【第2話】レベルアップしても、生活は変わらない……と思ってた
レベルが3になったからといって、空を飛べるわけでも、念力を使えるわけでもなかった。
当たり前だ。これは現実世界だ。
昨日は本当にただの“通知”だけだったけど、それでも妙に心が軽かった。
もしかしたら、単に気分の問題だったのかもしれない。
翌朝。いつも通りのアラーム。スヌーズは2回に減った。
これもレベルアップの影響だろうか? いや、気のせいだろう。
珈琲を淹れ、トーストを焼き、シャツにアイロンをかける。
玄関で靴を履くとき、ふと、鏡越しに見た自分の表情がちょっとだけマシになっている気がした。
気のせいだろう。……たぶん。
出勤途中、駅に向かう途中の横断歩道。
信号待ちをしていたら、小学生くらいの男の子が必死に靴紐を結んでいた。
周りの人たちは見て見ぬふり。別に困ってるわけじゃないし、声をかけるのも変だ。
ただ、俺はなんとなく、後ろから車が来てないかだけ確認してあげた。
【生活経験値+4】
やっぱり反応する。
でもこれ、レベルが上がったから“気づけた”のかもしれない。
会社に着いて、デスクに座ると、隣の席の伊藤さんが話しかけてきた。
40代後半、独身、よく愚痴をこぼす人だ。
「はぁ〜……また部長がさ、なんでああも細かいんだろうねぇ。パワポのフォントが1pt違うとか、もう揚げ足取りレベルだよな〜」
いつものことだ。以前の俺なら「そうっすね……」とだけ返して、内心は“面倒くさい”と思っていた。
でも今日は──自然と出た。
「でもまぁ、あの人、プレゼン命みたいなところありますしね。逆に言えば、そこだけ直せば大体OK通るってことじゃないですか?」
伊藤さんは「おお、なるほどな〜」と、ちょっと笑った。
【生活経験値+5】
……こういうことか。
たぶん、“生活レベル”って、他人との関わりも含めたものなんだ。
昼休み。弁当を持ってベンチで食べていると、向かいのマンションのエントランスに貼られた「管理人さん募集中」の張り紙が目に入った。
今まで毎日通っていた道なのに、今日初めて気づいた。
些細なことに目が行くようになった。
少しだけ、世界が広がったような気がした。
午後の仕事も、上司のチェックを受けた資料が一発で通った。
「今日は冴えてるな」と褒められたけど、正直、自分でもちょっと集中力が持続している自覚があった。
そして終業時間。エレベーター前で、後輩の佐藤くんが何か落としたのに気づく。
「あ、佐藤くん、それ落としたよ」
「あっ、ありがとうございます先輩!」
【生活経験値+6】
ほんの些細な行動が、ちゃんと“評価”される。
この感覚、ちょっとだけ癖になるかもしれない。
家に帰る途中、公園でゴミが落ちているのを見つけて、無意識に拾ってゴミ箱へ入れた。
【生活経験値+3】
そして帰宅。いつものようにシャワーを浴び、録画しておいたバラエティをぼーっと観ながら、コンビニで買ったアイスを食べる。
「……今日も、特に何もなかったな」
でも、“何もなかった一日”が、ちょっとだけ満ち足りている気がする。
スマホを見ると、生活経験値は「あと11でレベル4」となっていた。
たぶん、明日にはまたレベルが上がる。
でも別に、急ぐ必要はない。
このまま、淡々と、地味に、レベルアップしていけばいい。
「うん。俺には、このくらいがちょうどいいな」