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2日目


「か、怪力、女…」


 デジャブだろうか。いやそう呼んだ男は昨日よりもボロボロのヨレヨレであり、声にも覇気がない。


「またあなたですか。お嬢様はこれから用事があるんです。お引き取りを」


 嘘である。昨日、翻訳の仕事がひと段落つき、新しく受け取った本をお茶をしながら読もうと昼食とお菓子を買いに行く所だ。用事というほどのものではない。


「昨日の…その、返事は…」

「昨日の今日でアポなしで来るなんて非常識にも程があります。お引き取りを!」

「事前に手紙を送ると本人に届かないじゃないか!しかも会えないように邪魔するだろ!!」

「当たり前です!毎回毎回失礼な口を聞く駄犬が!お引き取りを!!」

「ええい、うるさい!誰のせいで…!お前に聞いてるんじゃない!怪力女に聞いてるんだ!」


 毎度のことながら仲の悪いことである。むしろ仲が良い気さえしてくる。

 彼の顔のあちこちに擦り傷をつくり、捲った制服の袖から見える太い腕には痛々しいあざが出来ている。おそらく午前中、兄と父に扱かれたのだろう。昨晩言ったことをきっちりと有言実行にうつした身内にもはや感心した。


 “お仕事は、どうされたのですか?”

「今は、昼休憩だ。だから、その、…その」

「なんですかもじもじと、気持ち悪い。お引き取りください」

「だぁ!うるさいな!一緒に昼食でもどうだ!?」


 サリーの罵倒を避け、顔を赤くしながら言い切る彼に首を傾げる。


〝昼休憩、そんなに沢山時間あるのですか?〟

「どうせこの後さんざん仕事を押し付けられる未来が見えている。多少長めにとっても構わんだろう」


 それは少し、いやとても申し訳ない気持ちになった。こんなにボロボロでおそらく抜け出す為にいろいろな抜け道を使ったのか頭に葉っぱまでつけている姿を見ると昼食ぐらいいかと思えた。


〝いいですよ、近くのパン屋で買って、うちの庭、どうですか?〟

「いや、この家の庭だと先輩にすぐ…」

「嫌だそうです。行きましょう」

「行く!庭で食べよう!!」


 私の肩を掴んで回れ右をしたサリーとの間に慌てて入ってきて力強くうなづく彼も必死だ。

 よく昼に行く近くのパン屋は、昼食の時間から少しずれたちょうどいいタイミングだったのであまり並んでいなかった。いつも昼時はひどく混むのでラッキーだ。


「ここにはよく買いにくるのか?」


こくり


「座れる席は全部埋まってる。随分人気店なんだな。何度もここらへんに来たが気づかなかった」

〝夜はお酒の飲めるピザ屋さんになるそうです〟

「なるほど、どうりで」


 貴族である彼は普段パン屋などにはあまりこないのか興味深そうに並んでるパンをしげしげと眺めている。


「これはなんのパンだ?甘いやつか?」


 そう輝かしい笑顔で聞いてくるがトレーとトングを持っている手だと返事ができず困っていると見かねたサリーが私が持っていたトレーとトングを彼に押し付けた。


「両手塞がってるんですから答えられないでしょう!呼んでもないのに来たんですから少しは役に立ったらどうです?」

「え、ああ、すまなかった。これでパンを取るのか」


 キョトンしながら押し付けられたトングをカチカチと鳴らしている彼は、図体に似合わず小さな子供のようである。


「よし、俺がとるから欲しいものを指さしてくれ。しょうがないからメイドの分もいいぞ」

「私の分とお嬢様の分は私がとります。ご自分のだけどうぞ」

「いやいや俺が、」

「いや、私が」


”後ろのお客さん困ってる、早くして”


 そう書いたメモを見せながら青筋を立てる私を見るや、2人ともしゅんっと肩を落として大人しくパンへと向き直った。彼が3人分のパンをまとめてトレーに乗せることになり、いろいろな種類のパンに目を輝かせ片っ端から乗せられたトレーの上は何人前なのかわからないほど山積みにされていた。


「あんなにとって!後ろの人達の事も考えてください」

「初めてみるパンばかりだったからつい…すまない…」

〝楽しかったですか〟

「ああ!やはり家だと食事用のパンしか出ないし軽食で食べるのもサンドイッチやバケットサンドみたいな物が多いからな!あんなに甘いパンに種類があるとは知らなかった!」


 パンの入った大きな袋を2つ持ちながら熱く語る姿に思わずふふふと声なく笑う。


〝甘いもの、お好きですもんね〟

「む…別に好きという程では…」

〝お茶飲むとき、前に置いたお皿、いつも空です〟

「…笑うな!あれは残したら失礼だろうと仕方なく食べているんだ!」


 書いたメモを見せるとやはり気恥ずかしいのかむぅっと口を尖らせた。出会った頃からの変わらない癖にまたふふふと笑っしまったら隣のサリーが殺気だっている。


「お嬢様がお出しした茶菓子を仕方なくですってぇ?今度来た時には雑草でも皿に乗っけとけばいいんですこんな奴!」

「ふんっ!庶民には茶菓子も贅沢品だろう!次来る時は俺がお前達が食べた事もないような茶菓子を持ってきてやる!吠え面かくなよ!」


 茶菓子一つでそこまで盛り上がるとは元気なものである。ワーワーと言い合っている2人を置いて家の門に手をかけるとガタッと外れてしまった。あら、気を抜いていたのか力加減を間違えたみたい。


「…相変わらず怪力女だな」


 無言でガタンゴトンとまた門をはめ直した私を見てしみじみ言いながら門の金具を確認している。


「これ、壊れてないか?」

「旦那さまやルヒト様や…皆様がたびたび破壊されるのでもうはめ込む式にしたんです。一応来客者の方で今のところ外れやすく感じる方はいないようなので問題ありません」

「そうか…」


 皆様の中には私や母が入っているのは明白だ。どこか遠い目をする2人を度々スルーしてそのまま我が家の小さな庭へと入ると2つ椅子を引っ張ってくる。


「あ、お嬢様!そういうのはその男がやりますから!ほら!さっさと動いてください!」

「わかってる!貸せ!俺がやる!椅子2つもいるのか?4つも並べなくてもいいんじゃないか?」

「私お茶入れてくるので何かあったらその駄犬にやらせてくださいね!」


 別に重くもないのだから気にしなくていいのにと思いながら椅子を奪われた。家の中からサリーの声と慌ただしくパタパタと足音がした。この2人はやはりなんだかんだ仲がいい気がする。


「ほら、座れ。春とはいえ少し寒いだろうがすぐにあのメイドが何か持ってくるだろう。俺の上着…は汚いな。やめよう」


 見た目の埃を払ったとはいえ先程のパン屋でも気を使って脱いでいたので余程の道を逃げてきたのだろう。


〝気にしないでください。座って、パンを選びましょう〟


テーブルにメモを開いて書き込み、顔を上げるとパチリと目が合った。椅子ひとつ分離れた場所で薄く青みがかったアイスグレーの瞳がこちらをじっと見ている。どうやら書いている間も見られていたようで思わず視線を彷徨わせると、またペンを握った。


〝あなたは昔からよく私が字を書くところをじっと見てますね〟


「…俺は、おまえが字を書いてる姿が好きだからな。おまえの字も好きだし、おま「ルーナ!!!」


 グレーの瞳を覗き込みながら彼の言葉を聞いていると突然大きな声が名を呼び、鼓膜を刺激する。どうやら彼の先輩はこの場所にたどり着いたようだ。


「ルーナ!よかった!この無礼な男に何か言われなかったかい!?さっきも来たのにいなかったから街に探しに行っちゃったよー!!」


 そう言って勢いよく抱きついてくるふた周り程大きい兄を受け止める。

 何か言いたそうにしていた彼は長い、とても長いため息を吐くと、どすんと椅子に座った。


「うわっ!なんてふてぶてしいんだ!人の家で家主である俺が帰ってきたというのに堂々としたこの態度!ゆるせん!その席は俺の席だ!」

「なに言ってるんですか!俺が先にいて、俺が先に誘ったんですよ!それに家主は団長でしょ!」

「なぁんだとー!?午前中に俺にこてんぱんにされて無惨にもボロボロになったくせに!」

「ぐぬぬぬぬ〜」


 取っ組み合いながらおでこを突き合わせて椅子を奪い合っている2人をよそに、サリーはお茶を用意すると膝掛けをかけてくれる。お茶はしっかり4人前だ。さすがサリー。


「はい俺の勝ちー!ってうわ何この量のパン!パン屋でも開くの?」


 勝ち取った私の隣の椅子に座った兄は丸いテーブルに置かれた大量のパンにおののいている。私もおののいている。私1人であったなら3日3食食べても食べきれ無さそうな量である。


「先輩のじゃありません。俺とル…こいつが食べるんです!あと一応メイドも」

「はぁー?そういう可愛くない後輩には一つもあげませーん」

「俺が買ったんですけどー!?」


 奪い合わなくても分け合って余りあるパンに喧嘩しないでくれと思いながらその山からお気に入りの雑穀パンをとる。重さで少し潰れていた。しょんぼり。

 そしてもう一つチョココロネを取ると彼の前に置いた。


〝はい、どうぞ。チョコ好きでしょう?〟

「べっ…!つに、好きじゃない…」


 と言いながら兄が奪おうと伸ばした手から死守していた。兄様は別にすきじゃないでしょう、チョコ。兄の好きそうなチーズが乗ったパンを兄の前へ、サリーはメロンパン。


〝いただきます〟

「「「いただきます!」」」


 いい加減お腹が空いた私は半強制的に皆んなで食事開始の合図を送った。

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