09 出番
トキマさんの胴体を、光る矢が貫いた。
腕くらいの太さの矢がトキマさんの体を貫いたのだ。
トキマさんが膝をついて、腹をおさえる。振り返った。
俺も振り返る。誰もいない。
顔をもどす。
ファイリスはトキマさんをぼうっと見ていた。いや、そんなに長い時間ではなかったと思うけれど、瞬時の対応をしてきたファイリスにしては、とても長く感じた。
トキマさんは目を見開き、腹部から血がにじむ。
「トキマ!」
「矢は」
声がした。
巨大女の声。
見ると、立っている巨大女の首のあたりに、なにか盛り上がってきた。
新しい顔ができる。
口が動く。
「まだお前を狙っている」
巨大女は言った。
はっ、と見る。
トキマさんを貫いた矢は消えていない。
空に。
ぐーっ、と上向きに進んでいって、それが高く高くなっていくと、宙返りするように、進路を変更したように見えた。
もどってくる。
また来る!
「ファイリス!」
「トキマと言ったか。最初はお前だ。そう決めた」
巨大女は言った。
ファイリスがトキマさんのところへ走る。
「ファイリス、危ないぞ!」
「だからなんだ!」
トキマさんを抱き起こす。
「矢が狙ってる! 離れないと」
「知ってる!」
ひざをついて、治療魔法を使っているようだった。
「ファイリス! 二本目の矢を撃たれたら死ぬぞ!」
「動かせないんだよ!」
「そんなことばらしていいのか」
敵が目の前なのに。
「お前がうるさいからだろう!」
ファイリスが怒鳴る。
と言い合っている間に巨大女が攻撃してくるかと思えば、なにもしない。
弓は左手にあるが、矢を出すわけでもなく、ただ立っている。
できないのか、やらないのか。
どっちにしろありがたい。
遊ばれてるのかもしれない。
さっきの矢がもどってくる。
「逃げて……」
トキマさんが言った。
「逃げるわけないだろう」
「どうして」
「逃げたところで殺されるだけだ。装備持ちに手を出すなという指示は、守るべきだったな」
「ごめんなさい……、恨みにとらわれて……」
「私もやれると思ったんだ、なにも言えない。矢が当たる瞬間、私が壁をつくる。それで耐える。トキマもできるだけやってくれ」
「逃げて。その子を連れて」
「逃げても矢は来る。耐えられるか試さなければならないだろう」
「矢は……。一本ずつしか、打てないと思う……。わたしがここで耐える。その間に、できるだけ離れて……」
矢が迫ってきた。
ファイリスは左手で別の魔法の準備を始めているようだった。
「ファイリス……。わたしは助からないから……」
「そんなやつが時間を稼げるか?」
「逃げて……」
「ファイリス」
俺は言った。
「俺に任せろ」
俺は二人のところまで歩いていく。
「おいなにをしてる。さがれ、死ぬぞ。気が散る、引っ込め」
「俺に任せろ」
「話を聞け。死ぬぞ。お前を気遣うつもりはない。いいか、離れろ、死ぬぞ」
「俺に任せろ」
おそらく、だ。
魔力を丸飲みできる俺。
あの矢も丸飲みできるのではないか?
仮説終了。
「話を聞け!」
「おりゃああ!」
俺はファイリスたちの前に飛び出した。
「バカ! さがれ!」
「だいじょうぶだ!」
迫ってくる矢は倒れているトキマさんの高さに合わせてか、低めだったので俺は屈んで口を大きく開き、高さを合わせる。
こえー!
と思ったけれどそうでもない。
食べればいいと思えば安心だ。
のどが、ぐっ! ってなったら嫌だな。
まあよし!
いける!
「さあ来い!」
と口を開けた。
すると矢は、直前で進行方向を急激に変えて横に。
木々を削りながら上昇していった。
矢がどこを通ったのか、軌道が木々に残っていた。
高く上がって、またゆっくり方向を変え、こちらに向かってくる。
「なんで避けたんだ……?」
俺は首をかしげた。
「まさか」
ファイリスが、はっとして俺を見る。
「順番か?」
「順番?」
「弓の魔人は、順番にこだわっているところが見られた。トキマからだ、と念を押すようにも言っていた。トキマから殺す。そういう、こだわりがあるんじゃないのか。矢には、そういう法則を植え付けているんじゃないのか。だからこそ、狙い続ける。だがお前が矢の前に現れたことで、おかしくなった。このままで、矢が、お前から殺してしまう。それを避けるため、矢を急激に動かし、回避させた。もしくは、矢が、そうせざるを得ないようになっていて……」
「はあ」
ちょっと難しくてよくわからない。
「なかなかやるではないか」
巨大女の声がした。
「そのとおりだ。そして、それに気づいてもなかなかできることではない。人の子よ。おもしろいことをする」
「はあ」
「ほめてやろう」
巨大女は言った。
なんかほめてもらったみたいだが。
ちがうんだが?
俺はもっと、お前たちがびっくりする解決方法を見せられるんだが?
矢を食べて、びっくり仰天なのだが?