第15話 三好家の誓いと、異世界の平和な常識
北の森での一件から一夜明け、三好家の食卓には香ばしい匂いが漂っていた。
昨日の戦利品、ワーベアーの肉を使った「ベアカツ」だ。
サオリが授かった『浄化』のスキルのおかげで、熊肉特有の獣臭さは微塵もなく、むしろ濃厚な旨味が凝縮された絶品料理に仕上がっていた。
「……バルガスさんって、どんな人かな。やっぱり怖い人?」
サオリがカツを頬張りながら、少し不安そうに尋ねた。
「見た目は熊みたいに厳ついけど、いい人だよ。少なくとも、筋の通らないことをするタイプじゃない。
信用していいと思う」
ケンの言葉に、リナも
「パパを助けてくれたしね!」
と大きく頷く。
「ママのご飯、最高! これで明日も頑張れるよ!」
一家は賑やかに夕食を終え、明日の面談に備えて早めに就寝した。
結局、ケンが楽しみにしていた漢字回路の実験はお預けとなったが、今は家族の安全な居場所を確保することが最優先だった。
翌朝。
昨日のベアカツを贅沢に挟んだ「カツサンド」で腹ごしらえを済ませた三人は、揃って冒険者ギルドへと向かった。
二階のギルドマスター室。
重厚な扉の先では、昨日と同じく険しい顔で腕を組むバルガスと、解体所のガンツが待ち構えていた。
「……まずは確認しておきたい」
バルガスが低い声で切り出した。室内の空気が一気に張り詰める。
「お前たちに、国を作ったり、あるいはどこかの国を滅ぼしたりする意志はあるか?」
「あるわけないに決まってるじゃないですか。
僕たちはただ、この村の隅っこで家族三人、静かに楽しく暮らしたいだけですよ」
ケンの即答に、バルガスはふっと肩の力を抜いた。
「そうか。
分かってはいたが、ギルドマスターとして確認せざるを得なかった。
……お前たち、この国に来て良かったな」
「……どういう意味です?」
「どこの世界にも、お前らのような規格外の力を『戦略兵器』として利用しようとする馬鹿はいる。
もし覇権主義の軍事国家にでも落ちていたら、今頃お前らは戦場の最前線に立たされていただろうよ。
だが、このポタージュ公国は農耕中心の平和な国だ。
王も優しい方だしな」
「ゾッとする話ですね……。
俺たちは、その公爵様に会わないといけないんでしょうか?」
「いや、今のところはその必要はない。
お前たちの事情は俺とガンツの心に留めておく。
よほどの有事がなきゃ頼ることもねえ。
……まあ、リナ嬢ちゃんが『勇者』でもない限り、そんな大ごとにはならんさ」
その瞬間、リナの体がビクッと跳ねた。
バルガスの鋭い目が、逃さずその動揺を捉える。
「……ケン。リナ嬢ちゃんは勇者なのか? いや、勇者なんだな?」
ケンとサオリは顔を見合わせ、覚悟を決めて頷いた。
「……はい。リナは、神様から『勇者』の役割を授かりました」
静寂。
次の瞬間、バルガスとガンツが同時に椅子を蹴って立ち上がった。
「やったぞガンツ!! ついに、ついに現れたか!」
「ついにですねギルマス! ああ、長かった……!」
二人のあまりの喜びように、三好家は呆気にとられた。
「ちょっと待ってください、二人とも。勇者ですよ? 魔王と戦って、命を懸けて世界を救わなきゃいけない存在なんですよ?」
「なんだそりゃ。
お前のいた世界ではそうなのか?」
バルガスが不思議そうに首を傾げる。
「え、違うんですか? 魔王っていうのは、人類を滅ぼそうとする邪悪な存在なんじゃ……」
「馬鹿を言え。
魔王は魔王だろ。
この世界の魔王、ヴァンドレッドは優しいぞ。
何度か街で飲みに行ったこともあるが、ちょっとチャラい、青い肌のいい兄ちゃんだ」
「「「ええええええ!!?」」」
三好家三人の叫びが重なった。
「だって、人間と魔族って敵対してるんじゃ……」
「何言ってるんだ、敵対なんてあるわけないだろ。
魔族は魔界を治めてる種族ってだけで、ご近所さんみたいなもんだ。
たまに血の気の多い奴が喧嘩を売ることもあるが、基本は仲良く貿易もしてる。
魔王を討伐しようなんて言ったら、それこそ魔族の知り合いがいる連中から袋叩きに遭うぞ」
聞けば、この世界はケンの知るファンタジーゲームの世界とは根本から違っていた。
種族差別はほとんどなく、魔王は「一番強い魔族の長」という肩書きに過ぎない。
「じゃあ……勇者って一体何をするんですか?」
「勇者は単なる『強さの象徴』だ。
圧倒的な力を持って、たまに出てくるアホな盗賊や、暴走した魔物を懲らしめる、村の守り神みたいなもんさ。
それ以外に何がある」
その言葉に、ケンとサオリは心底ホッとした様子で胸を撫で下ろした。
命のやり取りをする必要がない。
娘を戦場に送り出す必要もない。
ただ「強い女の子」として認められるだけでいいのだ。
「なんだー! じゃあ私、悪い人をやっつけながら、お仕事し放題、冒険し放題じゃん!」
リナが満面の笑みで拳を突き上げる。
「ああ、そうだ。だがリナ嬢ちゃん、お前は三百年ぶりの勇者で、この国にとっては初の勇者様だ。
あまり派手に動くと公都からお呼びがかかるから、しばらくは俺の下で、地道に実績を積んでもらうぞ。
領主様にはうまく言っておく」
「はい! よろしくお願いします、ギルマス!」
こうして、三好家の「異世界の身分」は決まった。
最強のパパ、聖母のような最恐のママ、そして平和な世界の勇者リナ。
彼らのスローライフを脅かすものは、ここにはいない。
「よし、話はまとまったな。
……さて、ケン。昨日のあのファイヤーボールについてだが……」
バルガスの説教が再開されようとした時、ケンの頭の中には、これから作るべき「平和な勇者のための魔道具」のアイデアが次々と浮かんでいた。




