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第10話【理央SIDE】 上島の誤算

 七瀬と美鈴が赤鬼を倒しつつ、探索していること。


「見てくださいよ理央さん。あの荷物持ち。退会してますよ!」

「……そうか」


 理央と上島もまた、同じダンジョンに入っていた。


 上島はスマホを弄りながら森の中を歩いており、虹川七瀬のページがなくなっているのを見て、上機嫌になっている。


「身の程を知って引退したんですかね? あの程度の低評価で辞めるんなら、最初からやらなけりゃいいのに。まぁでも、魔力欠乏なら、荷物持ちしかできないですよね。これからあいつ、何をするんだろ」


 自分が書いた低評価が、人に影響を与える。


 そこに快楽を感じない人間はいない。

 自分が攻撃したのだ。それで相手は逃げたのだ。


 それで、楽しくないわけがない。


 上機嫌な上島に対して、理央は、少し、頬を動かしただけだった。


「あいつの目。魔力欠乏の癖に、こっちを見下してるっつーか、生意気だったじゃないですか。いい気味ですよほんと」

「あの目……か」


 理央は七瀬の目を思い出す。


「あ、あれって希少な薬草ですよね。ちょっと取ってきます」


 上島は視界の端に黄色い薬草を見つけて、小走りで取りに行った。

 その背を見ながら……。


「見下されて当然のことをする奴を見下すのが、そんなに悪いことなのかね……」


 上島にも聞こえない声で、そうつぶやいた。


「宝箱一つで人生が変わる。それがダンジョンだ。何かを手に入れたから仲介サイトからいなくなった。僕はそれが普通だと思うが……」


 珍しい話ではない。


 急な引退。急な移籍。急な脱退。


 そんなのは、この業界では珍しいことではない。


 マナシリコンの登場で、魔法はデバイスに左右されることになったが。

 それでも、『模倣できない構造の魔道具』などごまんとある。

 昨日まで貧困にあえいでいた者が、そうしたアイテムを手に入れて億万長者になるなど、ありえない話ではない。


「……まぁ、都合のいい解釈をして酔ってるだけか」


 薬草が上手く抜けないのか、遠くで手間取っている上島を見ながら、そうつぶやいた。


 ……別に、珍しいことではない。


 人はいつでもどこでも、常識で判断するものではない。

 その時の気分や、直前の行動と体験、様々な無意識が刷り込まれた上で、『その時』の判断を下す。


 魔力欠乏の人間が退会したからと言って、上島が『身の程を知ったから』などと言い出すのは、それが自分が低評価を書いた人間だからだろう。


「チッ、なんだこの薬草、上手く採れねえんだけど」


 黄色い薬草……根本が白くなっているそれを持ってきた上島だが、上手くいかなかったのか、薬草に傷が多い。


「……目的地に急ぐぞ」

「あ、はい」


 そう言って、先に進もうとした時だった。


「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」

「うわっ!」


 曲がり角から、赤鬼が出現する。

 身長三メートルで金棒を持っており、そんじょそこらの金属鎧なら、力だけで粉砕できそうなオーラを纏っている。


「あ、赤鬼……Aランクモンスター!?」

「……『サンダーランス』」


 雷の槍が瞬時に構築され、赤鬼に向かって飛んだ。

 高速で飛ぶ槍だが……。


「グオオッ!」


 金棒を振って、槍を叩き落す。


「金棒とは思えないスイングスピードだな」

「り、理央さんの魔法に反応するなんて……」

「『ファイアランス』『アイスランス』」


 火の槍と氷の槍が五本ずつ展開。

 全てが赤鬼に向かう。


「ッシィ!」


 赤鬼は背後に飛びながら、次々と襲い掛かる槍を叩き伏せる。

 そして、大きく振りかぶると、金棒を地面にたたきつけた。


「うわあっ!」


 突如、地面が揺れた。

 金棒で土の地面をたたいただけで、こんな揺れが起こるはずもない。

 そういう魔法効果なのだろう。


 驚いた上島が、バランスを崩してスマホを落とす。


「ゴオオオオオオオオオオッ!」

「っ!」


 バランスが崩れたところに、赤鬼は火炎放射を放つ。


「これは……」


 理央は即座に横に飛んだ。


「ウィンド」


 そのついでに、風の魔法を展開。

 上島に向かって放たれたそれは、『魔法障壁に防がれず』、彼の体に直撃。

 そのまま彼の体が吹き飛ぶ。


「うおあああっ!」


 吹っ飛んだ上島だが、地面を転がって、木に引っかかって止まった。


「ちょ、理央さん何を――ヒッ!」


 理央に文句を言おうとした上島だが、目の前の光景に悲鳴をもらす。


 おそらく、上島は今回、デバイスをスマホしか持ってきていなかった。

 そのスマホを地面が揺れた時に落としており、理央の『ウィンド』で吹っ飛んでいなかったら、火炎放射は直撃していただろう。


 その火炎放射の威力だが。


 理央と上島の後ろにあった木が、異常な勢いで燃え上がっている。


「……なるほど」


 理央はポーチから一本の瓶を取り出すと、栓を開けて一気に飲み干した。

 瓶を放り捨てて、腕輪を操作する。


「ふぅ……『ホワイトランス』」


 魔力を固めて作ったような、白い槍。


 それが三十本近く構築されて、赤鬼に向かって放たれる。


「グッ……」


 先ほどまでの槍とは明らかに速度も威力も違う。


 金棒で防ごうとしても、間に合わない。


 槍が次々と赤鬼に突き刺さって、ダメージを与える。


「す、すげぇ……流石理央さん」

「少し火力が足りないか」


 赤鬼だが、槍が突き刺さってダメージを与えた部分が、急速に治っていく。


 再生能力……と呼ぶほどのものではないが、戦略には影響するだろう。


「別にコイツは無視しても構わない。ここから動けないようにして、無視して進めばいいか」


 ゲームではないのだ、別に倒したからと言って経験値を得てレベルが上がるわけでもない。

 魔石はモンスターの強さによって密度は異なるが、質は同じだ。


 森の中であり、ルートは一つではない。


「捕縛するなら……ん?」


 次の瞬間、遠くから何かが飛んできて、赤鬼の胸に直撃した。


「ゴオオオ……」

「すんごい火炎放射が見えたから赤鬼だろうとは思ったが、まさかその通りだったとはな」

「えっ?」


 声がした方に振り向くと、そこにいたのは……。


「……なんだ、お前は」

「俺か? 俺は…………………ジャスティスヒーローだ」

「…………………そうか」


 かなり長い沈黙があったが、スタイリッシュな戦闘スーツの男はそう応えた。

 理央のほうもかなり長い沈黙があったが、理解する……いや、受け入れるのにちょっと時間がかかったらしい。


「じ、ジャスティスヒーロー? 舐めてんのかテメェ!」


 上島が噛みつく。

 理央が赤鬼に対して優位なので調子に乗ってきたのだろう。


「さあな……まぁとにかく」


 銃口を赤鬼に向ける。

 次々と引き金を引いて、銃弾が赤鬼を貫いていく。


「ぐっ、ギッ、ガッ、ガアアアアアアアアアアアッ!」


 明確に、確かなダメージを与えていく。

 あまりにも一方的で、反撃の隙を一切与えないまま。


「ガッ、ギッ、アアアァァァァ……」


 しばらく打ち続けると、赤鬼は倒れて、魔石を残して塵となった。


「ふぅ……割り込んですまんな。魔石はそっちで持っててくれ」

「え、ま、魔石を……と、当然だ! 俺たちが最初に戦ってたんだからな!」


 Aランクモンスターの魔石だ。

 売れば金になるし、そもそもAランクのモンスターを倒した証になる。


「……はぁ、じゃあ、俺は退散するよ」


 そのまま背を向けようとして……。


「……」


 その視線は、理央が先ほど地面に放り捨てた、一本の瓶に向かった。

 瓶の中から液体が少し漏れており……地面の草が、少しだけ、白くなっている。


「おい、なんだよ! お前が良いって言ったんだからな! この魔石は渡さねえぞ!」


 上島が吠える。


「わかったわかった。それじゃ、気を付けて探索しろよ」


 ジャスティスヒーローはそのまま、圧倒的な跳躍力で、この場を後にした。


「ったく、一体何なんですかね? アイツ」

「……銃弾の威力は本物だ。いずれにせよ、膨大な魔力量は確実だろう」

「なるほどなぁ、はぁ、魔力欠乏の奴もいれば、あんなすげえ奴もいるのか。スーツはなんかダサいけど、俺たちも負けてられませんね。理央さん」

「……そうだな。少し、時間を使った、早く進もう」


 理央はそう言って、上島を連れて、ダンジョンの中を歩いていく。

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