【第7話】はじめて、自分でスキルを選んだ日
水曜日。週の真ん中。
特にイベントもなく、仕事も順調で、同僚との雑談も穏やかだった。
ここ最近は、こういう“なにもない日”に安心するようになってきた。
そんな夜。自宅で夕食を終え、ソファに沈み込んでスマホを見ると──
【スキル成長到達:Lv.5以上のスキル所持確認】
【新機能開放:「選択スキル」システム】
「……選択?」
通知に従って画面を開くと、新たに“成長の分岐”というタブが追加されていた。
どうやら、今後はスキルを“自動獲得”ではなく、“選んで伸ばす”方式になるらしい。
あなたの行動傾向に応じて、以下のスキルが解放されました。
どちらか一方を選択してください。
A.【気配り力 Lv.1】
他人の立場に立った判断や提案が自然とできるようになる。空気の潤滑油。
B.【自己主張力 Lv.1】
場に流されず、自分の意見をきちんと伝える力が微増。適切な「ノー」が言える。
「……なるほど、そう来たか」
どちらも、“今の自分”には縁遠かった気がする。
昔の自分なら、自動でAの“気配り”を選んでいた気がする。
でも今は──少しだけ迷っていた。
(最近、人に合わせることが多くなってる気がする)
(優しさも、気づかいも、必要だ。でも、それに飲まれ続けるのはちょっと疲れる)
(……だったら)
俺は、Bをタップした。
【選択完了:自己主張力 Lv.1 を獲得しました】
それだけだった。派手な演出も、音もない。
でも、どこかで“背筋が伸びるような”感覚があった。
次の日、会社でのちょっとした会議。
いつものように、上司がプレゼン資料をさらっと通していく。
「じゃ、レイアウトはこのままでいいかな。大きく変える必要はないよね」
誰も何も言わない。
でも、俺は少しだけ違和感を持っていた。
(このままだと、たぶん伝わりにくい)
その瞬間、自分でも驚くほど自然に口が開いた。
「あの、すみません。ちょっとだけ提案してもいいですか?」
会議室の空気が一瞬止まった。
「このスライド、見出しの位置を上にずらした方が、読み手の目線が自然に流れると思うんです」
上司は少しだけ眉をひそめたが、すぐに頷いた。
「……なるほど。試してみようか」
【スキル発動:自己主張力 Lv.1 → 経験値+6】
席に戻りながら、心の中でガッツポーズをする。
ほんの一言。でも、それが言えたことが、今日一番の収穫だった。
帰り道。スーパーのセルフレジで、操作に困っていた年配の女性に声をかけた。
「あ、ここ“現金払い”に切り替えると早いですよ」
「あら、ご親切にありがとう」
別に目立つことじゃない。でも、どこかで“自分の意志で行動した”という実感があった。
夜、自宅でコーヒーを飲みながら、ふと考える。
今までは、“スキルに導かれていた”。
でも今日、初めて“スキルを導いた”気がする。
他人に合わせることも、気を遣うことも、大事。
でも、それに自分を押し込めるだけでは、いつか壊れてしまう。
「……俺も、ちょっとずつ“選べる”ようになってきたんだな」
スマホの通知は静かだった。
でも、心の中で小さく響いた。“成長”の音が。




