07 弓の魔人
水音もなく、湖の中をゆっくりと進んでくる。
岸に近づくと、だんだん頭が上がり、体が見えてくる。
見た目は女性だ。
髪が長く、海藻のように体にはりついて、それが全身を大まかに隠していた。胸や腰回りが大きく、腰がくびれている曲線があらわになった。
人間に見えるが、人間の大きさではない。
でも赤黒い人型のやつらともまたちがっている。肌が白い。
目も、髪も白い。白目の中にすこし色がちがってみえる白目がある。
陶器のようで、それが全体に作り物のような美しさを与えていた。
「装備持ちだ」
ファイリスは言った。
「装備持ち?」
「鎧はどこだ」
巨大女は言った。まだ、ヒザ下が湖につかっている。
ファイリス、トキマさんの二人は、さっきの人間サイズが相手のときとはちがっていた。
じっと様子をうかがいながら、動かない。
「お前。いつでも逃げられるようにしろ」
ファイリスは言った。
「走ればいいのか」
「心の準備でいい」
「鎧はどこだときいている」
巨大女はまた言った。
不思議な声だった。大声というわけではないのに、すぐ近くで言われているみたいに耳に届く。
「装備持ちは、人間のような会話もできる知能がある。そして装備を持っている」
ファイリスは言った。
「どんな装備だ」
「まだわからない」
「知らないのか?」
巨大女は言った。
「鎧って、鎧を着てる魔人か。だったら食べたぞ」
俺が言うと、巨大女は俺を見た。
「なに?」
「よけいなことを言うな」
とファイリス。
「なんか、答えないと危ない感じだったから」
気を遣ってあげたのに。
「そいつは我々がなにを言ったところで、殺すだけだ」
「そんなことはない」
巨大女は言った。
「嘘をつけ。魔人は人間を食うことしか考えてない」
「魔人は、人間とちがっていろいろなことを考えることができる」
「ふざけるな! 人間のほうがはるかに多様だ!」
ファイリスが怒鳴った。
「どこが。人間など、逃げるか、攻撃をするか、嘘をつくか。この三種類しかいない」
「お前たち魔人が我々を攻撃するからだろうが!」
「まあまあ、まあ、鎧はもういないんだからいいじゃないか」
俺が言うと、巨大女もファイリスも俺を見た。
「なにがいいんだ! この魔人がさがしてる相手がいないなら、その原因がお前にあるなら、この魔人はお前を許さない! そんなこともわからないのか! 私は、お前に幸せを教えてやる義務があるんだぞ!」
ファイリスが大声で言う。
そんなのいつできた。
「無駄に殺したりしないが」
「なんだと!」
「次に人間を食べるのは鎧の順番だ。われではない」
「ふざけたことを」
「それと。人間が生贄をささげるというから、話のできる新しい人間が現れたのかと思ったが……。鎧はおらぬし、おかしな人間はいるし。また嘘か」
「人間は人間を捧げたりしない!」
「嘘か」
「ふざけるな!」
ファイリスが言ったとき、巨大女の左手。
手から上下に光が細長く伸びた。
ゆるい曲線を描いていて、先の両端が細い線でつながっている。
弓だ。
「装備は弓。遠距離か。最悪だ」
ファイリスは言った。
「他に話せる人間をさがすか」
「トキマ、逃げるぞ、無理かもしれんが」
「いえ」
「トキマ?」
トキマさんが剣を抜いた。
にこにこと、微笑んでいる。
「逃げたければ追わないでやるぞ」
「逃さないくせに。わたしの家族も」
ふっ、とトキマさんがいなくなった。
金属音がしたのは、巨大女の頭の前だった。
見えた。
刃物を振り下ろしているトキマさんの後ろ姿と、左手の弓で受け止めている巨大女。
大きく振り払うようにした弓を、トキマさんは体をよじってかわした。
そのままトキマさんは湖に落ちて……。
トキマさんの足元で小さな爆発が起きて体が上昇。
続けて背後で爆発が起きて、巨大女に突進した。
巨大女はまた弓で殴ろうとするが、トキマさんは別の爆発で飛ばされるように横へ。
トキマさんが右腕を切りつけると、金属同士がこすれるような音がした。
巨大女の動きはとても速いが、トキマさんは爆発で動いているから予備動作もなく、不規則が動きでとても速い。
「なにあれ」
「自分を魔法で飛ばしている」
ファイリスは言った。
「じゃあトキマさんがぼろぼろになるぞ!」
「保護している」
よく見ると、爆発と同時に足の裏が青く光った。炎魔法の爆発と同時に、足の裏を保護する魔法を使うことで、空中を飛ぶように進んでいるのだ。
「魔法使い?」
「ローブを着てたら魔法使い、くらいの先入観はないのか」
空中で爆発しながら上へ下へ、右へ左へ自由自在だ。
だけど。
「血が出てるぞ!」
ローブがめくれて見えた足もと、すねから出血していた。
「完璧にはいかない!」
「だめじゃないか!」
「トキマ、撤退!」
ファイリスが声を張り上げる。
「わたしは」
トキマさんの声が聞こえる。
あんなに激しく動いているのに、穏やかな声のままだった。
「弓の魔人に、家族を殺されまして。だから、ここで引く気はないんですよ」
「トキマ!」
「はい、終わり」
首に入った刃物が巨大女の首を断ち切った。
ぐるん、と回転すると、頭が水に落ちた。
水しぶきはなかった。
トキマさんが着地する。が、体勢を崩して手をついた。
腕を伝った血が地面に広がる。
「トキマ! いま治す」
ファイリスさんがかざした手が白く光った。
攻撃かと思ったら治療魔法を使うのはファイリスさんのようだ。
「やった……」
トキマさんがつぶやく。
「やりました!」
トキマさんが、走ってもどってきた。
ファイリスが出迎える。
その二人の後ろのほうにまだ立っている、首なし巨大女の右手に、光る矢が現れた。