【第5話】スキルが進化してた。──でもやっぱり地味だった
日曜の午後、洗濯物を取り込んでいたら、スマホに通知が来た。
【スキル進化:「聞き上手 Lv.1」→「Lv.2」】【新スキル習得:「整理整頓 Lv.1」】
「……おお、来たな」
やっぱり昨日の公園での一件が効いたらしい。
“聞き上手”はかなり発動してたし、スキルの熟練度も上がっていたんだろう。
ただ、どうして“整理整頓”なんだ……?
思い当たる節といえば、出かける前に机の上を片付けて、スプレーで棚を拭いたくらいだけど──
まあ、そういうのをちゃんと見てるんだな、この“謎システム”は。
■スキル詳細
・【聞き上手 Lv.2】
会話中、相手の感情の変化に敏感になる
共感力+15%、会話のテンポ補正+10%
・【整理整頓 Lv.1】
物の位置を意識しやすくなり、整理行動のモチベーションが微増
探し物をする時間が短縮される可能性あり
相変わらず地味。でも、ちょっとワクワクしている自分もいる。
「……とりあえず、試してみるか」
気づけば、無意識に部屋の本棚を整理していた。
並び順がぐちゃぐちゃだった文庫本を、作者順に整えていく。
未読の本と既読の本も分けて、ついでにブックカバーも取り替える。
1時間ほどで、本棚が見違えるようにスッキリした。
「うわ、こんなにスムーズに片付いたっけ……?」
気づかないうちに、行動に“迷い”が少なくなっていた。
次に何をどこへ戻すか、手が勝手に動く感じ。
正直、掃除が楽しいと思ったのは初めてだったかもしれない。
夕方、会社の同僚からLINEが入った。
佐藤「明日、プレゼン前にちょっと相談乗ってもらえますか?」
もちろんOKと返し、ついでに「資料見ておくよ」とメッセージを添える。
彼は前に“ちょっとした指摘”をした後、わりと積極的に相談してくるようになった。
翌日。出社してすぐ、佐藤くんが駆け寄ってきた。
「坂本先輩、おはようございます! 昨日の資料なんですけど……ここが自信なくて」
彼の話を聞きながら、頭の中で自然に整理が始まる。
何を不安に感じていて、どこが詰まっているのか。
前は“うまく言語化できない空気”にモヤモヤしたこともあったけど──
今日は、不思議とスムーズだった。
「ここは言い回しを変えるといいかも。“目標”じゃなくて、“展望”って言葉を使うと、柔らかく伝わるかもね」
「あっ、なるほど……! たしかに、そのほうがしっくり来ます!」
【スキル効果:「聞き上手 Lv.2」発動 → 経験値+7】
会話のテンポがいい。
相手の「言いたいこと」が、前より読み取れるようになった気がする。
──これ、普通の人間関係の中じゃ“超地味なチート”なんじゃないか?
スーパーパワーでもなんでもない。
でも、少しずつ信頼が積み重なっていく感覚が、たまらなく心地いい。
夜、自宅に帰ると、デスクの上に郵便物が散らかっていた。
「……整理整頓 Lv.1、発動するか?」
小さくつぶやいて、レターオープナーを手に取る。
書類を開封し、用途ごとに仕分けして、いらない紙はすぐに処分。
この“効率の良さ”がちょっとクセになってきていた。
【生活経験値+4】【スキル熟練度+1】
静かな部屋に、スキル成長の通知が表示される。
「こんな日々が、案外悪くないな」
誰かにすごいと思われなくてもいい。
大きな成果をあげなくてもいい。
日々の暮らしが、ほんの少しだけうまくいく。
自分のことが、少しだけ好きになれる。
そういう“スキル”の方が、今の俺には合っているのかもしれない。