提供する』という上で最も重要なのは『低コストで暴発しないこと』だ。アルデバのチップはそこが優れている。現状で問題ないのだ」
「事故が起きないのは結構です。ですが勝てないなら、探索者は辞めるんですよ!」
「……下がりなさい」
「ぐっ……」
研究員は苦虫を噛み潰したような表情になると、こぶしを握り締めて、部屋から出て行った。
「さて、理央、今日の探索の詳細を聞こうか」
「はい。本日の実戦データです。Aランクモンスター『レッドオーガ』との戦闘において、出力係数は安定していました。熱暴走の兆候も見られません」
理央は端末を操作し、データを転送する。
良哲はそれを一瞥し、満足げに頷いた。
「うむ。素晴らしい。これなら株主総会でも強気に出られる。『アルデバのデバイスは、Aランク探索者でも十分に通用する』とな」
ジャスティスヒーローのことなど、報告書には書かれていない。
書いても信じてもらえないということもあるが、Aランクモンスターの魔石を手に入れたという事実があれば問題ない。
加えて、あの場では捕縛の魔法で足止めして撤退。
ダンジョン内のいくつかの素材を集めて、『調合魔法アプリ』を使うと、赤鬼にぶつけると防御力が下がる薬を作成可能だ。
優先順位と進行ルートの都合であの場では持っていなかったが、安全な撤退プランを構築していた理央からすれば、『討伐そのものは再現性がある』ので問題はない。
「まったく、脱色フィルターの開発など、無駄でしかない。お前もそう思うだろ? 理央」
「新型チップは全て会社側の話ですが、脱色は個人の話でもある。『努力したほうが早い』のは事実と思います」
「その通りだ」
……同じことだ。
努力して脱色が上手くなったとして、フィルターの性能が高いほうが、魔法は安定するのだから。
「……下がります。明日のプロモーション撮影の準備がありますので」
「うむ。期待しているぞ、アルデバの最高傑作」
「上島、行くぞ」
「あ、はい!」
理央は上島を連れて、部屋から出る。
「上島、先に機材の点検に行っててくれ、少し、用がある」
「わかりました」
部屋を出ると、上島と別行動になる。
「……よくある話、か」
理央はため息をついた。
「ベンチャーキャピタルから金をかき集めて成功した先代と違って、その株を一般投資家が持っている二代目の今は、大規模な技術投資なんて望まれない」
アルビオンデバイスは株式会社である。
かつてこの会社は、株式を売って集めた莫大な資金を元に、積極的な技術開発を行い、大きな発明を成し遂げた。
その結果として企業規模を急速に拡大し、いわゆる大企業となった。
しかし、大成功の後に状況は変わる。
技術革新によって企業価値が跳ね上がり、株価が何百倍、何千倍にもなった株は、市場で広く取引されるようになる。
その株を買うのは、もはや夢に賭ける投資家ではない。
彼らが求めるのは、挑戦ではなく安定、革新ではなく継続的な利益と配当である。
つまり、会社を支える株主の性質そのものが、『一発逆転を狙う時代』から『堅実に利益を出し続ける時代』へと変わったのだ。
その状況において、社長である白木良哲が、無闇に大規模な技術投資を避けるという判断を下すのは、経営者としては、極めて妥当な選択である。
それは臆病だからではない。
先代と同じ経営を続けることこそが、今の株主に対する裏切りになるからだ。
「……ッ」
理央は、誰もいない役員用トイレに駆け込むと、個室の鍵を閉めた。
「ガハッ! オエッ!」
口から、胃液と共に鮮血を吐き出す。
便器の中が真っ赤になり……どこか、白く、粘性があるものが混ざっている。
「……はぁ、はぁ……副作用か」
脱色技術が優れているから、市販端末でも赤鬼を倒せる。
……そんなものは、大きな嘘だ。
「脱色は、努力したほうが早いが……中には、脱色の才能が、欠片もない人間がいる……」
自分が付けている腕輪を見る。
それは市販デバイス……魔石の魔力を練りこんだマナシリコンを組み込んだ製品だ。
理央は生成ランクAであり、本来なら、自分の魔力を練りこんだマナシリコンを組み込む『固有デバイス』を使う資格がある。
しかし、彼は、アルデバが作った『市販デバイス』で戦っている。
「……僕は、会社の広告塔なんだ。技術開発をしないこの会社は、固有デバイスの開発に必要な、『個人に合わせて調整する技術』が遅れている。市販デバイスしか出せないなら、僕が使うべきはこっちだ」
理央が他者の固有デバイスを使えば、アルデバの技術力不足を認めることになる。
株価も下がり、『安くて高品質』というブランドを頼りにしているCランク探索者たちの信用を一気に失うことになる。
この界隈、競合など数えきれないほどいるのだから。
「安価なデバイスの中でなら、最も品質が良いのはアルデバだ。これは間違いない」
安い端末でも、Cランクの魔法を問題なく行使する。
それは間違いなく、アルデバの長所だ。
先代の発明によって成し遂げた『魔力制御』の技術は、アルデバにしかない強みと言える。
暴発も、魔力の逆流も……いわゆる『事故』が起こらない設計だ。
高額、高性能モデルの開発から逃げた結果と言われれば、それまでだが。
「もしも、世間がアルデバの市販デバイスを手放したら……事故が起こらないことに慣れた人が、今まで通りの脱色で、他のデバイスを使い始める。それは、多くの事故につながるはずだ。それに……ダンジョン探索には、『安全』という保障が必要だ。だからこそ、多くの人がダンジョンに挑んでるんだ。事故の増加は、探索者の減少につながる。ただ……」
当然だが。
理央の魔力を練りこんで作った『固有デバイス』なら、彼の魔法は、今までで一番よくなるだろう。
脱色薬など飲む必要もない。
『いいか坊ちゃん。いざって時に誰も犠牲にしないために、無理をしないために、普段から積み重ねが重要なんだ。普段から誰かを犠牲に強いるなら、それは間違ってると思わないか?』
ふと、頭によぎる言葉。
「英典さん……僕は……」
理央は頭を振って、思考を振り払う。
「ふぅ……」
錠剤が入った瓶を取り出すと、一粒取り出して飲み込んだ。
「……行くか」
御曹司として恥じない表情を作った理央は、トイレから出て行った。




