第13話 隠しごとはお腹の中に、秘密はギルドの奥底に
「ご飯できたわよー!」
サオリの弾んだ声がリビングに響く。
食卓には、先ほどまで森を駆け回っていたホーンラビットが、目にも鮮やかなご馳走へと姿を変えて並んでいた。
「今日はウサギのロースト・ネスタドソース掛け。
それにラパンスープと、森で採れた野草のサラダよ」
「うわぁ、美味しそう! ……ねぇママ、ラパンスープって何? 今日はウサギ尽くしじゃないの?」
リナが不思議そうにスープ皿を覗き込む。
「リナ、ラパンっていうのはフランス語でウサギっていう意味だぞ」
ケンが苦笑いしながら教えると、リナは一瞬固まり、それから不自然に胸を張った。
です。お願いします。
「し、知ってたよ!
パパが知らないんじゃないかと思って試したんだよ!」
「リナ、お前の嘘は分かりやすすぎるんだよ」
「チェッ、バレたか……」
そんな賑やかなやり取りを挟みつつ、三人は手を合わせた。
「「「いただきます!」」」
ローストを口に運んだケンは、その味に衝撃を受けた。
ホーンラビットの肉は鶏肉よりもしっかりとした弾力があり、そこにネスタド(マスタード)のピリッとした刺激と、ガリケ(ニンニク)の香ばしさが完璧に調和している。
「……やっぱり、サオリの料理は最高だな。
このスパイスの使い方は、こっちの住人には真似できないぞ」
「ママ、すっごく美味しい! スープもお肉の出汁が効いてて、力が湧いてくる感じ!」
大満足の夕食を終えた三人は、慣れない森歩きと実戦の疲れもあり、その日は早めに就寝することにした。
翌朝。
屋台で使う肉を確保するため、ケンとリナは早朝の冒険者ギルドへ向かった。
リナは「今日は何か面白い依頼があるか見てみる!」と、護衛兼遊び相手として付いてきた。
ギルドの裏手、解体所に顔を出すと、そこには既に作業を始めていたガンツが待っていた。
「よう、ケン。
ちょっといいか? ……こっちへ来てくれ」
ガンツの表情は、いつもの冗談を飛ばすような明るいものではなかった。
どこか緊張した面持ちで、彼は二人をギルドの二階へと案内する。
着いたのは、重厚な扉に閉ざされた一室――ギルドマスターの部屋だった。
「入れ」
低い声に促されて中に入ると、そこには巨大な机に肘をついた、熊のような体格の男が座っていた。
銀髪を短く刈り込み、顔には数戦の傷跡。彼こそがこの村の冒険者を束ねるギルドマスター、バルガスだった。
「よう、ケンとリナだったな。
俺はギルドマスターのバルガスだ。
……単刀直入に聞く。
昨日のワーベアーの話、詳しく聞かせてもらうぞ」
バルガスの鋭い視線がケンを射抜く。
「解体したガンツからの報告じゃ、あのワーベアーにはホーンディアと戦った痕跡が微塵もなかった。
それどころか、死因は腹部へのたった一撃……。
内臓が粉砕され、背骨まで衝撃が突き抜けていた。
……これは、どういうことだ?」
(……不味い、バレてる!)
ケンは冷や汗が背中を流れるのを感じた。
なんとか誤魔化さなければ。
弱っていたから運良く、という説明を補強しようと口を開きかけた、その時。
「あ、それ、ママが倒したんだよ! お腹にパンチ一発! 凄かったよねパパ!」
横から入ったリナの無邪気な「正解」に、ケンは顔を覆って天を仰いだ。
(パパ……? って、お前……バラしちゃったよ……!)
バルガスとガンツが、石像のように固まった。
「……ママが? あの若奥さんが、Bランクの魔物を、拳一つで……?」
もはや、隠し通すのは不可能だった。
ケンは覚悟を決め、頭を抱えていた手を離すと、バルガスを真っ直ぐに見据えた。
「……バルガスさん、ガンツさん。今の話、絶対に口外しないと約束してくれますか?」
「ああ、ギルドの看板に懸けて約束しよう。
……一体、あんたたちは何者なんだ?」
ケンは、神様から口止めされているわけではないことを思い出し、かいつまんで事実を話した。
自分たちが別の世界(地球)から来たこと、神の計らいでこの世界に転移したこと。
そして、その際に授かった『身体強化』と『魔力強化』のスキルが、自分たちの常識を遥かに超えていたこと。
ただし、魔道具師としての根幹に関わる『言語理解』と『鑑定』については、あえて伏せておいた。
技術者としての防衛本能だった。
「異世界転生……身体強化……。
にわかには信じがたいが、あの死体を見れば納得せざるを得ん。
……ケン、ちょっと付いてきてくれるか」
バルガスは重い腰を上げると、リナに肉を持たせて先に帰るよう促した。
リナが再び口を滑らせないための配慮でもあった。
バルガスはケンを連れ、村の郊外にある静かな荒地へと向かった。
「あんたらの力がどれほどのものか、この俺の目で直接確かめさせてもらう」
ギルドマスターの放つ威圧感に、ケンの喉が鳴る。
三好家の平和な日常を守るための、新しい「契約」が始まろうとしていた。




