第14話 常識外れの魔法使いと、頭を抱えるギルドマスター
村の喧騒から離れた郊外の荒地。
そこには、ただならぬ威圧感を放つギルドマスター・バルガスと、どこか場違いなほど平然とした様子のケンが立っていた。
「よし、ケン。まずはあそこにある木を切ってみろ」
バルガスが、少し離れた場所に立つ一本の立派なクヌギを指差した。
「えっ、どうやって切るんですか?」
「切り方なんぞお前に任せる。
お前の『魔力強化』の底を見せてもらおうか」
「はぁ、じゃあ……はい」
ケンは軽く肩を回すと、対象の木に右手を向けた。
頭の中でイメージするのは、鋭利なカミソリが幾重にも重なった風の刃。
昨日の実験で学んだ「無詠唱」での出力調整を思い出し、ほどほどに魔力を込める。
(――ウインドカッター)
シュンッ! という短い風切音とともに、不可視の刃が空を裂いた。
次の瞬間、太い幹が斜めにスライドし、音を立てて地面に崩れ落ちた。
切り口はまるで鏡面仕上げのように滑らかだ。
「……こんな感じですけど、どうですか?」
ケンが振り返ると、そこには目を大きく見開き、口をあんぐりと開けたまま固まっているバルガスの姿があった。
「なんじゃ……こりゃぁぁぁぁぁ!!!」
静かな荒地に、バルガスの絶叫が響き渡った。
彼は猛烈な勢いでケンに詰め寄る。
「おい! 今の、詠唱はどうした! 呪文の欠片も聞こえなかったぞ!」
「え~っと、何と言いますか……なくてもいいかな、って」
「なくてもいいかなじゃねーよ!
詠唱しなきゃ魔法は出ねえだろ普通!
っていうか、今のウインドカッターだよな!?」
「はい、ウインドカッターですけど……。
でも、家で読んだ魔法の本にも書いてありましたよ? 熟練すれば詠唱を省略できる場合もあるって」
「お前なぁ、よく聞け!
省略っつーのは、長い呪文の後半を端折ったり、キーワードだけで発動させる『高速詠唱』のことを指すんだよ!
完全に無音、無動作でこれだけの威力を放つなんてのは、おとぎ話の賢者様か、バケモノの類だけだ!」
バルガスはあまりの衝撃にこめかみを押さえた。
「……いや待て、お前、本当は詠唱を知ってるんだな?」
「えっ、いや、アハハ……はい、一応は」
「お前なぁ……そういうのは出し惜しみせず、先に言うもんだろ。
お前、今わざと力を隠そうとしただろ」
「ギクッ……いや~、そんなことナイデスヨ」
「わかりやすい嘘つくな!
別にお前を取って食おうってわけじゃねぇ。
俺はお前のために言ってるんだ。
力の使い方、出し加減をわかってなきゃ、お前は生きてるだけで『動く大災害』になるんだぞ!」
「そんな、大袈裟な……」
困惑するケンに、バルガスは真剣な眼差しで説いた。
「大袈裟じゃねえんだ。
無詠唱が使えるだけでも国家機密レベルの大問題だ。
いいか、例えば火魔法を使える魔術師がお前の使う無詠唱を覚えて、魔力を込めたまま『火の弾をどうやって使おうか』なんてボヤッと考えてたら、どうなると思う?」
「……勝手に、火が付きますね」
「だろ! それを街中や、人が密集してるところで無意識にやっちまったらどうなる!?」
「あっ……火事になるどころか、大爆発ですね」
「そうだ!
そうならないために、俺がこの世界の魔法の『常識』と『安全装置』を叩き込んでやる。いいな!」
「……はい、わかりました。お願いします」
ケンはバルガスの言葉に、事の重大さをようやく理解し、真面目な顔で頷いた。
「……ふぅ。ちなみにお前、火魔法は使えるのか?」
「火魔法ですか? 試したことないですね」
「じゃあ今やってみろ。詠唱は知ってるか?」
「はい、本で読みました」
「本で読んだくらいで……まあいい、じゃあ危なくねえように、真上の空に向かって詠唱して撃ってみろ」
「わかりました。じゃあ……いきます」
ケンは空を仰ぎ、深呼吸をする。
頭の中で、「ガスバーナーの火力を最大にして、それを巨大な球状に圧縮する」イメージを膨らませた。
「天に在す父よ、万物を温め照らす浄火に感謝を捧げん。
御国が光に満ちるごとく、導きの炎を地に灯したまえ。 ――
『ファイヤーボール』!!」
ゴォォォォォォッ!!!
ケンの手から放たれたのは、一般的な「火の玉」などという可愛いものではなかった。
直径二十メートルはあろうかという、太陽の欠片のような巨大な火炎球が、轟音を立てて天高く昇っていく。
それは空の雲を蒸発させながら、遥か高空で眩い光を放って消えていった。
バルガスは再び目を見開き、今度は声すら出なくなった。
ただ呆然と、火球が消えた後の青空を見つめている。
「……あのー、こんな感じなんですけど、合ってますか?」
「…………ちょっと待て。お前、魔法は何属性いける?」
「えーっと、無詠唱でいけるのは風と土……。
あっ、家でお風呂を沸かす時に使ったから、水と火もいけますね。
あ、土も基礎に使いました」
「風呂を沸かすのに魔法だと? 貴族かお前は……。
まあいい、つまり四大属性以上はすべて『極大威力』で使えるってことだな?」
「はい、そうなりますね」
バルガスは深く、深く溜息をつき、首を振った。
「……今日はもういい。時間が遅い。
明日、家族全員を連れてギルドの俺の部屋に来い。いいな、全員だ」
「はあ、わかりました」
「お前たちが異世界から来て、神の祝福……いや、呪いに近いほどの加護を受けたのはよくわかった。
悪いようにはしねえ。
むしろ、お前らがこの村を消し飛ばさないように、この世界の常識という名の『首輪』をはめてやるよ」
「……あはは、助かります。
じゃあ明日の朝、伺いますね」
ケンは軽く手を振って自宅への道を歩き出した。
背後では、ギルドマスターが
「あんなもん見せられて、今夜眠れるかよ……」
と頭を抱えて独り言をこぼしていた。
三好家の「普通」が、また一つ、この世界の「非常識」として刻まれた一日だった。




