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美容師パパは魔道具担当、料理人ママは飯担当、娘は赤点担当の勇者です  ~異世界の隅っこで、家族スローライフ始めました~   作者: antomopapa


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第2話 赤点勇者と、神様の事務室



 窓の外を流れる景色は、穏やかな黄金色に染まっていた。

 三好家を乗せた乗用車は、西日に照らされた海岸線を抜け、帰路の高速道路を走っていた。

車内には、旅の終わりを惜しむような、それでいてどこか充足感に満ちた空気が漂っている。

「あーあ、終わっちゃったね、家族旅行。明日からまた学校かぁ……」

 後部座席で、莉奈りながポテトチップスの袋を指で弄りながら、深いため息をついた。

その視線は、スマートフォンに保存された旅行中の楽しげな写真に向けられている。

「何言ってるの。あんた、帰ったら補習のまとめを終わらせないと。また赤点取るわよ」

 助手席で、沙織さおりが家計簿を整理しながら手厳しく返す。

「だってぇ、あんなに勉強したのに赤点八個だよ? 

もう私の脳みそ、勉強を拒否してるんだって。

ねえパパ、勉強しないで点数取る魔法とかないかなぁ」

「そんなもんあるか。あるなら俺が先に使って、今頃は世界一の美容師になってるよ」

 運転席の賢治けんじがバックミラー越しに苦笑いを浮かべる。

「はぁ……。せめて勇者とかになって、魔王を倒して『勉強免除!』とか言われたいなぁ」

「莉奈、お前は本当に……。勇者になる前に、まずは次の試験の心配をしろ。

今回の旅行だって、中止にするかママと真剣に悩んだんだからな」

 そんな他愛もない、いつもの三好家の光景。

 「「そんなのあるか!」」

と夫婦揃ってツッコミを入れ、車内に笑い声が弾けた――その、直後だった。

「……っ、おい! ぶつかる!!」

 賢治の叫び声が車内を切り裂いた。

 対向車線を走っていた大型トラックが、不自然なほど急激に車線を越えてきたのだ。

まるで死神の鎌のように、巨大な鉄の塊が迫り来る。

「キャー!!」

 視界が白光に包まれ、鼓膜を劈くような破壊音が響く。

 賢治の意識は、そこですべてを失った。



 深い闇の底から浮き上がるように、賢治は意識を取り戻した。

 最初に感じたのは、重力という概念が消え去ったような体の軽さだった。

「……おい皆いるか! 沙織! 莉奈!」

「あなた! ここよ、ここにいるわ」

「パパ……ここ、どこ? 真っ白だよ……」

 三人が辺りを見回すと、そこは果てしなく続く白い空間だった。

だが、目の前には神々しい光を放つギリシャ神殿のような巨大な建物がそびえ立っていた。

「パパ、あの建物何? 行ってみようよ、誰かいるかもしれないし」

「待て莉奈、むやみに近づくのは――」

「でも、周りに人もいないし……。なんだか、行かなきゃいけない気がするの」

 慎重に神殿の扉を開くと、そこには荘厳な内装……ではなく、なぜかパイプ椅子と事務机が並ぶ「役所の窓口」のような空間が広がっていた。

そして、その中央で書類の山に埋もれて頭を抱えている一人の老人がいた。

「……すいません、お爺さん。ここは何処なんですかね?」

 賢治が恐る恐る声をかけると、老人は飛び上がらんばかりに驚き、メガネを直しながら立ち上がった。

「おお! 三好家の皆さん、お揃いで! いやはや、この度は本当に、誠に、申し訳ございませんでした!」

 老人は机から転げ落ちるようにして床に跪き、見事な土下座を披露した。

「ここは神界の一部。お前さんたちに分かりやすく言えば『死後の世界』かのぉ。

わしの名は『神』……のようなものじゃ。

実はな、あのトラック、本来ならあそこで事故を起こすはずではなかったんじゃよ。

わしの管理ミスで、本来の運命にないお主たちを死なせてしまった……」

 三好家は絶句した。

「……死後の世界? じゃあ、私たち死んじゃったの?」

 莉奈が震える声で聞くと、神様は顔を上げずに消え入りそうな声で答えた。

「そうじゃ。

今すぐにでも戻したいのじゃが、お主たちが気がついたときには、もうお葬式が終わっておる。

帰る肉体がないんじゃよ……」

「じゃあ私たちは無駄死にってことですか!?」

 賢治が叫ぶと、神様は慌てて顔を上げた。

「流石にそれは悪い! なので、生き返らそうと思う!

ただし、地球以外の世界――お主たちの言う『異世界』じゃ。

お詫びに、強力なチート能力も授けようと思う。何でもいい、何かやりたいことはあるか?」



 神様は空中に、アニメのメニュー画面のような「スキルとジョブの一覧表」を表示させた。

「まずはジョブじゃ。

聖職者として癒やしの魔法を極めるもよし、魔法使いとなって派手に冒険するもよし。

何でも自由じゃぞ」

 賢治はその一覧を一瞥いちべつし、ふっと微笑んで言った。

「いや、俺は今の仕事に満足してるんで。向こうでも美容師のままでいいです」

「私もそうね。調理師のままでいいわ。

異世界の食材で料理を作るなんて、楽しそうじゃない」

「なんじゃ、お主ら。せっかく異世界に行くというのに、夢がないのう」

 神様がガックリと肩を落とすと、莉奈が身を乗り出した。

「そうだよパパ、ママ! 冒険できるの楽しそうじゃん!」

「莉奈、冒険で食べていける保証はないんだぞ。

ある程度安定してないと貧乏になるぞ」

「うっ、貧乏はやだ……」

「であれば、親として『安定』を選ばないとな」

 賢治が胸を張ると、神様が申し訳なさそうに言った。

「すまんが……あっちの世界には『美容師』という概念自体がないんじゃ。

髪はみんな自分たちで適当に切っておるぞ」

「えっ、美容師がいないんですか!?」

 賢治は絶望した。

しかし、そこは職人だった。

切り替えは早い。

「……うーん、じゃあ『魔道具師』にします。

手先は器用だし、ガジェットも好きだから。

道具作りから文化を広めてやりますよ」

「まあ、あなたがダメでも私が料理頑張れば何とかなるでしょ。

ダメだったら私の店でバイトね♡」

「沙織……すいません、ご迷惑をおかけします」

 夫婦が「職」を決めたところで、莉奈が一覧表の一箇所を指差して叫んだ。

「じゃあ私、勇者になる!」

「「勇者ぁ!?」」

「なんか格好良さそうだし、何より勇者なら勉強しなくても力で解決できそうじゃん!」

「理由そこかよ!」

「いいじゃん! 最強の美人勇者爆誕だよ!」

 莉奈が自信満々に胸を張ると、賢治は妻に顔を向けた。

「自分で美人とか言ってますよ、ママ」

「全く誰に似たのかしら、パパ」

「とにかく私は勇者にするの! 文句ある!?」

「う、うむ……。ではジョブは決まったようじゃな」



「では次はスキルじゃ。

わしの都合で行ってもらうお詫びとして、全員に『身体強化』と『魔力強化』、それに文字が読める『言語理解』、いろんな物の名前と効果が分かる『鑑定』を授けよう。

さらに賢治には『精密工作』を。沙織には食材を『浄化』する力を。 莉奈、勇者のお主には特別に『聖魔力』も付けておくぞ」

「聖魔力……? なんだか凄そう! 本当に最強勇者爆誕じゃん!」

「だから、それを自分で言うな」

 神様はさらに、生活道具やお金、魔法教本、そして沙織が望んだ調味料やスパイスの種などを詰め込んだマジックバッグを渡してくれた。

「他に欲しいものはあるか?」

「もう大丈夫です。こんなにも手を尽くしていただいて……」

 賢治が感謝の言葉を述べると、莉奈がふと、一番聞きたかったことを口にした。

「あの……神様。

昔飼ってたシャンプーとリンスって、生き返りませんか?」

 二年前と一年前。家族を見送るように逝った二匹の愛犬。

莉奈は、彼らの存在を一日たりとも忘れたことはなかった。

「……すまん。あの子たちは寿命を全うし、すでに別の星で別の生を送っておるよ。

わしでも、一度輪廻りんねに入った魂を無理やり引き戻すことはできんのじゃ」

「そっか……わかった。

元気でやってるなら、それでいい。

ありがとう、神様!」

 莉奈は寂しそうに微笑み、ぐっと涙をこらえた。



 神殿の床が、まばゆい光に包まれ始める。

「そろそろ旅立ちの時間じゃ。

賢治殿沙織殿二人はサービスで少し若がらせておく……ああ、言い忘れたが莉奈ちゃん。

勉強しなくていいと言ったが、漢字の読み書きだけは頑張るんじゃぞ。

それがお主たちの力の鍵になるからのぉ……」

「え? 漢字? どういうこと?」

 莉奈が問い返そうとしたが、すでに三人の体は光の渦に巻き込まれていた。

「沙織、莉奈! 手を離すなよ!」

「大丈夫、ずっと一緒よ!」

「パパ、ママ!」

 光が弾け、意識が白濁していく。

 次に三人が目を開けたとき、そこには日本の排気ガスの匂いではなく、草木の香りが漂う澄んだ空気が満ちていた。

 一面に緑が広がる平野。遠くに見える小さな村、コトコト村。

 三好家――ケン、サオリ、リナの異世界生活が、ここから始まったのだ。



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