第1話 魔力欠乏の少年
使える魔法は才能で決まる。という時代は、すでに過ぎ去った。
半導体の素材であるシリコンは、大雑把に言えば石英の砂を精錬して作る。
魔力は物質に練りこんで性質を加えることができる。
ならば、石英の砂に魔力を練りこんで精錬すれば、魔法を扱える『マナシリコン』が生成できるだろう。
そんな発想が現実となり、魔法使いの価値は、『魔力量』しか残らなくなった。
今はもうすでに、そんな時代だ。
★
「……お前が虹川七瀬か。でかいバックパックを背負ってるって聞いてたけど、マジででけぇな」
ダンジョンに入るためのゲートの手前。
悠然とした姿勢と雰囲気で腕輪の調子を確認している少年……の手前にいる軽薄な印象の男が、バックパックを背負った少年に声をかける。
「俺にとって必要な物が入ったものです。で、お二人が、今回のクライアントですね」
少年、虹川七瀬は、ポケットからスマホを取り出して、確認する。
日雇いの仲介サイトと思われる画面には、およそ、このような内容が表示されている。
【依頼】ダンジョンにて『アイボリーメタル』の回収
【内容】荷物持ち兼ルート補助
【集合】第三区・西ゲート前 08:30
【依頼主】白木理央
【報酬】5000円
「ああ、間違いない」
腕輪の調子を確認していた少年が、椅子から立ち上がった。
端正な顔つきで、感情を表にしないタイプなのか、取り巻きよりも自然体だ。
「アイボリーメタルは、ダンジョン『エネモンナ密林』のBランクエリアだが、案内できるな?」
「はい。マップの情報は頭に入れてます」
「いやいや、地図を覚えるなんて誰にでもできるだろ。お前、魔力欠乏って話じゃねえか。腰を抜かしたら誰が助けると思ってんだよ」
取り巻きがイライラした表情で七瀬にくってかかった。
「上島。黙ってろ」
「理央さん。でも……」
「アイボリーメタルはBランクエリアの中でも特殊な場所だ。認証必須で、そこには『生成ランクA』が2人以上いる。一人は僕として、虹川さんも可能だ。急を要する調達なら、彼に任せるのが一番。わかったなら、さっさと準備しろ」
「わかりましたよ……ったく」
準備をしつつも愚痴を言う上島だが、理央が言ったことは本当だ。
こうして仲介サイトを使って日銭を稼ぐようなことをしているが、七瀬は、計測機器においては、最高値と言える『生成ランクS』をたたき出す。
昔、世間を騒がせたのは、今もネットを検索すれば出てくるだろう。
「……出発するぞ」
理央が指示を出して、『アイボリーメタル』を手に入れる探索が始まった。
★
ダンジョンは、多くの場合、自然環境だ。
人が開拓した様子が感じられない大自然であり、そんな中で、モンスターがあふれていて、侵入者を襲う。
モンスターを倒すと魔石を手に入れることができて、それはエネルギー資源として活用されており、確かな需要がある。
「『サンダーボール』」
理央、上島、七瀬。
三人が歩く森の中の道で、ゴブリンに遭遇した。
こん棒を持ち……すでに高ランクエリアに差し掛かっているのか、『金属製の鎧』をしっかり着込んでいる。
そんな障害物に対して、理央は右腕を向けて、魔法を宣言。
右手首の腕輪が反応して、雷の玉が生成される。
それが、ゴブリンに向かって飛んだ。
「ご、ゴブブブブッ!?」
直撃し、感電。
一撃で、そのまま倒れた。
「おお、理央さん流石。金属の鎧だから雷属性。判断も早い」
ゴブリン遭遇から、サンダーボール発射まで、わずか2秒。
現代においては、電子機器と魔力に互換性を与える『マナシリコン』の開発によって、この圧倒的な速度と安定性を獲得している。
そして、白木理央という探索者は、生成ランクAの『天才』だ。
「アルビオンデバイスの最高モデルですよね。速度も安定感も抜群だ。マジですげぇ」
「……」
七瀬は日雇いの荷物持ちだ。
アレコレ文句を言われつつも、いろんな探索者を見ている。
その上で、彼は何も言わなかったが、それでも、鮮やかさは見事だった。
「進むぞ。もうそろそろ安全地帯だ。そこにゲートがあるから、僕と虹川さんが認証して先に進む。気を抜くなよ」
「わかってますって。てか俺、出番ねえレベルだよ。気を抜くくらいがちょうど良くね?」
緊張感のない様子で、一行は先に進んだ。
★
……理央が言った通り、すぐに、三人は安全地帯にたどり着く。
ダンジョンの中には、『ダンジョンが探索者に危害を加えないエリア』が用意されている。
人間が開拓して結界などを用意したのではなく、ダンジョン側が用意したものだ。
「ここで少し休憩しよう。10分休んだら、認証して先に進む」
安全エリアはダンジョンが用意したものだが、『認証装置』は人間が配置したものだ。
大きなゲートがあるわけではない。
そもそも自然の中のダンジョンであり、『壁』を用意するというのは莫大なコストがかかるし、モンスターに襲われて壊されることも考えられる。
というわけで、『迷宮省』によって、認証装置が設置されている。
(あれは……)
七瀬の視界に、一つの岩がある。
ちょうど、人が座れそうな岩だ。
ただし……。
(スライム……か)
おそらく、スライムが擬態している。
安全エリアだが、モンスターが入れないのではない。
探索者に『危害を加えない』のだ。
それゆえに、安全エリアであっても、モンスターが入ってこないわけではない。
しかも、遠くでモンスターが放ったブレスであろうと、安全エリアに侵入すると霧散する仕様となっている。
無害だ。
だからこそ、スライムはいるが、気を抜いても問題はない。
その岩を、理央もチラッと見る。
目をパチパチっと瞬きした後、頷いて、水筒の水を飲んだ。
……どうやら気が付いているらしい。
「なあ、荷物持ち。変に口出すなよ? アドバイスとか要らねえから。邪魔すんな」
安全エリアに入って気が緩んだのか、上島が言ってきた。
「承知しました」
それに対して、七瀬は頷く。
契約上、七瀬の役割は荷物持ちとルート補助。助言は含まれない。含まれるとしても、それは依頼主が求めた時だけだ。
理央は何も言わない。上島は、七瀬の視線が床の一点に留まっていることに気づかない。
「そういや、小さい椅子を持ってきてるんだっけ? まぁでも、こんな手ごろな岩があるんだから……」
上島が、岩に近づいて、足を置こうとする。
弾力のある物質を踏んだかのように、ブニッ、と足が沈んだ。
「うわっ!?」
跳ねた。
派手に跳ねた。
そして……上島は転んだ。
安全エリアの静かな空気に、短い悲鳴が響く。
安全エリアのスライムは、無害だ。ただ驚かすだけの擬態。
触れても、ぬるい。滑る。汚れる。
ただ、それで終わりだ。
理央は水筒を置き、落ち着いた声で言った。
「スライムだ。安全エリアに入れる種類がいる。無害だから気にするな」
転んだ上島は、頬を赤くして立ち上がった。膝についた埃を払いながら、睨むように七瀬を見る。
「……おい」
七瀬は、何も言わない。
言うことがない。
「お前、気づいてただろ?」
七瀬は返答しなかった。
返答したところで、意味がない。
上島は声を荒げた。
「なんで教えてくれなかったんだよ!」
理央が一瞬、七瀬を見る。
視線は冷たいわけではない。だが、助ける温度もない。合理的な観察の目。
七瀬は、ほんのわずかだけ息を吸って、言葉を選ぶ。
――言い訳は、しない。
言い訳をしたら、争いになる。争いになったら、仕事が減る。
「……すみません」
それだけ言った。
上島が舌打ちする。
「マジで役に立たねえな。知ってるなら言えよ。空気読めよ」
空気を読む。
それはこの社会で、数字の次に重要な能力かもしれない。
七瀬は何も返さず、視線だけをスライムに向けた。
スライムは、何事もなかったようにしぼみ、安全エリアの外に出て行った。
……明らかに、岩の時の方が体積が大きいが、『スライムの擬態』は、変色だけではなく、体積が大きくなることも珍しくはない。
理央が短く言った。
「休憩は終わりだ。行くぞ」
当然だが、10分も経っていない。
だが、じっとしていられるような空気ではなかった。
★
ルートさえわかっていれば、後は単なるBランクエリアだ。
Bランクは『上級』と称されるが、Aランクは『天才』である。
その天才のランクにいる理央は、『アルビオンデバイス』という会社の御曹司であり、高性能な端末を持っている。
彼自身、地図を頭の中に入れてきているのだろう。
七瀬からの指示に納得するのも早い。
「チッ、本当にあってんだろうな。間違ってたら承知しねえぞ」
上島がうるさいものの、『急を要する』と理央が言っていたはずだ。
それにこたえる働きをしているに過ぎない。
……いや。
(魔力欠乏という、自分が見下して当然の奴が、理央の役に立っている。それが許せないだけ……まぁ、思春期にはよくあることか)
同年代に対してそんなことを思いつつ。
鉱石が露出した場所に、七瀬がピッケルを叩き込むと、必要分がスポットから転がった。
それを理央が回収。
「よし、回収できた。戻るぞ」
もうここに用はない。
理央がさっさと来た道を戻っていくので、二人はついていく。
★
依頼は滞りなく終わった。
「……先ほどはすまなかった」
「ん?」
ダンジョン近くの支部の、ロビーの隅。
理央から封筒を受け取った七瀬だが、中を見ると、あらかじめ設定されていた5000円……に加えて、2万円が入っている。
「迷惑料だと思って受け取ってくれ」
「それは……『これ』も込みですか? 上島さんが投稿したと思いますが」
七瀬はスマホの画面を見せる。
日雇いの仲介サイト。
七瀬に関するページだが、新着がある。
★★☆☆☆(匿名)
「注意力にムラがある印象」
「コミュニケーションに課題」
「柔軟性に欠ける」
「……それも込みだ」
「……受け取っておきます。それでは」
七瀬は理央に背を向けて歩き出した。
……わかっている。
(白木理央。大企業であるアルビオンデバイスの御曹司だ。そして、生成ランクA以上は、全員が魔力量至上主義の広告塔みたいな存在。そんな人が、魔力欠乏の俺を擁護するなんてことはできない)
上島が七瀬に絡んでいるとき、理央の内心としてはやめた方が良いと思っていただろう。
しかし、彼の立場で、七瀬を擁護したり、守ることは許されないのだ。
(だから、金か……アルビオンデバイスはよく知らんけど、白木理央が誠実な人ってことは、覚えておこうか)
ボロアパートに帰ってきた。
そこには誰もいない。
両親も、帰ってくることはない。
計測機器で生成ランクSというのは、莫大な金が入ってくる立場だと思うのに十分だった。
両親は、元からあった借金に更なる借金を積み上げて……『魔力欠乏』と知って、家から消えた。
その後の行方は、七瀬にはわからない。
調べるような能力は持ってないし、別に興味もない。
「……はぁ、花っていいよなぁ。水をやった分は裏切らないし」
部屋の窓際に、一つのプランターが置かれている。
綺麗な花だが、この状態は、十年も続いている。
大体の品種は寿命が一週間程度と考えると、あまりにも不思議な花だ。
「……そういえば、今日で」
ぽつりと、呟く。
「ちょうど、十年だったっけ」
花が光った。
「……えっ?」
七色に光る花。
それは形を変えて……一つの指輪に変わった。
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