表現者たるもの、言葉を略してはイカン!
私は小説を書く時、たとえば『スーパー』のことを、ほぼ必ず『スーパーマーケット』と書きます。
『スマホ』のことは『スマートフォン』、『サックス』のことは『サクソフォン』、『テレビ』のことは『テレヴィジョン』あるいは『TV』と書きます。
表現者たるもの、正しい日本語を使うべきであり、後世に残しても恥ずかしくないようありたいからです。
誰の影響だったかは忘れましたが、昔、何かの本で読んだんですよね。
『大衆はすぐに言葉を略してしまう』『そしてそれが略語だということを忘れてしまう』──と。
正式名称で伝えて行かなければいけないんだ!
そう、思ったんですよね。
でも──
地の文ではなるべく略しませんが、キャラクターの台詞では積極的に略しております。
「ねーねー、昨日、テレビで見たんだけどさー」
「スマホ充電切れそう!」
「帰りにスーパー寄って帰らん?」
等々──
だって「ねーねー、昨日、テレヴィジョンで見たんだけどさー」じゃ、不自然になる。
また、略さないと長くなりすぎる言葉なども、仕方なーく略しております。
『さようなら』→正しくは『左様なら(それでは)ごきげんよう』
『リモコン』→『リモートコントローラー』
『エアコン』→『エアーコンダクター』
『パソコン』→『パーソナルコンピュータ』
『オワコン』→『終わってしまったコンテンツ』
『シスコン』→『シスターコンプレックス』
『マザコン』→『エレクトラコンプレックスの対極としてのエディプスコンプレックスが日本においてマザーコンプレックスという言葉に置き換えられたもの』
『スポコン』→『スポーツ根性もの、スポーティーコンパクト車、スポーツコンテスト、スポンジのコン留め──の、どれか』
『ガロニ』→『お弁当のおかずの下に敷いてあるあのスパゲッティー等、付け合わせ。ガロニチュール』
『ミスチル』→『ミスターチルドレン』
『ミセス』→『ミセスグリーンアップル』
こういうのは略しております。
仕方なーく、ですよ?
また、現代日本語として定着しすぎてしまっている言葉なども、仕方なーく略します。
『おなら』→正しくは『おならし』
『食パン』→『主食用パン』
『電卓』→『電子式卓上計算機』
『プレハブ』→『プレファブリケイテッド』
『縁起』→『因縁生起』
『電車』→『電動客車』
これらも仕方なーく略しております。
まぁ、今、調べて初めて略語だと知ったものも多いですが……。
またまた、略さないと笑われるような流行語なども、仕方なーく略さないといけません。
『陰キャ』を『陰気なキャラクター』などと略さずに書いてしまうと、「コイツは大衆文化に反抗しているのか?」と差別的な視線を集め、村八分に遭ってしまいます。まさしく『陰気どころか陰湿なキャラクター』というレッテルを貼られてしまいかねません。
怖いので、仕方なーく略さないといけません。
ただ最近、『パリピ』を故意に『パーリーピーポー』と正式名称で書いてタイトルにまでしている方をなろうでお見かけして、「勇者だ!」と思いましたけどね……。
……さて、何が言いたいエッセイだったのか忘れましたが──(ここでタイトルを見る)
表現者たるもの、言葉を略してはイカン!
……と、いうことが言いたかったはずなのですが──
略さないとおかしくなることって、あるもんね。
わかればいいんだよ、わかればね!
──さて、そろそろ近所のスーパーマーケットが開く時間ですので……
『行ってきます』→『行って必ず戻ってきます』




