3日目
「ル…怪力女!」
ここ最近、毎日昼頃になるとやってくる彼は今日は保護者同伴だ。
「誰が怪力女だクソ犬!次うちの可愛いルーナにそんな呼び方したらおまえの命はないと思え」
兄の拳がゴンッと重苦しい音をたて彼の頭に叩き込まれる。物凄い痛そうな音だ。事実もの凄く痛かったのか頭を抱えてしゃがみ込んでいる。
「ぐぅ…あんた達が結婚前に名前を呼ぶなって言うから呼ばないようにしてるんじゃないですか!」
「だからって怪力女とか糸目女とか敬意もないそんなふざけた呼び方で許されると思ってんのかー?薔薇のように可愛い姫君とかキューティプリンセスとか呼べないのか駄犬!」
「そ、そんなの言えるわけないでしょう!!」
「じゃあ失格。おまえには絶対ルーナはあげません。お引き取りくださいクソ野郎」
街中のど真ん中で騒ぐ彼らにどんどん視線が集まっている。彼ら騎士団は街でも有名人でひそひそと名前を囁かれているが微塵も気にしていないようだ。
知らないふりをして通りすぎようかと本気で考え出した所で今日はいつもと違う連れが口を開いた。まぁ連れているつもりはないのだが。
「あれ、君もしかしてユーグス家の5番目の子かい?」
そう言ったのは先ほどからずっと私の後をついてくる男だ。胡散くさい笑顔でそう言った男はやたらと距離が近い。
「…あ?誰だ」
「あ、あー君あれだろ、あれだね!誰だっけ?」
チンピラのごとく顔を顰めた者とこちらもまた胡散くさい笑顔で対応するがまったく興味がわかないのか思い出す手間さえ惜しむ者。ろくな人がいない。
「わ、私はヨグルト伯爵の息子だ!夜会でも毎回声をかけているだろう!」
「あーはいはい。ヨグルト伯爵の倅かぁ。やっほー。それより2人はなんで一緒にいるの?知り合い?」
兄の質問に答えようとメモ帳を取り出そうとするとやたら距離の近い男が手を上から握る。
「その態度はなんだ、私は伯爵になる男だぞ。彼女にはよく手紙を代筆してもらっていてね。今日も午前中お願いした手紙を書いてもらっていたんだ」
副業でやっている代筆の顧客である彼は度々私を屋敷に呼んでは代筆をさせるのだが、同意なく触れてきたり距離が近かったりと何かと問題行動が目立つので次は断ろうかと思っていた所だ。ただどんなに料金を高額にしてもほいほい払ってくれるので若干手放し難かったのだが、最近はサリーに対する態度が酷いのでもういいかなと思っている。随分稼いだし。
「おい、何触ってんだ」
いつの間にか間近に来ていた彼が私に触れていた手を掴むとぽいっとゴミでも捨てるように放りなげる。
「なにするんだおまえ!急に入ってきて無礼だな」
「ほら手かせ、拭いてやる。そういやあのメイドはどこ行ったんだ。いつも必ず一緒にいるのに」
〝今あの人のお屋敷に忘れたペン取りに行ってくれてるんです。その間にあの人が現れたから一旦家に帰ろうかと思って〟
「それでいつもと違うペンなのか。いや、あの重たいペンをどうやって忘れてくるんだ?」
それは私も不思議である。しっかりとポーチにしまった記憶があるのに気づけばなかったのだ。あの鉄製のペンを落としたなら凄い音がするはずだが摩訶不思議である。サリーに借りたペンを折らないようにいつもより優しく持ちながら描いた文字は頼りなさげだ。
「なるほど。それでこの人は1人になったルーナに付き纏ってたわけか。ルーナはいつも変なの引っ掛けてくるからなぁ」
「違う!彼女が困ってそうだったから送ると言っただけだ」
「屋敷からわざわざストーカーして?」
「失礼だな、ストーカーなんてしてない!彼女は小さくて儚げだから変な輩にからまれないよう見張っていただけだ」
「それを世の中ではストーカーというんですよ坊ちゃま〜」
伯爵の息子相手にも怯まずいつも通り人を煽る兄はさすがである。
「そもそも5キロのペン持ち歩く女はか弱くないだろ。抜き取る時点で気づけ。抜き取った使用人が可哀想だ」
しっかりとハンカチで私の手を拭き、ちゃちゃを入れる彼も彼で失礼このうえない。でも少し私もそう思っていたからなんとも言えない。
「ルーナも客は選べって言っただろ。変な男が寄り付きやすいんだから女性だけにしとけって何回も言ったよな?」
“金払いがよかったのよ。もうやめとく”
「いい金づるだったのか、可哀想に」
「な、なななんて失礼な女なんだ!可哀想だと思って少し優しくしたらつけ上がって!そんな女だって知ってたら私だっておまえみたいな声もでない女に優しくするか!」
なんて失礼なやつなのだ。確かにあんまり乗り気じゃなかったので法外な値段をふっかけたにも関わらず了承されてしまい、後には引けず引き受けた私にも非はあると思うがその台詞はあまりにも小物感が凄い。
〝ご利用ありがとうございました〟
ぺこりと頭を下げると顔を真っ赤にしたその男はどすどすと道を引き返していった。
「おまえ、煽るなよ。逆恨みでもされたらどうするんだ。その力生き物には通用しないんだろ」
〝直接には影響されないけど持った武器には通用するから安心してください〟
「安心要素どこにもないだろ」
「その武器になるペンだって今回取られたんだろ?うちはそこら辺の弱小貴族よりよっぽどお金に困ってないのにそこまでしなくてもいいだろう。翻訳の仕事で十分じゃないか」
〝うん。そろそろやめようかなとは思ってる。それより貴族の人にあんな態度で大丈夫なの?〟
「大丈夫大丈夫。ヨグルト伯爵の息子は馬鹿息子って有名なんだよ。それに、僕ら騎士団は皇帝陛下のみに忠誠を誓ってるからね。そこら辺寛大なんだ」
馬鹿息子だからといって雑に扱っていいかはさておき、自分も人の事を言えないのでうなづくだけにとどめた。この国の身分制度はそこまで厳しくない。父のように平民でも地位の高い人は沢山いるので貴族といっても役職のような認識である。
「あ、サリーが戻ってきた」
ペンが重かったのか心なしかよろよろしているサリーに兄様が駆け寄っていく。それを眺めていると隣に立っていた彼が口をぱくぱくと開けたり閉じたり忙しそうにしていた。鯉の真似だろうか。
「ルー…ひめ…プリンセ……、おい、…女」
お、おんな!?そんな山賊に呼ばれてるような呼び名はいやだ。まだ怪力女の方がマシである。むしろそのあだ名には愛着すら湧いている。
〝いつも通りでいいですよ〟
「…ああいう付き纏ってくるやつはよくいるのか」
起こったような仏頂面でこちらを見ずにボソボソと喋る彼に笑みを深める。言いたいことはなんとなくわかった。
〝よくというほどではありません〟
「そこそこいるっていうことだな」
〝この体格にこの容姿で声も出ませんから少し侮られやすいんです。仕方がありません〟
「おいっ!」
私の言葉に彼は勢いよく振り向き、突然の大きな声に驚いた私を見てシュンっと肩を落とした。
「そんなの、仕方なくないだろ。おまえはもっと怒っていいと思う…」
私の事を思ってくれるその言葉につい笑ってしまう。笑い事じゃないと怒られたが嬉しいものは嬉しいのだからしょうがないだろう。
きっと世の中でこんな理不尽は珍しいことじゃない。特に女性であれば一度は経験するもので自分には少し侮られやすい要素が人より少し多いだけで、特別なことでもない。
それに私には周りの人達に恵まれている自覚がある。家族やサリーがいなかったらもっと生きづらかっただろう。それは彼にも言えることでこれだけ優しい人達に囲まれているのだからたまに会う嫌な人間の事などどうということはない。
〝私もしっかり心労代として上乗せしてもらっているのでお気になさらず〟
「…さすがちゃっかりしてるな。あの先輩の妹だということをこう言う時に改めて認識するよ」
常日頃兄からはしっかり学ばせてもらっている。
サリーを鉄ペンから救出した兄様が戻って来て家まで送ってくれると今日は巡回の途中だったようで2人は存分に名残惜しみ、仕事へと戻っていった。兄様も彼も道中くどくどとサリーと私に対してひたすら女性としての危機管理についてお説教してくるので、その後サリーと2人でお茶を飲みながら過保護な兄様と彼の悪口を少しだけ一緒にこぼした。
しかし今回は反省したので次からはペンの重さを10キロにする案が出たが腰のベルトにつけたペンケースが千切れそうなので却下となり、なぜかサリーも鉄製のペンを持ち歩くことで話がついてしまった。すっかり我が家の思想に染まり筋トレを増やすと意気込んでいるサリーを眺めながら、
(すっかり筋肉至上主義になって…やっぱり兄様のお嫁さんはサリーしかいないわ)
絶対に逃さないと心の中で改めて誓ったのである。