第22話 南の平原の激闘! 聖剣の一閃と極上肉の確保
翌朝、三好家の食卓ではお風呂の最終仕様について熱い議論が交わされていた。
「そうね、温度は高い方がいいわ。
薄めて調整できるんだから、最高火力でお願い。
お湯が足りなくなるのが一番困るもの」
サオリの断固たる言葉に、リナも大きく頷く。
「そうだよパパ、ぬるいのは絶対ダメ! 髪を洗うときもお湯が冷めちゃうもん」
二人の強い要望を受け、ケンは肩をすくめながらボイラーの調整に入った。
「……わかったよ。
じゃあ〈熱湯〉の回路を二重に組み込んでおく。それにしても……」
ケンは作業の手を止め、ふと二人の顔を見た。
「どうして昨日作ったドライヤーより、この箱を組み立てている時の方が二人の食いつきがいいんだ?
男のロマンが詰まった精密機械よりこっちか。…… 解せぬ」
そんなパパの嘆きを余所に、今日の予定は「ピクニック」という名目の、肉と魔石の確保に決まった。
リナの修行は一日おき。明日、再びブイヨン子爵の屋敷へ向かう際、サオリは
「お世話になっているお礼に、美味しいものを食べさせてあげたい」
と言い出したのだ。
「最初はサンドイッチでいいって言ってたけど、あんなに熱心にリナを教えてくれる領主様に、パンと野菜だけじゃ失礼だわ。
最高に美味しい牛肉のサンドイッチを作らなきゃ!」
料理人魂に火がついたサオリの要望は、もはや「最高級の牛肉」の一点に絞られていた。
一行は村の門へ向かい、いつもの衛兵に話を聞く。
「牛系の魔物? それなら南の平原だ。ブラッディブルってのが群れてるぞ。魔石が欲しいなら夜まで粘るんだな。夜は魔素があるれ出る時間だからな。
夜の魔物は魔法を使う奴が増えて手強いが、その分必ず魔石を持ってる。
……まあ、B級最速昇格者のあんたたちなら心配ないだろうが、油断だけはするなよ?」
「……俺たち、いつの間にかそんな有名人になってたのか」
苦笑いしながら、ケンたちは南の平原へと踏み出した。
南の平原は、どこまでも続く緑の絨毯のようだった。
遥か彼方には、雪を戴いた高い山脈がうっすらと見え、異世界らしい壮大な景色が広がっている。
適当な場所でサオリ特製の昼食を済ませ、さらに一時間ほど南下した時、ついにその「獲物」が現れた。
赤い毛並みに、太く鋭い角を持つ巨牛の群れ。ブラッディブルだ。
「リナ、修行の成果を見せてみろ! 抜刀!」
「任せてパパ! 行くよ、ジェディアス!」
リナが神様から授かった聖剣『ジェディアス』を抜く。
一頭のブラッディブルが咆哮を上げ、突進してきた。凄まじい質量。
しかし、ブイヨン子爵の教えを受けたリナには、その動きが驚くほどゆっくりに見えていた。
「力を抜いて……雑巾を絞るみたいに……今!」
シュパッ!
聖剣の刃が空を裂き、牛の硬い皮膚をバターのように一閃した。
巨体が地響きを立てて沈む。
「よし、次は俺だ。〈貫け〉!」
ケンの放ったストーンバレットが、次々と牛たちの眉間を撃ち抜いていく。
仕留めたそばから、サオリが駆け寄る。
「リナ、ケン、お見事! さあ、『浄化』!」
サオリが手をかざすと、魔法の光が巨体を包む。
浄化スキルによって血抜きが完璧に行われ、肉の鮮度が最高の状態で固定される。 「よし、あとはギルドでガンツさんに解体してもらえば完璧ね!」
順調な狩りが続く中、突如としてサオリの悲鳴が平原に響いた。
「キャーーーーーッ!! 助けてーーー!」
振り返ると、そこにはブラッディブルより二回りも大きく、全身が漆黒の毛に覆われた化け物牛がいた。
希少種、プレデターブルだ。
サオリはその巨体の突進を、まるで一流の闘牛士のようにひらりと躱している。
「ママ! あの時みたいにパンチして! ワーベアーを倒したときみたいに!」
「あの時は夢中だったから出たの! 今は無理! 怖いの! 助けてーーー!」
サオリが涙目で逃げ回る中、プレデターブルがトドメの突進を仕掛けようとした瞬間――。
光の残像と共に、リナが風のようにその横を通り過ぎた。
ドシュッ!
聖剣ジェディアスの圧倒的な切れ味が、プレデターブルの巨大な首を瞬時に跳ね飛ばした。
「……ふぅ。ママ、大丈夫?」
「ああ怖かった……。でも見てリナ、このお肉! 霜降りが凄いわよ!」
さっきまでの恐怖はどこへやら、サオリは獲物の肉質をうっとりと眺めている。
夕暮れ時。
三好家は仕留めた獲物をマジック収納に詰め込み、冒険者ギルドへと戻った。
解体所のベテラン、ガンツは、提出された獲物の数を見て顎が外れそうになっていた。
「……おいおい、どえらい数のブラッディブルだな。……ん? 待て、これ……プレデターブルじゃねえか! お前ら、一体何と戦ってきたんだ? こんな化け物を……」
「ガンツさん、お願いします。
明日、領主様のところへ行くのにこの肉が必要なんです。一匹分だけでも、すぐに解体できますか?」 サオリが詰め寄ると、ガンツは気圧されたように頷いた。
「お、おう、すぐやってやるが……。
サオリさん、あんたこれだけの数を仕留めてきて、なんでそんなに冷静なんだ?
普通は震えが止まらねえもんだぞ」
「はい。これでしばらくはお肉が安定するので、嬉しくて!」
ニッコリと、一点の曇りもない笑顔を浮かべるサオリ。
その背後に、プレデターブルを軽々と屠ったリナと、それを当たり前のように眺めるケンの姿がある。
ガンツは
「……この一家には、常識を当てはめるだけ無駄だな」
と確信し、冷や汗を拭いながら作業場へと引き上げていった。
三好家の平和な食卓に、最高級のローストビーフが並ぶまで、あと少し。




