第4話 ギルド登録と、風呂なし物件の衝撃
コトコト村の門をくぐったケン、サオリ、リナの三人を迎えたのは、石畳の道と、どこか懐かしいパンの焼ける匂い、そして活気ある人々の喧騒だった。
三人はまず、先ほどの親切な衛兵にこの村で暮らすための相談を持ちかけた。
「あの、すいません。私たちは旅の者で、この村の風景や街並みがとても気に入ったんです。
できれば長く住みたいと思っているのですが、どうすればいいでしょうか?」
ケンの丁寧な問いかけに、衛兵は髭を撫でながら応じた。
「ほう、そうかい。
この村を気に入ってくれるのは嬉しいね。
長く住むなら、まずは『ギルド』へ行って登録を済ませることだ。
身分証代わりにもなるからな」
「ギルド……。
あの、恥ずかしながら随分と田舎から来たもので、どんな種類があるのか教えていただけますか?」
ケンが少し困ったように笑うと、衛兵は
「ははは! 随分な秘境から来たんだな」
と快活に笑い、親切に教えてくれた。
「いいか、大きく分けて二つだ。
商売をするなら『商業ギルド』。
魔物を狩ったり護衛をしたりするなら『冒険者ギルド』だ。
長く住むなら商業ギルドで空き家を借りたほうがいい。
宿に泊まり続けるよりずっと安上がりだからな」
礼を言い、三人はまず村の中央にあるという二つのギルドへと向かった。
まず訪れたのは、剣と盾の紋章が掲げられた『冒険者ギルド』だった。
扉を開けると、そこには革鎧を着た屈強な男たちや、杖を持った魔術師たちがたむろしており、酒と汗の匂いが混じった独特の熱気が漂っていた。
「……なんかすごい雰囲気だね」
「リナ、ここでは『ケン』だ。……よし、行くぞ」
受付に向かったケンとリナは、手続きを済ませる。
リナは神様から授かった『勇者』の力を隠しつつも、身体能力の高さが評価され、二人揃って一番下の『E級冒険者』として登録された。
手渡された銅板のギルドカードを手に、リナは少しだけ誇らしげだ。
続いて、隣にある『商業ギルド』の扉を叩く。
こちらは打って変わって、静かで事務的な雰囲気が漂っていた。
ここでケンとサオリが登録を行う。
二人は一番下の『ブロンズ級』商会員となった。
「ブロンズ級なら、広場で屋台を出してもいいですよ」
受付の女性の言葉に、サオリの目がキラリと光った。 「
屋台……。
ケン、昨日リナが獲ったあの鹿肉の燻製、たくさんあるわよね。
あれを使って屋台を出してみようかしら」
「いいな。
サオリの料理なら、この村の人たちもきっと驚くぞ」
商売の目処がついたところで、三人はギルドの紹介で「空き家」を借りることにした。
紹介された物件は、一ヶ月の家賃が金貨五枚。
「金貨一枚がだいたい一万円くらいだから……一ヶ月五万円か。
家具付きだし、日本のアパートと比べて大分安いな」
さっそく案内された家は、石造りの二階建てで、間取りは2LDK。
三人は期待に胸を膨らませて中に入ったが、すぐに一つの事実に直面して愕然とした。
「……ねえパパ。ここ、お風呂がないよ」
「えっ、まさか。……本当だ、トイレはあるけど、体を洗う場所がない」
「ああ、やっぱりそうだったのね。
この世界、お風呂の習慣があまりないって聞いていたけど……」
日本人の三好家にとって、一日の終わりに湯船に浸かれないのは、死活問題に近い衝撃だった。
「……よし。いつか俺が、魔道具の技術で最高のお風呂を作ってやるからな」
「期待してるわよ、ケン」
三人は肩を落としつつも、まずは今日からの拠点が決まったことを喜んだ。
荷物を置き、家を整える前に、三人は市場へと向かった。
並んでいるのは、割と見たことのある色鮮やかな野菜や、見たことのない大きな果物。そして、サオリが一番気にしていた「主食」について、市場の商人に尋ねてみた。
「あのおじさん、この辺りでは『お米』って売ってないの?」
リナの問いに、商人は首を振った。
「おこめ? ああ、あの白い粒々のことか。
この辺りじゃ作ってねえな。
だが、もっと南の方の国ならたくさん作ってて、主食にしてるって聞いたことがあるぞ」
「南の国……。
あなた、お米はあるわ! いつか手に入るわよ!」
「ああ、良かったな。パンもいいけど、やっぱり米が恋しくなるからな」
三人は安心し、市場で買った新鮮な野菜を持って家に戻った。
異世界での、家での初めての夕食。
サオリが手際よく作った鹿肉と野菜の炒めものが食卓に並ぶ。
お風呂がないことへのガッカリ感も、美味しい料理の前では少しだけ和らいだ。
「さて、明日のことを話し合おう」
ケンが切り出した。
「サオリは予定通り、広場で屋台の準備をしてみてくれ。俺はマジックバッグに入ってたテントの布を使って、移動式の簡易屋台を組み立てるよ」
「助かるわ、ケン。看板も何か考えなきゃね」
「俺は屋台ができたら、街の本屋か図書館を探してみる。
この世界の文字をもっと調べたいし、魔道具の研究も始めたいからな。
リナはどうする?」
「私は冒険者ギルドに行って、無理のない範囲で依頼を見てくるよ。
村の周りのことも知りたいしね!」
「よし、無理は禁物だぞ。
ここは日本じゃないんだからな」
「わかってるって!」
窓の外には、二つの月が静かにコトコト村を照らしていた。
お風呂がない不便さ、言葉の端々に出る異世界の違和感。
それでも、三人は明日への希望に満ちていた。
こうして、三好家のコトコト村での一日目が、静かに終わっていった。
まだ何者でもない三人の、けれど確かな一歩が、この異世界の地に刻まれた夜だった。




