06 手際
「盗賊にも襲われただと? 許せん!」
来た道を、俺は走るファイリスに背負われながら走っていた。
最初は一緒に走っていたが、トキマとファイリス、異常に足が速い。
名前がある人間は足が速いんだろうか。
「うっ」
そうきいたら、ファイリスが涙ぐんだ。
どういうことだろう。
鳥は俺の肩に乗っている。
「盗賊は、魔人に襲われてやられたけど」
「盗賊が?」
「お前はどうしたんだ」
「魔人は、盗賊が俺を投げ飛ばして、離れたから」
「助かったのか!」
「でももどって俺が全員食べた」
「うっ……。現実と、区別が……」
すると急にトキマが立ち止まった。
「どうした」
「なにか……」
トキマは地面に目を向ける。
「おれたちの、洋服の切れ端か」
鳥が鳴いた。
「盗賊の持ち物の切れ端かもしれないって」
「鳥が、鳥さんが言っていたんだな?」
ファイリスがおだやかに言った。
「はあ。三人、いや四人いて」
「魔法陣はこの近くか?」
「もうすこし先かな」
「思ったより、範囲が広いかもしれない」
トキマが言うと、ファイリスがうなずく。
「急ごう」
「あ!」
「そこか」
と入っていった道で、湖が見えてくる。
俺は湖のすぐ近くに降ろされた。
十歩くらい先に、魔法陣、がある。
「あれが魔法陣?」
「そうだ」
ファイリスはうなずいた。
「魔力が濃くなってきたな」
「出た」
ぬぬぬ、と地面から頭が生えた。
それがせり上がってきて、人型の魔人が姿を見せる。
「君が見たのはあれだな?」
「うん。あと、もっと大きいやつ」
「そうか」
「じゃあ、証拠見せるよ」
「証拠?」
「食べてやる」
俺は、魔人に向かって歩いていく。
「危ないですよ」
ふわり、と俺の前にトキマが現れる。
くるりと回って、ローブの裾をすこし広げた。
こっちを向いて笑顔で止まる。
「危ないのはそっちだろ。魔人が来てるぞ」
もう、あと数歩でトキマに手がかかる。
魔人はもたもた歩いているが、それでも直前で倒れかかるように突っ込んでくることだってある。
「ん?」
急に魔人が倒れた。
いや、半分になっている。
倒れた魔人は、肩から腰まで斜めに切られていた。
トキマは剣をだらりとさげていた。小柄なトキマの身長くらいある。ローブの中に、どうしまってあったんだろうか。
「え、トキマが切ったのか?」
「目上の人は、トキマ、さん、と言うのよ」
「トキマさんが切ったのか」
「そうよ」
「すげー!」
さっき盗賊たちが剣を使っているのを見たが、はるかにうまい。いまの動きと比べたら、盗賊は棒で叩いているくらいのものだ。レベルがちがう。
おまけに、歩き続けることができないようになっている。
「すげー! トキマさんすげー!」
「うふふ」
「変なやつだな」
ファイリスは言った。
「トキマの見た目で目の色を変える男は多いが、剣技が先か」
「見た目?」
「美人だろう」
「美人だったらなんなんだ」
「なに?」
ファイリスが意外そうに俺を見る。
「美人で魔人が倒せるのかよ。ファイリスは頭悪いのか?」
顔が整っているくらいで、なにかいいことがあるのか?
ずいぶん幸せな頭をしてるな。
「な……。……いや、そうか……。うっ」
ファイリスはなにか勝手に思いついて、勝手に涙ぐんでいた。
「なんだ?」
「いや、そういう、生活を、していたんだな……」
ファイリスは何度もうなずく。
なんなんだこいつは。
「でも、ファイリスさん、と呼ぼうな……」
「で、どうするんだファイリス」
「おい」
「魔法陣を消しておけば、この近辺で魔人が出てくるのも収まるでしょう」
「じゃあ消そう」
俺は魔法陣を踏みつけて、ぐりぐりと、砂を混ぜるように足を動かした。
「あれ?」
「それは書いてあるわけじゃない。魔力で押さないと消えないぞ」
ファイリスは言って、手を魔法陣にそえた。
手を離すと、魔法陣の、手が触れていた部分が、手の形に消えた。
「消えた!」
「すごいだろう」
「ファイリスもまあまあすごいな」
「おい」
「まあでも、これで」
そこまで言って、ファイリスの言葉が止まった。
湖のほうを見ている。
音はなかった。
さっきからそこにいたように、水面から頭が出ていた。
人間の、胴体ほどもありそうな大きさの女性の頭だ。
大きな白い瞳がこっちを見ていた。