【第11話】そろそろ、手放してもいいと思えた
最近、スマホを見る時間が減った。
気がつけば、ポケットに入れているだけで、1日が終わっていることが多い。
経験値も、スキルも、通知も──来ない。
でも、困らない。むしろ、快適だった。
日曜日。朝の光がカーテン越しに差し込む。
いつも通り、静かに目が覚めて、台所に立つ。
朝食はトーストと目玉焼き、そしてドリップコーヒー。
窓を開けて、静かな風を感じながらひと息。
そのとき、ふと思った。
「……もう、スマホに頼らなくてもいいかもしれないな」
午後、久しぶりに文具店に行って、小さな手帳を一冊買った。
表紙は落ち着いたグレー。装飾は何もない。
それがなんだか、今の自分にしっくりきた。
帰宅後、スマホの“生活スキル”アプリを開いて、静かに画面を見つめる。
レベル表示、スキルリスト、通知履歴。
かつてはそこに、一喜一憂していた。
今は──ただの画面だ。
そこに、自分を測る物差しはもうない。
意を決して、設定画面を開く。
通知:OFF。
ウィジェット:削除。
ログイン:無効化。
最初に「本当に良いですか?」と確認メッセージが出た。
前なら、迷ったと思う。
でも、今日はすぐに「はい」を押した。
代わりに、さっき買った手帳の1ページ目に、静かにこう書いた。
◎2025年6月1日(日)
・朝7時に目覚めてコーヒーを淹れた
・風が気持ちよかった
・手帳を買ってよかった
・スマホの通知を切った
それだけ。
でも、その短い箇条書きに、自分の“暮らし”が詰まっている気がした。
夜、いつものように風呂に入り、ストレッチをして、麦茶を飲む。
部屋は静かで、スマホは机の上に伏せてある。
もう、持ち歩く理由も、チェックする理由もない。
昔の自分なら、
「何かを失う」ことが怖かった。
でも今は、こう思える。
(“手放す”ことが、“持っていた証拠”になる)
ちゃんと使い切った。
ちゃんと、自分の中に馴染んだ。
だから、もう必要ない。
ベッドに入って、手帳をもう一度開く。
1ページ目を見返して、ページをめくる。
そこにはまだ何も書かれていない。
──でも、その空白に、不安はなかった。
これからも、自分の生活は、ちゃんと続いていく。
スキルも、レベルも、表示されないけれど。