【第8話】選ばなかったスキルが、ふと、影を落とすとき
金曜日の昼休み。
外の風がやけに冷たくて、缶コーヒーの温もりがありがたく感じた。
スマホを眺めながら、ふとスキル一覧を開く。
■現在の所持スキル:
・自己主張力 Lv.1(NEW)
・聞き上手 Lv.2
・気づき力 Lv.1
・整理整頓 Lv.1
・早起き確率向上 Lv.1
数日前、俺は“自己主張力”を選んだ。
そのおかげで、会議ではっきり意見を言えたし、少しだけ自分に自信がついた。
でも、その選択の“もう一方”──“気配り力”を選ばなかったことが、今日、小さく形を変えて返ってきた。
午後、社内の小さなチームミーティング。
新人の佐藤くんと、資料の最終確認をしていたときだった。
「ここの補足、もう少し丁寧に書いたほうが良いかもしれませんね」
「……あ、はい。坂本先輩がそう言うなら、そうします」
彼の返事は素直だった。
でも、その声には微かに“戸惑い”が混じっていた気がした。
──昔の俺なら、たぶん「どう思う?」と一度、相手に聞いてから意見を出していたかもしれない。
でも今は、自分の意見をきちんと伝えるようになった分、
相手の意見を“待つ”前に言ってしまうことが多くなった。
(ああ……これが、“気配り力”の分岐だったのか)
なんでも自分の責任で選べるようになったけれど、
そのぶん“選ばなかった結果”も、自分で引き受ける必要があるんだな。
その日の夕方、佐藤くんがひとり、会議室でPCとにらめっこしていた。
何気なくドアをノックして、中に入る。
「お疲れ。まだ資料、悩んでる?」
「あっ……坂本先輩……ちょっとだけ、言われた通りに直したら、なんか“自分の資料じゃない”感じがしてしまって……」
ああ、そうか。
彼は彼で、“自分なりに考えたこと”を大事にしてたんだな。
「ごめん。俺、ちょっと押しつけすぎたかも。……どういうふうに伝えたかったのか、もう一回聞いてもいい?」
佐藤くんは驚いた顔をした後、少しだけうれしそうに頷いた。
「はい……本当は、ここの数字の裏にある経緯を、ちゃんと説明したかったんです」
「いいね。じゃあ、それを軸にして、補足は“加える”形にしてみよう」
【スキル効果:「聞き上手」「気づき力」連携 → 経験値+5】
その後、資料は彼らしい言葉で、きれいにまとまった。
夜、家でいつものように風呂あがりの麦茶を飲みながら、静かにスマホを開く。
スキル欄には、もう“選ばなかったスキル”の表示はなかった。
でも、心の中ではちゃんと見えていた。
あのとき“選ばなかった道”が、どんな風に自分の行動に影響を与えているか。
後悔はない。
でも、“影”があったことを忘れないようにしようと思う。
「選んだ以上は、自分でバランスをとっていくしかないんだな」
スキルがあってもなくても、自分がどう行動するか次第。
たぶん、これが“成長”ってやつなんだろう。