2日目とあの日のこと
6歳のあの事件以来、お茶会に呼ばれることはなくなった。それはそうだろう。特注の3キロの鉄製のペンを持ち、武道家のごとくテーブルを真っ二つにする規格外の子供と自分の子供を遊ばせるが怖いのは当たり前だ。
そもそものお茶会事態あまり乗り気じゃなかったのももちろん、私自身あのようなか弱い子供の中に入るのは少し怖かった。20歳になる今の今までに人を傷つけたことはないがその頃は今よりずっと力の入れ方がわからなかったからだ。
その点、兄の友達は強かった。5歳上だと言うのもあったし常に剣を持って稽古をしているような子供ばかりだったので多少破壊した木片が飛んでこようと、投げたボールが豪速球になろうとなんなくかわしてみせた。むしろそれを楽しんでいる節さえあった。
そして変わったことがもう一つ、あの事件から2つ上の子供が我が家に出入りするようになった事だ。
伯爵家の子息であったその子は何を思ったかお茶会の次の日に家に訪ねてきた。あの騒動のことで文句でも言われるのだろうかと身構えた私に彼はこう言ったのだ。
『俺と遊べ、怪力女!』
灰色がかった黒髪の短髪にどこをどう通ってきたのか傷だらけであちこちに葉を纏っている彼はどう見ても見た目は近所のガキ大将であった。よく見れば質のいいものを着ていたはずだが当時の私にわかるわけもなく、勝手に同じ平民の子供だと3年ぐらいは勘違いをしたままだった。その時はおそらく兄の友達だろうとすぐに乳母兼メイドだったサリーの母と私は中に招き入れた。
『おい、おまえ名前なんて言うんだ』
そう聞かれてメモとペンを自室に置いてきてしまったことに気づいた。
『なんだ、声は出せなくても耳は聞こえるって聞いたぞ。ちなみにおれはサヴァリスだ。難しければ短く呼んでもいいぞ。さーゔぁーりーすー。わかるか?』
聞こえないかもしれないと思ったのかゆっくり大きな声で自分の名を教えてくれた。こくこくと頭を振れば「よし!」と頷いて屈託のない笑顔を向けてくれる。
今度はこちらがサヴァリスの手を取ってゆっくりルーナと指で描き、自分を指す。
『ユーナ?ルーナ?ルーナか』
また2度頷けば嬉しそうにまたにっこりと笑った。
そこでサリーの母が庭にお茶の準備が出来たからよかったらどうぞと声をかけてくれ、ルーナのメモ帳とペンも持ってきてくれた。
『いつも何して遊ぶんだ?剣術の練習か?』
〝ほんよむか、もじかくれんしゅう〟
『もう1人で本読めるのか!そんな小さいのに』
〝6さい〟
『え!?6歳なのか?年齢の割に随分小さいな。おれ8歳だけど字なんてめちゃくちゃ下手くそだし本読んでもわからない言葉ばっかりだ』
〝ちいさくない。これからおおきくなる〟
『そうか?そんな小さいのに大きくなるの想像できないなぁ』
〝とてもしつれい。おやつかえせ〟
『あっ!この怪力女!おれのだぞ』
“もとはうちのだ。もっとへりくだれ”
『おまえ、むずかしい言葉使うのな』
11歳の兄と同い年ぐらいかと思っていたがどうやら年齢の割に体が大きいようだ。小さいと言った罰としてサヴァリスの前にあったクッキーを口に放り込みほっぺたの限界まで詰め込んだ。
『このやろー!この糸目女!お返しにお前の食ってやる!』
そう言って私のクッキーを口いっぱいに放り込むと青みがかったグレーの瞳でこちらを睨みつけてくる。だがその頬はパンパンなので迫力は半減している。
ちなみに私は糸目ではない。目の大きさ自体小さくはないがやたらと長いまつ毛が下向きにかぶさってくるので目が半分隠れてしまい細く見えるだけだと今現在も主張している。
その日は引き分けだと帰って行ったサヴァリスだが(いったい何しに来たんだ)それから次の日も、また次の日も来た。いい加減兄の友達でないことは察しがつく。兄にも聞いたが知らない名前のようだった。
〝サヴァリス、なんでまいにちここくる?〟
その日もうちに来たサヴァリスに聞くことにした。タイミングとしてはお茶会で会ったのだろう。それならば初めの怪力女呼ばわりも納得がいく。残念ながら私にはそのあだ名を否定する言葉を持たず、事実極まっているあだ名であった。
『その、実はおれ、あんまり友達いないんだ。同い年の子供に比べるとでかいしチカラも強い。一緒に遊んでると怪我させちゃうことも多くて怖がられてて』
今日はサヴァリスが持参したおやつを1人で食べているのを見ながら、私も持参したおやつを1人で食べている。相手がチョコチップクッキーなのに対して私はおせんべいという遠い東の国のお菓子だ。しょっぱいのが欲しいといっても絶対にやらん。
『おまえ、ギフトで怪力だっていうのにあんまり気にしてなさそうだし、人生をおうか?してるじゃん?あのお茶会の後でもまったく気にせず料理山盛り食べてたし』
〝あのおちゃかいのりょうりすごいおいしい、あとともだちはたりてる〟
見られていたのか。あの場に行って良かったことは美味しい料理が食べられたことぐらいである。
それに同い年の友達が出来なかろうが兄の友達がいるし2つ上のサリーがいる。この時はたまたまサリーがおたふく風邪をひいてしばらく寝込んでいたが基本はいつも一緒だった。そしてなにより本を読むのが好きなのでわざわざ気を使う相手に会いに行くぐらいなら家で本を読んでいたいのが本音である。
〝あに、けんやる。いっしょにやれ〟
『え、ほんとか!?おれ見よう見まねなんだけどおまえの父上は騎士団の副団長やってるってきいたぞ!その息子かぁ教えてもらいたいなぁ』
〝もらえ、あしたあにくる、よぶ〟
そう私が書くやいなや、余程嬉しかったのかぴょんぴょんと庭を仔犬の様に駆け回っていたのは今でもよく覚えている。近所で飼っている大型犬のベンにそっくりであった。
この頃は文字も簡単な単語をつなぎ合わせて書ける程度だったのでとても失礼な言動も態度もとっていたと思うが本人は気にした様子もなく、サヴァリスも私に失礼を働くので相殺されただろうと思っている。
4人でパンを食べたその後、まだ何か言いたそうな彼を兄が無理矢理引きずっていき、私はそのままそこで本を読むことにした。
「お嬢様、お茶のおかわりいかがですか?」
そう声をかけてくれたサリーに頷く。新しく入れ直したお茶を注いでくれるのを見ているとそういえば、と思い出した。
〝昨日のお花、まだバケツ?〟
「はい。まだ昨日水揚げしたままの状態です」
〝私の部屋に飾ってもいい?〟
「…もちろんです。私達が出かけている間そのまま置いておいたので少し萎れていましたが、すっかり元気になったのでお嬢様の部屋にお持ちしますね」
〝サリーは私がもし彼と結婚することになったらどうする?〟
彼が持ってきた花を私の自室に飾ることに若干不満そうにしているサリーに意見を求めるとくわっと顔を険しくした。
「凄く嫌です!ものすごーく嫌です!正直あの男じゃなくても嫌です!ですが!万が一!…お嬢様があの男と結婚したいのであれば、お止めしません。1番大事なのはお嬢様の気持ちですから…」
最初の勢いはどこへやら、どんどん声が小さくなっていく。
「ですが!その場合私も絶対に一緒に連れてってくださいね!!」
〝サリーを連れてったら兄様悲しむよ〟
「いいんです!お嬢様が1番ですから!」
私の片手を取り力説するサリーに思わず笑ってしまう。実際、サリーを連れて行くとなったらサリーのことが大好きな兄様は絶対に一緒についてくるだろう。そう考えると私と結婚する人はかなり懐が深い人じゃないとダメじゃなかろうか。
〝それならどこに行っても寂しくないね〟
「当たり前です。お嬢様と私は一生一緒にいるんです」
なんて重い愛なのだ。昔から父も兄もサリーも私に過保護すぎる。見た目とは違いまったくか弱くない私にそうそう危険なことなど起きないし、むしろサリーより私の方が頑丈だ。
それでもそう言ってくれるサリーに嬉しくなって、顔がニヤニヤしてしまうのは抑えられなかった。
その夜、部屋に持ってきた薄い黄色の薔薇を眺める。あまりの量に一つの花瓶に入らず複数の花瓶に分けた花を全部部屋に飾ってもらったので部屋中が薔薇の匂いで充満していた。「贈るにも限度があるでしょうあの男!多けりゃいいってもんじゃないんですよ!」と一緒に運んだサリーがプリプリ起こっていたがこうやって見ると凄い量である。昨日サリーと手分けした水切り作業はなかなか大変だった。花屋さんってすごい。
流石に半分は部屋の外に、とも思ったが父や兄の目に触れると捨てられそうなのでやめた。
その日はむせかえるような薔薇の香りの中、眠りについた私は大量の薔薇に窒息しそうになる夢を見た。ちょっとした悪夢である。