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プロローグ

~低体温な省エネ令嬢の腹黒奮闘記~

 





 

  この世界には、選ばれし女性たちがいる。


 まず、聖女。次に皇妃皇女、皇太子妃。まぁ、この辺りは分かりやすい。その下に貴族階級の令嬢たちが続き、更に功績者として平民から成り上がる才媛(一代貴族や騎士)や、貴族階級の末端から夫を上の階級へ乗り換える事によってステップアップする貴族夫人も存在する。

 

 また、極めてよくあるパターンで、悪役令嬢という存在もいる。比較的高位貴族でありながら、悪役であり、皇太子から婚約破棄や追放、果ては断頭台で眼前にて処刑まで、悲惨極まるルートを辿ったり、かと思えば、時間遡行や未来予知、前世や異世界からの記憶などによって大逆転勝利を決めたりする。


 つまり、今日においては、ある種の特別な存在の悪役令嬢たちは、聖女よりもヒロインになるパターンが多いほどであるが、半ば自分の人生を強制的に流され生きる令嬢『マリー=フォルクス』は、腹黒だが悪役令嬢ではなかった。


 もちろん、聖女でも才媛でもなく、取り巻き令嬢ですらなく、更に使い捨てモブでさえなく、今までは単なる物語の傍観者人生だったのだ。


「マリーお嬢様、いかがしましたか?何かお持ちしましょうか?」

「いえ、大丈夫よ。下がって結構ですわ」


 一瞥もくれずに、己の言葉で侍女が寮の部屋から下がる気配を察すると、マリーはこれ見よがしに蝋封のついた書簡をテーブルへ滑らせ、溜息を吐いて窓際の椅子から学園の外を眺めた。


 一応、伯爵令嬢であるマリーは、貴族社会の中では底辺ではないし、フォルクス家も経済状況は普通で、例年通り過ごせば当分没落することはないだろう。


 また、両親と兄のいる家族構成も特に問題なく、両親は政略結婚だが、互いに家族としての義理はあり、父も母も愛人を囲って揉めたりはしていない。ただ、それは愛情からではなく、「面倒くさい」という極めて現実的な理由らしい。


 数代前の親族が過去に異母兄弟で骨肉の争いになり、刃傷沙汰にまで発展しかけた教訓から、父は全てが「面倒くさい」となったらしい。また母はおっとりしているものの、父の親戚筋に当たるので、これまた温度が低い。更に、兄は早々に宛がわれた婚約者と結婚しており、男児も産まれているため、家を継ぐに辺り何の障害もなく、今は日々淡々と父の代行として領地経営を行っている。


 つまり、現在のフォルクス家の人々は、過去の反動からか、情熱的な欲望というものが著しく欠けているのであった。


「だからって、わたくしも同じくですけれど…」


 小さく呟くマリーは、兄と年の離れた妹で、現在14歳である。とはいえ、貴族階級で14歳ならばそろそろ婚約者がいてもおかしくはない年齢であり、16歳が成人とされる階級社会に於いては、寧ろ遅いくらいだった。


 12歳から貴族階級の通う学園へ入学し、16歳で成人すれば結婚か、それが出来なければ数少ない職業婦人としてのルートを辿る。貴族の令嬢がつける職業は極めて限られており、また確定した跡継ぎがいる場合、財産権もないため、のんびりと学園生活を楽しむ余裕は実質的にはない。


 しかし、何処にそんな心の余裕があるのか、マリー以外の学生たちの生活は、華々しい色恋と鍔迫り合いに満ちていた。

 

 それもそのはず、マリーの同世代には、聖女はもとより、皇太子に他国の王子や公爵令嬢に侯爵令嬢、1学年下には皇女、更に高位貴族の子弟も多く在籍している状態で、さながら群雄割拠の様相を呈していた。


 その中にはもちろん、悪役令嬢ポジションの皇太子の婚約者や、平民出ながら男爵令嬢となったらしい才媛の少女に加え、ある日を境に次々と奇抜な発明を生み出した取り巻き令嬢まで存在する。


 よって、「この状況下では、傍観者でいるのが1番安全ですわ」と自己判断したマリーは、今の今まで自分が傍観者人生である事に特に不満はなく、半ば強制的に流される人生も悪くはないだろうと、低体温な感情で眺めていた。


 だが、しかしである。


 つい先ほど寮の自室に届いた書簡にて、父は最短の文でマリーへ簡潔極まる命令を下した。


『婚約者内定のため、シュバルツ殿下にお会いするように』


 ここで言うシュバルツ殿下とは、皇太子の弟皇子に当たるが、彼は側妃の子であり、継承権で言えば大公殿下よりも下である。とはいえ、皇族であり継承順位も高く、更に側妃の中では1番の寵妃の息子となれば、書簡を二度見し、「もしや名前の書き間違いでは?」と考えてしまうのも致し方ないだろう。


 マリーは、書簡を二度見し三度見、五度見くらいしてから、一応は父へ了解の返答を出した。もちろん、「あの弟殿下ですよね?間違ってませんよね?」と、言外に滲ませて置くのも忘れなかったが。


「伯爵令嬢のわたくしに何故こんな話しが来たのかしら…気持ち悪いわ…」


 温度が低いマリーは、目を見張るような縁談に喜ぶでも燥ぐでもなく、ただ何か必ず裏があるに違いないと考え、よく分からない状況に身震いした。


 半ば流され生きるのは、貴族の令嬢として仕方がないことだが、己が預かり知らぬうちに、何らかの災いに巻き込まれることだけは避けたい。


 『触らぬ神にたたりなし』


 マリーの低体温な生き方は、まさに一事が万事それだった。もちろん、つい先ほどまでは――――――、だが。


 



悪役令嬢のようで、悪役令嬢ではない、巻き込まれ型の省エネ令嬢が腹黒思考で生きていきます。


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