29 鳥
「うおお!」
起き上がった。
いま叫んだのは誰だ? 誰もいない。
俺か。
部屋だ。暗い。
テーブルと椅子があって、それだけだ。
広さは、いったん連れていかれて小さい弓と会ったときの狭い部屋と同じくらいだろうか。
木の壁と床。古びた印象はないが、あまり誰かが生活している空間とは思えない。
分厚いカーテンが閉まっていて、細いすき間から、光が差している。まだ明るい時間のようだ。
開けようと立ち上がりかけて、足首に気づいた。鉄の輪がはまっている。
そこから鎖がのびていて拘束されている、ということでなく。
単純に重い。
ちょっと歩いてみると、冗談ではすまないくらいの重さを感じる。人間をひきずっているんじゃないかというくらいの重さだ。
床になにか描いてある。
ただの模様に見えたが、ゆるく曲がっている曲線と、絵柄の組み合わせに見覚えがあるように思えた。
「ファイリス……?」
いない。
たしか、一緒に網でつかまったはず。
ドアがある。
最初は歩くように進もうと思ったが、手も使うことにした。四つんばいになって、片足ずつ、動かすときに合わせて手を突っ張って進む。
ドアを開けようとして、手が止まった。
ノブがない。
ノブがあったと思われる場所には、金属の断面の輝きがあった。
押してみても動かない。
体当たりをしてみるか。大きな音が出たら、そのせいで状況が悪くなるかもしれないが。
俺はいったん、窓のほうへ向かった。
カーテンを開けてみよう。
移動しながら考える。
そういえば捕まる前に、魔人じゃない、というようなファイリスの声を聞いた。
魔人じゃないなら人間だ。
人間ならなんだ?
魔人のふりをして出てきてなんの意味がある?
なんか魔人対応の魔法使いが、弓を閉じ込めたみたいな魔法を使って、ボコボコにされるだろ。
俺たちのときはまだだったけど、そのうち出てきてドン! だろ。
もしくは、俺が出てきて、ぱくり。
うん?
そっちを期待?
俺が出てくることに期待?
俺を捕まえに来た?
ローブ野郎の仲間が?
確証はなくてもこの先機会がないならやってみても損はない的な考え?
あんなところで魔人を召喚することなんてできないけど俺を捕まえることはできるかもしれないからやってみた件?
俺を捕まえてやることっていったら、魔人への捧げものだろう。
ローブ野郎か。
なんとかたどりついたカーテンを開く。
「はあ?」
窓ガラスは曇っていて、外が明るいことしかわからない。
こんにゃろ。
俺は両手で右足のおもりを持った。
「せーの!」
右足と手を上げる。
そのまま窓に叩きつけると、跳ね返った。
「うおおお」
倒れて足が、重りを中心に床にめり込んだ。
打ったのはほぼおもりだから、痛みはないが。
タタタタ、と足音が近づいてきて、ドアが開いた。
「しまった!」
「ここか!」
いたのはファイリスだ。
「逃げるぞ!」
「足が」
「早くしろ! それは魔法陣だ!」
ファイリスが床を指す。
「魔法陣?」
それにしては……。
はっとした。
「でかい魔法陣がこの建物のほとんどを巻き込むように描いてある!」
「なるほどな!」
「行くぞ!」
と言うと、ファイリスは俺を肩にかついだ。
「おお! すげえファイリス!」
「私をあまく見るなよ」
通路に出ると、右へ。
足取りはもちろんすこし重いがそれでもちょっと重い荷物を持ってるくらいの速度でずんずん進む。
「まだ床になにか描いてあるぞ」
「おそらくこの通路は建物の中心だ」
俺は、魔法陣の中心を歩いているのを想像した。
「ファイリスはどうやって逃げたんだ?」
「私はとなりの部屋に捕まっていた」
「おもりは?」
「抜いた。あるんだ、やり方が。今度教えてやろう」
「いやいい」
階段をおりる。
「なあ、じゃあ、中がどんなふうになってるのか、ファイリスも知らないのか?」
「そうだ。となりがさわがしいから来た」
「じゃあ、ローブ野郎たちも来るんじゃないのか?」
「かもな。急ごう」
ファイリスが進む。
行き止まり。
もどって、曲がって、行き止まり。
行き止まり。
「ここの床にも魔法陣が描いてあるよな」
逆に曲がって行き止まり。
「なんか、行き止まりばっかりじゃねえ?」
「……ドアがない?」
「そんな建物あるか?」
「上か」
階段をもどる。
そして上がる。
屋上へ。
と思ったら、踊り場から先、階段が途中で途切れていた。
屋上の出入り口っぽいドアが、すこし先、上の方にある。
無計画建築って感じだ。
「どうすんだ?」
「私が行く」
ファイリスは俺を置くと、とび上がった。
通路の幅、左右にとんでドアに取りつく。
「すげえ」
「これを」
ファイリスがドアを開けた。
屋上の光が入ってくる。
「すげえ!」
「だろう」
「すげえ! 早く連れてってくれよ!」
「……」
ファイリスが、ドアにつかまったまま俺を見た。
開いた動きの余力で、キー……、とドアがゆっくり開く。
「もしかして、そこまでは俺を連れていけないのか?」
「さすがに」
「どうすんだ」
「助けを呼んでくるしかない」
「いや、魔法陣の中なんだろ? さっきから俺たち騒いでるだろ? そんな余裕ある?」
「ないな」
「どうすんだよ」
「……とりあえず、端に寄れ」
ファイリスはもどってきて着地した。
ちょうど階段は、魔法陣の円の端のところにある。
角に立つと、ぎりぎり、魔法陣から外れた。
「これで発動されても平気だな」
ファイリスは言った。
「で、どうすんだよ」
「……いま考えている。お前も考えろ」
「そうだな」
たしかに。
俺も考えよう。
どうするんだ?
「おいおい、おいおいおいおい、おいおいおいおいおいおいー!?」
変な声が聞こえてきた。
「なにやってんだ、お前-!?」
声は、いま開いた屋上へのドアからだ。
縁にとまっている鳥。
黄色い鳥から聞こえたような。
黄色い鳥?
「鳥!」
鳥だ!




